オニユリの蕾

磐長怜(いわなが れい)

オニユリの蕾

 咲かない花もあると知ったのは、誰かに手入れされたオニユリの蕾がひとつだけ開かなかったときだ。虫の入った形跡はなく甘い香りは凝縮されて、長い夕暮れ時にやっと日陰になった蕾を蟻はこじ開けようと這いまわる。

 一体この蕾というのが私は恐ろしい。狂うように咲いていく姿は置いていかれるようでまだ距離を保てる。しかし蕾のふっくらとした、それでいてきちきちと咲くときを見定めるような、あの流線型のしっかとしたフォルム。命の充満した形。触れられた試しがない。

 触れてみようか。咲くことなく萎れていく生命の薄い弱者なら、日陰者なら、かなうだろうか。思うだけで手のひらがひどく熱かった。触れたら握りつぶしてしまうかもしれない。ドロリとした芳香が手につくのかもしれない。何か罪を犯すように、人目を避けてゆっくりと指を近づける。暑さの中、酸素は肺に入らず浅く漏れる。

 蟻のこじ開けようとしたその先端に触れるとき、17時のチャイムが流れた。慌てて手を引っ込める。

 危ないところだった。たとえ萎れようとあれは全体で生き抜こうとする恐ろしいものだ。むかごの並んだ、鬼のごとく豪奢なオニユリから距離を取る。

 私は愛でるだけで、この花を育てることはきっとないだろう。2ブロック向こうの小さな公園で、旧式の時計の針は止まらない。

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オニユリの蕾 磐長怜(いわなが れい) @syouhenya

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