第37話:情報網☑

星夜の洞窟の中枢、その最深部に位置するナディアの書斎。壁面を覆う無数の発光鉱石が、まるで夜空の星々のように瞬き、神秘的な雰囲気を醸し出していた。その柔らかな光に照らされ、ナディアの指先が、机上に広げられた予定表の表面を軽やかに、しかし確かな意志を持って滑っていく。その動きは、彼女の思考の流れそのものを可視化しているかのようだった。


ナディアの鋭い眼差しは、紙面を隈なく走査し、次なる一手を見定めようとしていた。その瞳に映る未来図は、徐々に輪郭を現し、やがて明確な形を取り始める。それは、情報収集と意志発信という揺るぎない目標へと収束していった。


静謐に包まれた書斎で、ナディアの決意が具現化される。彼女は躊躇することなく、エメラルド・ニュース・ネットワーク(ENN)の代表との会談を予約することを決断した。ENNは、星夜の洞窟と深い資本関係を持つエメラルドヘイヴン有数のメディア企業である。その関係性は、星夜の洞窟の魔鉱石が枯渇して間もない頃にさかのぼる。当時、彼女は情報の重要性を痛感し、独自の情報発信メディア網の構築を計画した。その結果生まれたのがENNとの関係性であり、以来、ENNは星夜の洞窟の「公的見解代弁機関」として機能してきた。


一方で、星夜の洞窟は極秘裏に形成した独自の情報収集ネットワーク、通称「影の耳」を有している。「影の耳」は、各サテライトに潜入した諜報員たちによって構成され、表立った活動が困難な機密情報の収集を担っている。この二つの情報網は、まるで光と影のように補完し合い、星夜の洞窟の情報戦略の要となっていた。


ナディアは優雅な動きで立ち上がり、最新型の通信端末「クリスタル・リンク」に手を伸ばした。この装置は、星夜の洞窟の技術者たちが開発した最先端の通信機器で、高度な暗号化技術により、極めて安全な通信を可能にしていた。彼女の指先が端末に触れると、それは応答するかのように柔らかな光を放った。


ENNの代表オフィスへの接続は瞬時に確立され、画面越しに映し出される事務所の慌ただしい様子が、ナディアの目的意識をさらに強固なものにした。彼女は、その活気に満ちた光景に、自らの計画の成功を重ね合わせていた。


「こちらナディアです」彼女の声は、静かでありながら威厳に満ちていた。それは、長年の指導者としての経験が醸成した、揺るぎない自信の表れだった。「代表との会談を一つお願いしたいのですが」


彼女の要望は、ENNの効率的なシステム「スピード・リンク」によって迅速に処理された。このシステムは、星夜の洞窟傘下のシステム開発企業が開発した最新の予約管理システムで、複雑な日程調整を瞬時に行うことができる。数分と経たずして、会談の予約が確定した。ナディアは満足げに頷きながら、端末に表示された日程を確認し、頭の中で次の段取りを整理し始めた。


会談当日、ナディアは慎重に選び抜かれた衣装に身を包んだ。それは、星夜の洞窟の伝統的な織物「星影絹」で仕立てられた上品なスーツだった。星影絹は、洞窟内の特殊な環境下で育つ蚕から採れる絹で、その美しい光沢と強靭さで知られている。この衣装は、ナディアの威厳とエレガンスを体現すると同時に、星夜の洞窟の技術力と伝統をも象徴していた。


彼女はENNのオフィスへと向かう間、心の中で目的を再確認した。ミリスリア擬製生物の最新動向を把握し、レヴァンティスのリーダーたちの情報を収集するという表向きの目的。そして、星夜の洞窟の代表である自身が、ミリスリア擬製生物に並々ならぬ興味を示していると対外的に示すこと。この二つの目的は、彼女の緻密な戦略の一部に過ぎなかった。


ENNの近代的なオフィスビル「クリスタル・タワー」に到着したナディアは、堂々とした足取りで受付を通過した。クリスタル・タワーは、その名の通り、光を巧みに取り入れる特殊なガラス建材で建てられており、内部は常に自然光で満たされていた。彼女の存在感は、周囲の喧騒をも静めるほどだった。


案内された会議室に足を踏み入れる際、ナディアは深く息を吸い、心を落ち着かせた。この会議室は、天井に星空を模した照明が施された特別会議室で、星夜の洞窟との関係を象徴する空間として内々に知られていた。


会議室の大きな窓からは、エメラルドヘイヴンの壮大な景色が広がっていた。ナディアはその光景を一瞥しながら、自身の計画の規模を再認識する。代表の到着を待つ間、彼女は綿密に準備した質問事項を頭の中で整理した。表面上は冷静を装いながらも、その内心には燃えるような情熱が秘められていた。


やがて現れたENNの代表エドガー・ブライトは、中年の落ち着いた雰囲気を持つ男性だった。彼の眼差しには鋭い洞察力が宿り、長年のジャーナリズム経験が滲み出ていた。エドガーは、星夜の洞窟との関係構築時からナディアと共に歩んできた人物で、彼女の信頼も厚かった。


「ナディアさん、お会いできて光栄です」エドガーの声には、敬意と好奇心が混ざっていた。「今日はどういったご用件で?」


ナディアは微笑みを浮かべつつ、端的に目的を伝えた。「レヴァンティスの例の件について、詳しくお聞かせ願える?」彼女の声音には、決意と期待が滲んでいた。


エドガーは理解を示すように頷き、準備してきた資料を取り出して説明を開始した。その資料には、ENNの独自取材による最新情報が詰め込まれていた。ナディアは全神経を集中させ、提供される情報を的確に吸収しながら、自らの計画への組み込み方を即座に思案した。彼女の頭脳は、まるで粘菌が効率的な餌の運搬ルートを探索するかの如く情報を処理し、分析し、再構築していった。


ミリスリア擬製生物の技術的進歩、市場への影響、そしてレヴァンティスのリーダーたちの最新の動向。これらの情報が次々と明かされる中、ナディアの眼差しはますます鋭さを増していった。彼女は全ての情報を自らの中に取り込み、次なる一手を絶え間なく考え続けた。


会談を終えたナディアは、新たな知識と洞察を胸に、ENNのオフィスを後にした。彼女の歩みは軽やかでありながら、その内に秘めた決意は重厚だった。手に入れた貴重な情報を胸に、彼女は更なる戦略を練り上げるため、静かに書斎へと戻っていった。


書斎に戻ったナディアは、得られた情報を丹念に分析し始めた。彼女の頭脳は、複雑に絡み合う情報の糸を解きほぐし、そこから浮かび上がる全体像を把握しようと懸命に働いていた。ミリスリア擬製生物の技術的進展、市場への影響予測、そしてレヴァンティスの次なる一手。これらの要素を組み合わせ、ナディアは自らの戦略をさらに洗練させていく。


窓外に広がる星空を見上げながら、ナディアは静かに微笑んだ。その瞳に映る星々は、彼女の心の中で形作られつつある次の一手を象徴しているかのようだった。情報という武器を手に入れた今、ナディアは星夜の洞窟の未来を守るため、さらなる一手を打つ準備を整えていたのだった。


夜更けまで続いた分析と思考の末、ナディアは静かに立ち上がった。彼女の周りには、情報の海から掬い上げられた真実の欠片が散りばめられていた。それらを紡ぎ合わせ、彼女は新たな戦略の糸口を見出していた。


明日への期待を胸に、ナディアは穏やかな寝息を立て始めた。彼女の夢の中でさえ、情報の波が静かに打ち寄せ、未来への道筋を照らし出していた。星夜の洞窟の発光鉱石が放つ柔らかな光に包まれながら、ナディアの心は、来たるべき戦いへの準備を整えていった。その光は、彼女の揺るぎない決意と、星夜の洞窟の輝かしい未来への希望を象徴しているかのようだった。

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