アビスブラック・テンタクルース

冬槻 霞

プロローグ

旅路の果て


 深海で呼吸しているみたいだと思った。

 窓の外には、どこまでも深い青空が広がっている。水面みたいだった。だからわたしたちのいるこの場所は深海だった。わたしとソノアの、二人だけの楽園だったのだ。

 白砂のようなベッドの上に、わたしとソノアがいる。時間が緩やかに流れていた。

 夢を見ているようなわたしの、その頬に、ソノアが優しく触れた。


「ねえ、ミウナ―――」


 彼女がくれる言葉は、雪解け水のように優しさが溶け込んでいて、透き通っていた。

 わたしもそうだった。心を凍てつかせていた『過去』は、もう溶けて消えてしまった。その雪解け水が、新しい幸せの芽を育てようとしていた。

 未来なんて美しい言葉だって、ソノアがくれたから信じられるようになったのだ。

 目元に残った涙を拭うことも忘れて、わたしは言う。


「ねえソノア。わたし、いつか―――」


 一緒に生きたかった。ソノアが居てくれるだけで、わたしは幸せだったのだ。

 窓の外が明るくなってきた。

 だからわたしはもう、この部屋を出なければいけない。

 ―――それが生きることだと、ソノアが教えてくれたのだ。

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