野薔薇姫 街の章 二
俺は井戸の
新庄は他のふたりを案内し、屋敷跡や、この付近一帯のなにやらを多弁に説明している。
もう一人、ヘリのパイロットもいるわけだが、これはヘリの運行以外ノータッチらしく操縦席で待機したままである。
新庄たちの話を漏れ聞くうち、チヨコとは無縁なこの場の状況だけは、どうやら解ってきた。
たとえば作業着姿の助さんが、
「いいんじゃないでしょうか。地盤もしっかりしてますし、地の利もなかなかです」
とか言うと、スーツの黄門様は、
「しかし他とのバランスも考えて、隣の山も今一度――」
などと、しかつめらしくつぶやいたりする。
すると新庄は、明朗快活な小金持ちを演じる売れない脇役、そんな感じで一気にまくしたてる。
「はい
黄門様と助さんは微妙な苦笑を交わすが、それから助さん、やや襟を正して黄門様に、
「なんの苦労もないというわけにはまいりませんが、確かにここは県道から村道が繋がっております。今はすっかり藪に隠れてますが、元々トラックが入れる路幅なのも確認済みでして」
黄門様、腹の内は見せず
そんなこんなの視察を続けるうち、黄門様と助さんは廃屋を前にちょっと内輪の話に入ったようで、格さんならぬうっかり八兵衛だったらしい新庄だけ、二人から離れて、ようやく俺のほうにやってきた。
「いや、お待たせお待たせ」
「……新しい県北幹線の話ですか?」
この不景気、こんな山奥に新しいバイパスや鉄道ができるわけではない。例の大震災の余波で、老朽化していた高圧線鉄塔のあちこちに不具合が生じ、やむをえず将来を見越した
「そう。あれの鉄塔、どこに通すか決めてるの」
俺と内緒の金銭授受を済ませた後だからか、新庄はすっかりタメ口になって、しげしげと俺のガタイを見やり、
「しかし失礼だけど、ほんとにデブ専なのねえ、その千代子って子は」
「というと……俺みたいなのが、他にも?」
三万も貰ってしまった俺は、何を言われても腹が立たない。それよりチヨコの話が聞きたい。
新庄は懐からマルボロを取り出し、
俺がうなずくと、俺にも一本勧めてくれてから、
「――今んとこ、確かなのは二人だけかな」
ライターは見え見えのダンヒルだった。
「僕が生まれる前と、あと僕が中学の頃にひとり。どっちも翌朝、自力で下山してきたって。ここはもう戦後すぐから空き家だったけど、あの頃は、まだ村道が生きてたからね」
「失礼ですが、あなたは、この家の――」
「うん。ここはね、うちの分家だったの。曾祖父の代に枝分かれして、僕は本家。本家の現当主ってとこ。まあ分家っつっても色々あって、土地の名義は、ずうっとうちなんだけどね」
「はい……で、あの女の子は」
「……おたく、どこまで見たの?」
「えーと、どこまでというか……昨日の晩いっしょに夕飯食って、泊めてもらって、朝はあなたがたのヘリが着くちょっと前まで、ここでいっしょに」
新庄は目を見張って、
「へえ。そりゃすごいなあ。怖くなかった? だって、その……」
自分の首を切る仕草をしながら、
「いきなり首ポロリとか、ね、あるんでしょ?」
「あ、はい、ありました。けど……なんか、とっても寂しそうだったもんで」
「いい度胸してるじゃない、おたく」
「はい。いやまあ、なんつーか……まあ正直、俺なんか首のない子供より、首のある世間様のほうが結構キツいというか……」
新庄は改めて俺の風体を見定め、察したようにうなずいた。
「僕が聞いた話じゃ、最初の人は、もうバラ園にいるうちにポロリを見ちゃって、すぐ逃げだしたって。もう一人は家に上がってからポロリで、そのまんま気絶しちゃって、気がついたらあの廃屋でゴロ寝してたとか」
おお、やっぱりそのパターンもありか。
「どっちみち、まだ心霊スポットとか騒ぐ時代じゃなかったし、その後はもう何十年も道が塞がってたわけだし、うち以外、もう気にする人もいない話なんだけど……まさか今どき、また出るなんてねえ」
新庄は悩ましげに
「あの業界の人、ああ見えてずいぶん縁起かつぐのよ。原発みたいに何千億ってこたないけど、それでも一本何億かけて、何十本も建てて、何十年かかって元とるわけじゃない」
それから、すがるように俺を見て、
「お願い。ここはすっぱり忘れて。誰にもなんにもしゃべらないで。ツイートしないでブログもやめて。今どきド田舎の山なんて持ってたって、一文にもならないの。かえって税金が大変なの。この契約流れると、うちのアホ娘が
峰女――峰館女子学園は、いちおう字が読めて九九を
新庄は裕福に見えて、あんがい苦労しているらしい。まあ立派な皮財布にこれ見よがしのキャッシュを持ち歩く時点で、まともな金持ちでないことは判る。かなり賭博的な人生と見た。そしてここまで口が軽いと、
「
俺は生活能力に反比例して、至誠の塊のような顔ができる。
新庄も納得したようで、懐から折り畳みの携帯灰皿を取り出し、お互いの一本目を始末してから、二本目に火をつけた。
「――僕もおふくろから聞いただけだから、ほんの話だけね」
「はい」
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