第44話:黄金の平原の岐路☑

黄金の平原サテライトの中心部に聳え立つ壮麗な建造物、オルドサーヴィス本部。その最上階に位置する会議室では、組織の命運を左右する重要な会議が行われていた。重厚な石造りの壁に囲まれたこの空間には、長年の歴史を物語る古い絵画や彫刻が飾られ、威厳ある雰囲気を醸し出していた。


窓際に佇むダリオンの姿が、夕陽に照らされて長く伸びる影となって床に映る。彼の背後では、オルドサーヴィスの幹部たちが緊張した面持ちで着席していた。テーブルの上には、周辺サテライトの軍事力に関する最新の報告書が山積みになっており、その一枚一枚が、彼らの組織が直面する危機の深刻さを物語っていた。


ダリオンは静かに振り返り、集まった幹部たちを見渡した。彼の目には、長年の経験から培われた冷静さと、同時に現状への深い憂慮が宿っていた。


「諸君」


彼の低く落ち着いた声が、会議室の静寂を破った。


「状況は我々の予想を遥かに超えて深刻だ。レヴァンティスの擬製生物兵団の性能は、我々の分析を大きく上回っている。さらに厄介なことに、他のサテライトも擬製生物による軍隊の編成を急ピッチで進めている」


ダリオンの言葉に、会議室内に重苦しい空気が漂う。幹部の一人、軍事戦略を担当するヴィクターが声を上げた。彼の声には、切迫した焦りが滲んでいた。


「では、我々も擬製生物兵を導入すべきではないでしょうか?時間との戦いです」


ダリオンは首を横に振った。その仕草には、現実を受け入れざるを得ない辛さが滲んでいた。


「それも検討したが、導入コストが莫大すぎる。我々には、そのような大規模投資を行う余裕はない」


訓練部門の責任者であるマーカスが、別の提案を試みる。


「では、現状の人間兵士たちの強化訓練を…」


「それは不可能だ」


ダリオンは冷静に、しかし厳しい口調で遮った。その言葉には、現実を直視する勇気と、部下たちへの配慮が込められていた。


「擬製生物兵の性能は、人間の限界をはるかに超えている。訓練で埋められる差ではない」


会議室に沈黙が降り立つ。オルドサーヴィスの幹部たちは、自分たちの組織が直面している危機の大きさを、今まさに痛感していた。長年培ってきた誇りと自信が、目の前で音を立てて崩れていくような感覚だった。


その時、会議室のドアがノックされた。秘書のエリザベスが慎重に入室し、ダリオンに耳打ちする。彼女の表情には、何か重要な情報をもたらしたという緊張感が漂っていた。ダリオンの表情が僅かに変化し、その目に一筋の光明が宿る。


「諸君」


ダリオンは幹部たちに向かって言った。その声には、新たな可能性への期待が込められていた。


「シルバーホライゾンの代表が、我々に対してコンサルティングの提案を行いたいと申し出ている。彼らの提案を聞くことにしよう。現状では、あらゆる可能性を検討する必要がある」


幹部たちは互いに顔を見合わせた。シルバーホライゾンは、サテライト経営に関する卓越したコンサルティング能力で知られる企業だった。その名は、困難な状況に陥ったサテライトや組織を救う銀色の地平線として、広く知られていた。彼らの提案が、この危機的状況を打開する糸口になるかもしれない。その期待が、会議室内に静かな希望の空気を漂わせた。


ダリオンは秘書のエリザベスに指示を出した。


「シルバーホライゾンの代表を案内してくれ」


数分後、シルバーホライゾンのCEOリチャードとCFOサリーが会議室に入室した。リチャードは、長年のコンサルティング経験から培われた鋭い洞察力と、クライアントの信頼を勝ち取る温和な人柄を兼ね備えた人物だった。一方のサリーは、冷静な分析力と戦略的思考に長けた、シルバーホライゾンの頭脳とも呼ばれる存在だった。彼らの姿からは、自信と冷静さが滲み出ていた。


リチャードは丁寧に挨拶を交わした後、直ちに本題に入った。


「ダリオン様、オルドサーヴィスの皆様。我々は貴組織の直面している課題を分析し、その解決策を用意してまいりました」


その声には、長年の経験に裏打ちされた確信が滲んでいた。


彼はタブレットを操作し、会議室の大型ディスプレイに資料を表示させた。画面には、複雑なグラフや図表が次々と映し出される。


「我々の提案は、二つの主要な戦略からなります」


リチャードは落ち着いた口調で説明を始めた。


「第一に、秩序行使業務の擬製生物への完全外注化。第二に、新たな独自産業として巨大カジノの設立です」


会議室内に驚きの声が漏れる。これは、オルドサーヴィスの根幹を揺るがすほどの大胆な提案だった。リチャードは、その反応を予期していたかのように、さらに詳細な説明を続けた。


「まず、秩序行使業務の外注化についてですが、これにより人件費を大幅に削減できます。同時に、レヴァンティスの擬製生物兵団に対抗できる戦力を、比較的低コストで確保することが可能となります」


サリーが補足する。彼女の声は冷静で、数字に裏打ちされた確信に満ちていた。


「我々の試算では、この外注化により、現在の秩序行使業務にかかるコストの約60%を削減できます。これは、新規事業への投資に充てることが可能な資金となります」


リチャードは続ける。


「そして、その新規事業として我々が提案するのが、巨大カジノの設立です」


彼の目が輝きを増す。


「黄金の平原サテライトの地理的優位性と、オルドサーヴィスが培ってきた高級サービスのノウハウを活かし、富裕層向けの究極のエンターテイメント施設を作り上げるのです」


彼は画面に複雑な図表を表示させた。そこには、市場動向や予測収益、投資回収期間などの詳細なデータが示されていた。


「我々の市場調査によれば、高級カジノへの需要は依然として高く、さらに成長が見込まれています。特に、擬製生物の台頭により余暇時間が増加した富裕層は、新たな娯楽を求めています」


サリーが再び発言する。


「さらに、既存の風俗サービスとのシナジー効果も期待できます。カジノと風俗サービスを組み合わせることで、他のサテライトには真似のできない独自の魅力を創出できるでしょう」


リチャードは最後に付け加えた。


「この戦略により、オルドサーヴィスは軍事力に頼ることなく、経済的な繁栄を実現できます。同時に、高付加価値サービスの提供により、サテライト全体の地位向上にも繋がるのです」


プレゼンテーションが終わり、会議室内に沈黙が広がった。オルドサーヴィスの幹部たちは、この大胆な提案に戸惑いを隠せない様子だった。彼らの表情には、驚きと期待、そして不安が入り混じっていた。


ダリオンは腕を組み、深く考え込んだ。彼の表情からは、提案の内容を真剣に検討していることが窺えた。長年オルドサーヴィスを率いてきた彼にとって、この提案は組織の根幹を揺るがすものだった。しかし同時に、現状を打開する可能性を秘めていることも理解していた。


「リチャード氏、サリー氏、詳細な分析と提案をありがとう」


彼はゆっくりと言葉を紡いだ。その声には、重責を担う者の慎重さが滲んでいた。


「確かに、これは我々の現状を打開する可能性を秘めた案だ。しかし…」


彼は一瞬言葉を切り、会議室を見回した。幹部たちの表情には、不安と期待が交錯している。


「この提案には、我々の組織の根幹に関わる大きな変革が含まれている。慎重に検討する必要がある」


リチャードは頷いた。彼の表情には、クライアントの立場を理解する深い洞察力が表れていた。


「もちろんです。我々も、この提案が貴組織にとって大きな決断を伴うものであることは十分に理解しています。ですので、詳細な検討のためのお時間は十分にご用意しています」


ダリオンは同意し、内部で十分に議論することを伝えた。その言葉には、組織の未来を左右する重大な決断を前にした、リーダーとしての覚悟が込められていた。


会議室の窓外では、夕陽が黄金の平原サテライトの地平線に沈みゆく。シルバーホライゾンの提案が、オルドサーヴィスにとって、そして黄金の平原サテライト全体にとって、どのような影響をもたらすのか。その答えは、まだ誰にも分からなかった。

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