第8話 鬼ごっこにしましょう


「足刎ねたつもりだったんだけど……なるほどねぇ。血を飲んで回復してたのね」


 ソノアたちに逃げられ、一人残されたアズリは苛つきながら言った。

 考えてみれば、母星にいた時はソノアにはめしを与えていなかった。だからその頃と同じ感覚でカイエを動かしたのだが――さすが腐っても〈青の原色王〉といったところか。


「まあいいわ。いつも同じ遊びじゃつまんないもの。たまには拷問サンドバックじゃなくて鬼ごっこハントにしましょう」


 痛覚神経のある生物が総じて震えあがるような、自分勝手で嗜虐的な笑みで口元を歪める。自分がこれからやることを思い描くだけで、指先が痺れ、下腹部が熱くなった。

 ―――侵触体は、侵触体を殺すほど強くなれる。

 カイエを構成する物質は従属的な性質を持っており、より強い因子に結合することで延命しようとする。例えるなら経験値のようなものだ。ゲームでモンスターを殺すことで経験値が入るように、侵触体が侵触体を殺せば、カイエの因子が手に入る……。


 ―――ガタルソノアを連れ帰り、彼女のカイエを〈赤の原色王〉に捧げる。


 そのためにアズリは、地球の寿命を使い切るまでに人類が到達できないほど、遥か最果ての母星からやって来たのだ。

 アズリはその朱色の髪――〈赤の類色〉を揺らし、ソノアの後を追いかけようとする。


「お、おい! 待てよテメェ!!」


 品性のない乱暴な言葉で、アズリは呼び止められる。

 振り向くと、金髪の青年と、全員バラバラの髪色をした三人の女子高生がいた。


「なに勝手に割り込んで来てんだよ、ああッ!? いま俺があいつらと話してただろうが! 邪魔すんじゃね――」

「あー、うるさいわね」


 羽虫を払うような軽やかな手つきで、アズリは少年の顔を叩いた。生理的に不愉快なものを端倪と僅かな挙措で澄ませる、一切の関心ない行動。

 だが、それが自尊心を傷つけるだけで終わるのは、ヒトに限った話だ。

 侵触体に顔を叩かれた少年は、鈍く重い音を鳴らし、首が変な方向に曲がった。ソノアの時とは違う――目に見える骨折の仕方に、丸山の友人たちはヒステリーに陥った。

 彼氏に手を出された丸山は、アズリの胸倉を鷲掴みにした。


「あ、あんた……! あたしの彼氏に、なにして――っ!」

「ま、まる……! か、彼死んでるっ! 息してないよぉ!」


 友達の絶叫を聞き、丸山の顔は海底よりも濃く青ざめた。


「あら、死んじゃったの? べつに殺す気はなかったけど――まあ仕方ないわよね。そういうことってよくあるでしょ? 家に入ってきた虫を外に逃がそうとして、力加減を間違えて潰しちゃうのって。まあ、あたしは虫潰すの好きだけど」


 まるで泥が入った袋をコンクリに叩きつけたような、気持ちの悪い音が鳴った。

 自分の体内からその音を聞こえ、丸山が視線を下に落とす。はたまた単純に、脱力して頭が勝手に下を向いだけかもしれない――そんなのは、身体を刺し貫かれた彼女にはどっちだっていい話だった。

 アズリが手を引き抜く。鮮血で真っ赤に彩られ、所々に肌の白色が見える。

 それは血のレースグローブ。生き物をその手で殺したことでのみ着飾れる、死を連想させる生命的な色彩――。

 流血という視覚的にはっきりとした死の色合いに、ついに館内にいた人たちが悲鳴で多重奏を演じ、逃げ始める。まだ一歩も動けていない、動いていないのは、丸山とその友人たちだけだった。死に瀕した一人と、恐怖で腰を抜かす二人だけ。

 その様に、アズリの全身に淫蕩な熱が帯びる。


「ああ、いいこと思い付いたわ。今日でこんな惑星ともおさらばなんだし、最後はらしいのを食べて帰ろうかしら。あなたたち、三色団子って知ってる?」


 なにを言われているのか、三人には理解できなかった。――食われるだけのヒトに、侵触体を理解できるはずがない。


「知らないの? 三色の団子よ。色づけした三色の丸い団子を、串で一つに刺すのよ――」


 アズリの腰のあたりから、真っ朱まっかなカイエが生えてきた。それは腕のようにしなやかだが、アズリの意志一つで、串のように硬く鋭いものに変化した。

 そこでふと、丸山は思った。―――自分たちはみんな、違う髪色をしていたなって。

 そんな思考を最後に、丸山の頭部をアズリのカイエが貫通した。顔面の骨を砕き、脳みそを抉って後頭部を刺し貫く。脳漿と鮮血、脳みその欠片を伴ってカイエが顔を見せた。

 その先端は、まるで肉を味わう捕食者の舌のよう。


「―――ほうら、ここに三色もあるじゃないっ!! 今日はJKの頭で三食団子よぉ!!」


 興奮冷めやらないアズリは、まずはここで腹ごしらえをしていくことにした。

 血潮と艶笑が入り混じる地獄の中で、被食者たちは逃げ惑った。

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