第45話:黄金の平原の岐路2☑

会議室の重厚な扉が閉じられ、オルドサーヴィスの幹部たちが去った後、室内には静寂が漂った。その静けさを破るように、ダリオンの低く落ち着いた声が響いた。


「諸君、シルバーホライゾンの提案について、率直な意見を聞かせてくれ」


彼の言葉に応じて、幹部たちは次々と発言を始めた。財務担当のヴィクター・ブレイズは、その細身の体躯から想像できないほどの力強い声で、提案の経済的メリットを強調した。


「この提案を受け入れれば、我々の財政状況は劇的に改善されます。カジノと風俗サービスの収益は、他の産業の比ではありません。これにより、我々は再び周辺サテライトの中心的存在となれるでしょう」


一方、人事担当のエレナ・フロストは、氷のように冷たい青い瞳で会議室を見回しながら、慎重に言葉を選んだ。


「確かに経済的なメリットは大きいでしょう。しかし、大規模な人員削減は避けられません。長年我々と共に歩んできた仲間たちを切り捨てることになるのです。そのような決断が、本当に我々の未来につながるのでしょうか」


議論は白熱し、賛成派と反対派の間で激しい意見の応酬が続いた。会議室の空気は次第に熱を帯び、緊張感が高まっていった。


そんな中、突如として一人の少女が発言した。オルドサーヴィスの功労者であり、現在もサテライトの安定のため奔走するリリア・ハーヴェイだった。彼女の存在感が、会議室の空気を一変させた。


リリアは静かに、しかし力強い口調で話し始めた。「ダリオン様、皆さん。シルバーホライゾンの提案について、私の意見を述べさせてください」


彼女の緑色の瞳には、強い意志の光が宿っていた。黒髪を整然と後ろで束ね、オルドサーヴィスの制服を身につけた彼女の姿は、若さと経験が融合した独特の威厳を放っていた。


ダリオンは深々と頷き、「いいだろう、リリア。君の意見は我々にとって非常に重要だ」と返した。


リリアは深呼吸をし、言葉を選びながら話し始めた。


「私は、このシルバーホライゾンの提案に断固反対します」


彼女の声には、強い決意が込められていた。


「確かに、経済的には魅力的に映るかもしれません。しかし、この提案は我々の理念と根本的に相容れないものです」


彼女は一歩前に進み、会議室の中央に立った。


「我々オルドサーヴィスは、常に秩序と正義を追求してきました。完全な実現は厳しくとも、大局的に見てサテライトの安全と幸福のためとなる行動を行ってきました。しかし、この提案は何ですか?」


リリアの声が高まる。


「巨大カジノの設立?風俗サービスで富裕層を誘致する?それは我々の理念を完全に放棄することに等しいです」


リリアは一人一人の顔を見つめながら続けた。


「擬製生物に警備を任せ、我々は享楽的な施設の運営に専念する。そんなことをしたら、我々の存在意義は完全に失われてしまいます。我々は単なる金儲けの道具と化してしまう」


彼女の言葉に、幹部たちの間で動揺が広がった。リリアは最後にダリオンに向かって言った。


「ダリオン様、私たちはもっと別の道を探すべきです。我々の理念を守りながら、この危機を乗り越える方法が必ずあるはずです」


ダリオンは長い間黙っていたが、やがて重い口調で話し始めた。


「リリア、君の言葉はよく分かる。君の理念と献身は、我々オルドサーヴィスの誇りだ。しかし…」


彼は深いため息をついた。


「現実を直視しなければならない。我々には、もはや有効な選択肢が残されていない」


ダリオンは立ち上がり、窓際に歩み寄った。外では、黄金の平原の広大な景色が広がっている。黄金色に輝く麦畑が地平線まで続き、他方にはビル群が立ち並ぶ都市部が見える。この光景は、サテライトの名前の由来となった豊かな農業地帯と、発展した都市部の共存を象徴していた。


「レヴァンティスの擬製生物兵団に対抗できる戦力を、我々の力だけで整えることは不可能だ。そして、他のサテライトも急速に軍事力を強化している。このままでは、我々は完全に取り残されてしまう」


彼は振り返り、リリアを見つめた。


「君の言う通り、この提案は我々の理念とは相容れない部分がある。しかし、今は淘汰の時だ。我々が生き残り、影響力を維持できなければ、理念を残すことすらできなくなる」


オルフィウスが静かに発言した。彼は黄金の平原サテライトの元リーダーであり、オルドサーヴィスとの緊密な協力関係を築いてきた人物だ。その穏やかな物腰の裏には、長年の経験に裏打ちされた鋭い洞察力が隠されていた。


「リリア、君の気持ちはよく分かる。私も、この決断には大きな葛藤がある。しかし、ダリオンの言う通り、我々には選択の余地がない」


リリアは、オルフィウスとダリオンの言葉に深い失望の色を浮かべた。しかし、彼女もまた現実を理解していた。


「私は…この決定に同意することはできません」


彼女は静かに、しかし毅然とした態度で言った。


「しかし、私はオルドサーヴィスの一員として、組織の決定に従います」


ダリオンは深く頷いた。


「リリア、君の意見は常に尊重される。そして、我々はこの新しい道を進みながらも、オルドサーヴィスの理念を忘れることはない。むしろ、その理念を新たな形で実現する方法を探っていくつもりだ」


会議室内に重い空気が漂う中、ダリオンは最終的な決断を下した。


「我々は、シルバーホライゾンの提案を受け入れる。しかし、その実施にあたっては、我々の理念を可能な限り反映させる。それが、我々にできる最善の道だ」


オルフィウスが付け加えた。


「この変革の過程で、我々は常に反対派の意見に耳を傾ける。その視点は、我々が本来の使命を見失わないための重要な指針となるはずだ」


リリアは沈黙のまま頷いた。彼女の表情には深い悲しみと、同時に決意の色が浮かんでいた。


ダリオンは最後に言った。


「これより我々は、新たな時代へと踏み出す。それは困難な道のりになるだろう。しかし、我々全員の知恵と努力を結集すれば、必ずや道は開けるはずだ。諸君、準備に取り掛かろう」


会議は終了し、幹部たちは重い足取りで退室していった。リリアは最後まで会議室に残り、窓の外を見つめていた。彼女の瞳には、複雑な感情が交錯していた。


夕暮れの光が会議室に差し込み、リリアの姿を柔らかく照らしていた。彼女の心の中では、オルドサーヴィスの過去と未来が交錯し、新たな決意が芽生えつつあった。この困難な時代にあっても、彼女は自らの信念を貫き、サテライトの未来を守るために戦い続けることを誓ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る