第50話:翠玉の門☑

エメラルドヘイヴンの東方に聳える翠玉の門は、朝靄に包まれた薄明かりの中で、神秘的な輝きを放っていた。その姿は、まるで夢幻の世界から現実へと溶け出してきたかのような幻想的な美しさを湛えていた。門の表面には、緑色の翡翠が精巧に組み込まれ、朝日を受けて微かに煌めいている。この門は、エメラルドヘイヴンの創設者アステールが、サテライトシステムの安定と繁栄を象徴するものとして建造したとされる。その壮麗な姿は、長きにわたりエメラルドヘイヴンの栄華を体現してきた。


しかし、その幻想的な風景とは裏腹に、門の周囲には絶望的な叫びと悲痛な嘆きが渦巻いていた。かつては活気に満ちていた周辺のサテライトも、今や瓦礫の山と化し、希望を失った難民たちがエメラルドヘイヴンを目指して押し寄せていたのだ。彼らの目には、失われた故郷の面影と新たな生活への渇望が映し出されていた。


門前には、数え切れないほどの難民たちが群がっていた。彼らの手には、自らの価値を証明しようとする様々な書類が握られていた。ある者は高度な技術を持つエンジニアであることを示す証明書を、またある者は芸術の分野での功績を列挙した履歴書を掲げていた。中には、独自の発明品や芸術作品を携えている者もいた。彼らはそれぞれ、エメラルドヘイヴンの厳格な選別基準を通過するための切り札を必死に探し求めていたのだ。


守衛たちは、冷徹な目付きで難民たちを観察していた。彼らの視線は、まるでX線のように難民たちの価値を見抜こうとしているかのようだった。守衛たちの胸元には、エメラルドヘイヴンの紋章が刻まれた徽章が輝いている。その徽章は、彼らが単なる警備員ではなく、都市の未来を左右する重要な判断を下す権限を持つ者であることを示していた。


時折、群衆の中から誰かが選ばれると、その周囲からは嫉妬と羨望の入り混じった溜息が漏れた。選ばれた者たちは、歓喜と安堵の表情を浮かべながら、翠玉の門をくぐっていった。その姿は、まるで天国への入場を許された魂のようだった。彼らは、エメラルドヘイヴンが提供する「新市民統合プログラム」に参加することになる。このプログラムは、新たに受け入れられた難民たちをエメラルドヘイヴンの社会に円滑に統合するために設計されたもので、職業訓練や文化適応支援などが含まれていた。


一方、選ばれなかった大多数の者たちは、絶望の淵に突き落とされた。彼らの目には、再び厳しい現実世界へと放り出される恐怖が浮かんでいた。選別に漏れた難民たちのために、エメラルドヘイヴンは「一時避難所」と呼ばれる施設を門外に設置していた。しかし、その収容能力には限りがあり、多くの難民たちは荒野へと追いやられることになる。


都市の内部では、新たに迎え入れられた難民たちが、期待と不安の入り混じった表情で新生活を始めていた。彼らの才能は、エメラルドヘイヴンの更なる発展のための燃料となることが期待されていた。「新市民統合センター」と呼ばれる施設では、彼らに対して集中的な教育と訓練が施される。ここで彼らは、エメラルドヘイヴンの高度な技術や文化を学び、都市の一員として生きていくための準備を整えるのだ。


エメラルドヘイヴンの街並みは、相変わらず豊かさと美しさに溢れていた。高層ビルの窓ガラスは朝日を反射し、その輝きは門外の暗い現実を覆い隠すかのようだった。街の中心部に聳える「翠玉の塔」は、その名の通り緑色の輝きを放ち、都市の繁栄の象徴となっていた。市民たちは、門外の悲劇にほとんど無関心なまま、贅沢な日常を謳歌し続けていた。


しかし、この楽園の影には常に不安が付きまとっていた。都市の豊かさが続く限り、門前に集まる難民の数は尽きることがなく、エメラルドヘイヴンの脆い均衡は常に崩壊の危険と隣り合わせだった。翠玉の門は、希望と絶望を分かつ境界線であると同時に、都市の未来を左右する鍵でもあったのだ。


エメラルドヘイヴンの指導者たちは、この状況を憂慮していた。彼らは「ヒトサステナビリティ評議会」を設立し、都市の長期的な持続可能性について議論を重ねていた。難民の受け入れ基準の見直しや、周辺サテライトの再建支援など、様々な案が検討されていたが、有効な解決策を見出すのは容易ではなかった。


翠玉の門の向こうでは、エメラルドヘイヴンの市民たちが平和な日々を過ごしていた。しかし、その平和は脆く、外の世界の混沌とわずかな壁一枚で隔てられているに過ぎなかった。エメラルドヘイヴンの未来は、この翠玉の門をどのように管理するか次第で、容易に崩壊してもおかしくないものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る