レヴァンティス

第26話:優越の代償☑

冷徹な金属が光を反射する広大なホールは、レヴァンティスの中枢を象徴していた。その中心に位置するリーダー、アークナルの執務スペースは、権力の具現化そのものだった。彼は精密に設計されたデスクに腰を下ろし、背後に広がる巨大な窓からは、効率的に管理された農場と牧場の光景が一望できた。


レヴァンティスは、サテライト群の中でも特異な存在として知られていた。その名は「揚力」を意味する古語に由来し、常に上昇と進歩を追求する姿勢を表していた。サテライトの外観は、冷たい金属と透明な強化ガラスで構成された幾何学的な建築群が特徴的で、その姿はまるで未来から飛来した都市のようだった。


アークナルの鋭い眼差しは、スクリーンに映し出された複雑なデータグラフに釘付けになっていた。そこには、サテライトの生産性を示す重要な指標が並んでいた。出産率、労働力の育成進捗、そして人材輸出による収益の詳細な分析結果。これらの数字が、彼の野心的な計画の成否を決定づけるのだ。


「ここ数週間のデータを分析してくれ」


アークナルの低く落ち着いた声が、静寂を破った。その言葉は、彼の右腕であるエレナに向けられていた。エレナは、レヴァンティスの副官として知られる冷徹な美貌の持ち主で、その分析力と実行力は他の追随を許さなかった。彼女は感情を排した表情で、スクリーンに表示されたデータを素早く読み取った。


「出産率は予測を上回っています」


エレナは淡々と報告を始めた。


「特筆すべきは、品種改良プログラムの成果です。高い知能指数と外向性を持つ子供たちの割合が顕著に増加しています。選別プロセスも予定通り進行中です」


品種改良プログラムとは、レヴァンティスが誇る最先端の遺伝子工学技術を駆使した人材育成システムのことだ。倫理的な問題を含むこのプログラムは、他のサテライトには存在せず、レヴァンティスの独自性を象徴するものだった。


アークナルは満足げに頷いた。しかし、その表情にはさらなる野心が垣間見えた。


「良好な進捗だ。だが、市民権付与の基準はさらに厳格化する必要がある。我々のサテライトの繁栄は、最優秀な人材の選出にかかっているのだからな」


エレナはスクリーンを操作し、新たなデータセットを表示させた。


「最新の選別結果です。市民権獲得者は全体の3%に留まっていますが、彼らは全ての評価基準を完全に満たしています」


レヴァンティスの市民権制度は、サテライト内での厳しい選別過程を経て付与される特権的な地位だった。市民権を持つ者のみが、サテライト内での政治参加や高度な教育を受ける権利を有していた。


アークナルは眉を寄せ、データを熟考した。


「理解した。これにより、我々のサテライトの基盤はさらに強化されるだろう。だが、残りの97%の処遇はどうなっている?」


エレナの声は冷静さを失わなかった。


「人材市場への出荷準備は整っています。バイヤーとの交渉も完了し、彼らの要求に応じたカスタマイズも実施済みです」


レヴァンティスは、市民権を得られなかった人々を「人材」として他のサテライトや外部組織に輸出することで、莫大な利益を得ていた。この非人道的とも言える制度が、サテライトの経済を支える重要な柱となっていたのだ。


アークナルは立ち上がり、窓の外に広がる風景を眺めた。高度に機械化された農業と牧畜の様子が、彼の視界に広がっていた。無数の労働者たちの姿が点在し、その向こうには他のサテライトの輪郭が霞んで見えた。


「我々の戦略は確実に成果を上げている」


アークナルは独白するように言った。


「だが、油断は許されない。常に最高の効率を追求し、このサテライトを頂点に押し上げなければならない」


エレナは静かに頷き、次のステップを記録した。


「さらなる品種改良研究の推進が不可欠です。新技術の導入により、我々の優位性は揺るぎないものとなるでしょう」


アークナルは再びスクリーンに注目した。


「エメラルドヘイヴンへの報告書の準備は?」


エメラルドヘイヴンは、全てのサテライトを統括する中央機構であり、アステールを頂点とする組織だった。レヴァンティスを含む全てのサテライトは、定期的にエメラルドヘイヴンに報告を行う義務を負っていた。


「全て整っています」


エレナは即座に答えた。


「納税義務も滞りなく履行しており、問題は一切ありません」


アークナルは満足げに頷いた。


「よくやった。これからも我々のサテライトを最高峰に保つため、全力を尽くせ」


エレナは敬礼し、静かに部屋を後にした。彼女の退出後、アークナルは再び窓の外を見つめた。広大なサテライトの風景は、彼の絶対的な支配力を象徴していた。深い吸息とともに、彼は心に誓った。


「我々は更なる高みを目指す。全てのサテライトの頂点に立つために」


その言葉は、冷たく無機質な金属の壁に反響し、サテライト全体に静かに、しかし確実に浸透していった。アークナルの野望は、この瞬間も着実に形を成していくのだった。


レヴァンティスの影は、他のサテライトにも及びつつあった。その冷徹な効率主義と非情な人材管理システムは、他のサテライトにも影響を与え始めていた。アークナルの野望が現実となる日、サテライトシステム全体がどのような変貌を遂げるのか。その答えは、まだ誰にも分からなかった。

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