第2話 妻の異変
「四ノ宮!超長周期地震の観測データが上がってきてるぞ。」
部長に昇進した信田に代わって四ノ宮の直属の上司となったのは
楠田は、官僚からの天下りではあるが、身分的には随分と低い立場に落ちた。
噂によると官僚時代部下へのパワハラで懲戒寸前になったことがこの人事に繋がったと四ノ宮は聞いていた。
「はい、解りました。」
楠田の表情を見るにつけこの人がパワハラをするだろうかと疑問を抱える。
声の質に人を押さえ付ける威圧感はない。
表情もどちらかというと笑顔が多く、優しさしか漂ってこないのだ。
「何だ。なにか要件があるか?」
楠田は、暫く佇んでいる四ノ宮を見て訝しむ。
パワハラの疑問について考えていた四ノ宮が、思考を打ち消し「いえ、何も。直ぐに纏めてファイルを送ります。」と席に戻った。
楠田は、信田に彼が優秀な人材だと聞かされ、大震災時の活躍も耳にタコができるほど印象付いている。
当然の如く、信田と同じ様に四ノ宮を信頼していた。
水蒸気噴火の過去データは、北海道駒ヶ岳で1996、1998、2000年に発生。
GPS観測、光波測距、重量観測等から山の膨張、マグマの膨張源を推定している。
雌阿寒岳で2008年に観測された水蒸気噴火データは火山性変動による水位変化が上がっている。更に火道の開口が推定できていた。
他にも噴火時の流体経路の跡であるクラック状のソースが御嶽山、箱根火山などで観測された。
四ノ宮は、残業を2時間ほどして帰路に着いた。
東京からディフェンドのある埼玉に自宅を構えて1年。
妻の非香里も今は育休中だが、岡山市役所からディフェンドに転職している。
と言っても部署が違えば仕事中に顔を合わせることは滅多にはない。
彼女は広報課で防災の呼び掛け専門だ。
学校等若い世代に南海トラフ大震災の体験談を通じて命の大切さを解いている。
四ノ宮は妻にある心配をしていた。
それは、PTSDの発症だ。
夜眠っているとき、突然目を覚まし、「お父さん。」とか「助けて。」と叫ぶのだ。
体験したことがない恐怖は、震災が過ぎても続いているようだった。
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