第3話 襲来

「ただいま。」


四ノ宮が、帰宅し一家に安心感が生まれる。

一番喜んでいるのは妻の緋香里だ。

防災の仕事をしていることと、被災者であることが、人に対する命の尊さを敏感に伝えているのだろう。

緋香里の手料理は、四ノ宮の舌に合っている。

煮物、揚げ物、炒め物どちらかというと辛党の彼を唸らせる美味さだ。


「どう?パエリア」


緋香里が言うと「美味ちい。」と香瑞生が頬に茶色の米粒を付け、笑って言った。


「僕だけよ、ママを褒めてくれるのは。有難うねぇ。」


緋香里が香瑞生の頭を撫でると嬉しそうに笑う息子。

四ノ宮は、幸せというものがこういうものだと実感する。


「このところ、小さな地震が続いてるけど、やっぱり水蒸気噴火が震源なの?」


緋香里は恐れる気持ちを振り払うためにあえて真実を知ろうとする。

四ノ宮は、そういう彼女の強さに胸を打たれる。

あれだけの目に遭いながらそれでも震災に立ち向かおうとする強さはとても真似できないと彼は思っている。


「んん、日本海側らしい。」


四ノ宮はパエリアを口いっぱいに頬張りながらモゴモゴした口調で答えた。


「東日本大震災は太平洋、今度は日本海かぁ。」


蛋白に言った彼女の目には少し怯えのような揺らぎがあった。


「やっぱり津波が来るんだよね。」


「ああ、日本海の断層は海底火山の噴火でも影響が大きいらしい。でも、日本海側の海底火山の名前、思いつかないなぁ?」


「明神礁、西ノ島。西ノ島は富士山より噴火が大きい。」


緋香里はスラスラと説明する。

驚いた四ノ宮は、「詳しいな。」と彼女に聴こうとしたが、躊躇い止めることにした。

それは、彼女もディフェンドの一員だということだ。

而も、被災にあっても立ち向かう優秀な人材。

当然の如く、学習していてもおかしくない。

四ノ宮のほうが仕事に直結していることを思うと恥ずかしくなった。



未だ噴火の気配のない富士山だが、それよりも大きな震災が日本を襲おうとしている。

津波は地震と共にやってくるわけではない。

海底火山の噴火により、断層がずれ波を伴い津波となることもある。

予期せぬ時に津波警報が出た時人々はどう判断するだろう?

地震がないのになぜ津波が来るのか?と考える者もいるにはいるがほとんどが「誤報。」と捉えてしまうのではないか?

ほとんどの人が誤報だととらえてしまった時にもし東日本、南海、首都直下の時のような津波が襲ってくれば人々は助かる命さえも亡くすことになってしまう。

それだけは防がなければならないと四ノ宮は思った。




「あなた、香瑞生の成長見守ってね。」


緋香里の言ってる意味が四ノ宮の心を刺した。

息子が大きくなるまで死ぬわけにはいかない。

新しい社会に繋げていくのがその世代の役目だ。

そう四ノ宮夫妻は決意を新たに固めた。




小さな地震がその後も幾度となく続いた。

日本海の海が荒れ狂うように波打つ。

そして、能登半島沿岸の海域を震源とするマグネチュード7,2の地震が襲ってきたのだ。

富山湾漁港。


「おおい、船が進んでねぇぞう。ちゃんと操縦しろ!」


鬼龍仁丸船長は、漁師になったばかりの地元高校卒業生に叱咤激励を飛ばしていた。


「船長何かに乗り上げてしまってどうにもなりません。すみません。」


「ったく、役に立たねぇ野郎だ。」


船長は、操縦桿とエンジンを操作し、船を何とか動かそうとするが、ピクリとも動かなくなる。


「どうしちまったんだ、おれの船は?」


操縦室からデッキに身を乗り出し、船の周辺を覗き込む。

すると、目を見開く。


「潮が、潮が、一気に引いている。やべぇ。公祐ぇ、船にしがみつけ!手を放すんじゃねぇぞ!」


「えっ!」


「バカ野郎、わからねぇのか!この潮の引き方は津波だ!」


「つ、つ、つな・・・。」


公祐と呼ばれた高卒の漁師とベテランを乗せた船は、潮が引いた浅瀬の場所にポツンと陰影を残し佇む。

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