第46話:黄金の平原の岐路3☑

黄金の平原サテライトの中心部に聳え立つオルドサーヴィス本部。その最上階に位置する会議室では、数日前から連日、シルバーホライゾン社の提案を具体化するための詳細な計画会議が開かれていた。窓の外には、サテライトの名にふさわしい黄金色に輝く広大な草原が広がり、その向こうには整然と並ぶ高層ビル群が立ち並んでいた。


この日もまた、会議室には緊張感漂う空気が充満していた。オルドサーヴィスの幹部たちが、シルバーホライゾン社のCEOリチャードとCFOサリーを交えて、熱心な議論を交わしている。中央に設置された大型スクリーンには、巨大カジノの基本設計図が投影されていた。


リチャードは、洗練された身なりと自信に満ちた物腰で、図面を指し示しながら説明を続けた。


「こちらが、我々シルバーホライゾンが提案する巨大カジノの基本設計図です。最新の建築技術と、黄金の平原サテライトの特徴を活かしたデザインを採用しています」


彼の言葉に、オルドサーヴィスの幹部たちは熱心に耳を傾けた。その表情には、期待と不安が入り混じっていた。長年、秩序維持を担ってきた組織が、今まさに大きな転換点を迎えようとしているのだ。


サリーが補足する。


「カジノフロアは、高級感と開放感を兼ね備えた設計になっています。VIPルームも十分に確保し、富裕層のプライバシーにも配慮しています」


彼女の声には、数字に裏打ちされた冷静な分析が滲んでいた。


オルフィウスが質問を投げかけた。


「セキュリティ面はどうなっていますか?」


彼の眼差しには、長年黄金の平原サテライトを統治してきた者としての慎重さが宿っていた。


リチャードは即座に答えた。


「最新のミリスリア擬製生物警備システムを導入します。人間の警備員では見逃してしまうような細かな異常も、瞬時に検知し対応することが可能です」


ミリスリア擬製生物とは、サテライト世界に革命をもたらした新技術だった。ミリスリアという特殊な生命エネルギーを動力源とし、高度な知能と身体能力を持つ人工生命体である。その登場は、労働市場に大きな変革をもたらし、多くのサテライトの社会構造を根本から覆すこととなった。


ダリオンは腕を組み、考え込むように言った。


「風俗サービスとの連携はどうなっている?」


彼の声には、オルドサーヴィスの長として、組織の存続をかけた決断を下さねばならない重圧が感じられた。


サリーが答える。


「既存の風俗施設を、カジノ施設内に高級クラブとして再編成することを提案します。カジノでの興奮と、洗練された社交の場を融合させることで、他にはない魅力を創出できると考えています」


会議は数時間に及び、建設計画、人員配置、マーケティング戦略など、あらゆる側面について詳細な検討が行われた。議論が白熱する中、静かに立ち上がる一人の人物がいた。


リリア・ハーヴェイ。オルドサーヴィスの若手エリートであり、孤児院出身ながら卓越した能力を持つ彼女は、組織の未来を担う存在として期待されていた。彼女は用意してきた資料を手に取り、決意に満ちた表情で発言を始めた。


「私からも一つ提案があります」


リリアの声は、決意に満ちていながらも、僅かに緊張の色を滲ませていた。


「このカジノリゾート計画を進めるのであれば、同時に社会貢献プログラムも立ち上げるべきだと考えています」


リリアの言葉に、会議室内の空気が一瞬凍りついたかのように感じられた。シルバーホライゾンのCEOリチャードの眉が、僅かに上がった。


「具体的には?」


リチャードの声は冷静さを保っていたが、その眼差しには明らかな警戒心が宿っていた。


リリアは深呼吸をし、慎重に言葉を選びながら説明を続けた。


「例えば、カジノの収益の一部を、教育や医療、環境保護などに充てるのです。黄金の平原サテライト内に新しい学校や病院を設立したり、周辺地域の環境回復プロジェクトを支援したりすることで、我々の事業が単なる利益追求ではなく、社会全体の発展に貢献していることを示せると考えています」


リリアの提案に、会議室内で小さなざわめきが起こった。オルドサーヴィスの幹部たちの間で、賛同の声と懐疑的な意見が交錯する。しかし、シルバーホライゾンの面々の表情は、明らかに難色を示していた。


CFOのサリーが、冷静な口調で意見を述べた。


「リリアさん、あなたの提案の意図は理解します。しかし、そのような社会貢献プログラムは、プロジェクトの収益性を著しく低下させる可能性があります。我々の試算では、カジノリゾートの初期投資の回収にも相当の期間を要すると予測しています。その状況下で、さらに収益の一部を社会貢献に回すというのは、経営的に大きなリスクを伴います」


リリアは反論しようとしたが、リチャードが手を上げて制した。


「私も、サリーの意見に同意します。現段階で社会貢献プログラムを導入することは、プロジェクト全体の成功を危うくする可能性があります。まずは事業の安定化を図り、その後に社会貢献の可能性を検討するべきでしょう」


会議室内の空気が重くなる中、オルフィウスが静かに咳払いをした。彼の目には、何か決意のようなものが宿っていた。


「リリアの提案には、一理あると思います」


オルフィウスの声は、低く、しかし確かな響きを持っていた。


「確かに、収益性の観点からは難しい面もあるでしょう。しかし、長期的な視点で考えれば、社会貢献プログラムは黄金の平原サテライトの価値を高め、ひいてはカジノリゾートの魅力向上にも繋がるのではないでしょうか」


オルフィウスの言葥に、会議室内の雰囲気が微妙に変化した。リチャードとサリーは顔を見合わせ、何か言葉を交わしているようだった。


「わかりました」


リチャードは深い溜息の後、決断を下した。


「社会貢献プログラムの導入自体は行いましょう。ただし、その内容と規模については、慎重に検討する必要があります」


この決定を受け、会議は具体的な社会貢献プログラムの内容についての議論へと移っていった。しかし、その過程で明らかになっていったのは、シルバーホライゾンとオルドサーヴィスの幹部たちが考える「社会貢献」の形が、リリアの当初の構想とは大きく異なるものだということだった。


最終的に承認されたプログラムには、確かに新しい病院や学校の設立が含まれていた。しかし、それらは富裕層向けの最先端医療施設や、インターナショナルスクールとしての性格が強く押し出されたものだった。


「これらの施設は、カジノリゾートの付加価値を高める要素としても機能します」


サリーは、冷静に説明を加えた。


「富裕層の顧客にとって、高度な医療サービスや子女の教育環境は、滞在先を選ぶ上で重要な要素となるでしょう」


リリアは、自身の提案が本来意図していたものとは異なる形で具現化されていく様を、複雑な思いで見守っていた。確かに、これらの施設は「社会貢献」の名目を満たしてはいるが、その本質は依然として利益追求のためのものであることは明白だった。


会議が終わり、参加者たちが次々と退室していく中、リリアはひとり窓辺に立ち、夕暮れの黄金の平原を見つめていた。彼女の瞳には、複雑な感情が交錯していた。理想と現実の狭間で揺れ動く心。しかし、彼女はまだ諦めてはいなかった。


黄金の平原サテライトは、この大胆な変革によって新たな時代へと踏み出していった。その未来がどのようなものになるかは誰にも分からなかったが、少なくともオルドサーヴィスは、自らの手で運命を切り開こうとしていた。それは、困難な選択ではあったが、彼らにとって唯一の生き残る道だったのである。


リリアは深く息を吐き、決意を新たにした。彼女の心には、この難局にあっても真の社会貢献を実現するという使命感が残っていた。黄金の平原の夕陽が、彼女の姿を優しく包み込む。その光の中に、未来への希望と挑戦への覚悟が、静かに、しかし確かに息づいていた。

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