第27話:冷徹なる計算者☑

レヴァンティスのコマンドセンター最上階に位置する特別執務室。その空間は、高度な科学技術と洗練されたデザインが融合した、まさに未来都市の象徴とも言える佇まいを見せていた。壁面を覆う巨大スクリーンには、サテライトの生命線とも言えるデータが絶え間なく流れ、その一つ一つが意味を持つ。


この静謐な空間の中心に佇むのは、レヴァンティスの副官にして最高戦略官、エレナ・ヴァイスだった。彼女の卓上に浮かぶホログラムは、最新の情報を映し出し、高性能タブレットと連動して彼女の思考を具現化する道具となっていた。


エレナの指先が空中を舞う。それに呼応するかのように、ホログラムの中のデータが踊る。彼女の鋭い眼差しは、まるでレーザーのように正確にデータを読み取り、その集中力は部屋の空気さえも凍らせるほどだった。一つ一つの数字、グラフ、統計。それらは彼女の頭脳という精巧な機械の中で、瞬時に解析され、意味を持つ。


エレナ・ヴァイスは、レヴァンティスが誇る天才的な戦略家であり、数学者でもあった。彼女は幼少期からその才能を開花させ、レヴァンティスの厳格な選別システムを難なくクリアし、最年少で市民権を獲得。その後も驚異的な速さでキャリアを積み重ね、今や副官の座にまで上り詰めていた。


サテライト内で市民権を得た者たちの中でも、エレナの能力は群を抜いていた。その知識と分析力は、他の追随を許さない。彼女の報告書は、サテライトリーダーのアークナルの意思決定に欠かせない羅針盤となっていた。それゆえに、エレナの存在価値は計り知れず、羨望の眼差しが絶えることはなかった。


人口動態、資源配分、経済状況。これらの要素が、エレナの頭脳という巨大なデータベースの中で、複雑に絡み合い、未来への道筋を示す。彼女の仕事は、単なるデータの羅列ではない。それは、未来を予測し、最適な選択肢を導き出す戦略的思考そのものだった。


静寂を破るドアの開く音。エレナの助手であるイザベル・クラークが現れ、控えめに声をかける。


「エレナ様、先ほどの総合戦略会議の議事録と追加資料がまとまりました」


イザベルは、レヴァンティスの若手エリートの中でも特に優秀な存在で、エレナの片腕として重要な役割を担っていた。彼女の能力は、エレナに次ぐものとして評価されており、将来のレヴァンティスを担う人材として期待されていた。


エレナは作業を止めることなく応答する。


「了解した。そこに置いておいてくれ」


イザベルは敬意を込めて従い、静かに退室する。その背中には、エレナへの尊敬の念が滲み出ていた。


再び一人となったエレナは、さらに深く思考の海へと沈んでいく。彼女の心には、サテライトの未来を最適化するという使命感が燃えていた。エレナの報告書が完成する頃には、レヴァンティスの進むべき道が明確に示されることだろう。


エレナは一瞬、手を止める。レヴァンティス、と彼女は静かにつぶやいた。その瞬間、彼女の頭脳という精密機械が、さらなる高みへと稼働を始める。


レヴァンティスは、「高みを目指す者たち」という意味を持つ古代語に由来する名前を持つサテライトだった。その名の通り、このサテライトは常に進歩と効率を追求し、他のサテライトを凌駕する技術力と生産性を誇っていた。


エレナの描くレヴァンティスの未来。それは、彼女の冷徹な計算によって導き出される最適解に他ならない。豊富な資源と高度な技術。それらを最大限に活用し、効率性を追求する。エレナの思考には、倫理的な迷いなど存在しない。ただ、最高の成果と効率、そしてサテライトの繁栄のみが目標だった。人々は、その目標を達成するための道具に過ぎない。


エレナの描く未来のレヴァンティスは、完全に統制された理想郷だった。高い知能と強靭な精神を持つ者たちが統治し、その他は最適に配置された労働力となる。それが、彼女の計算が導き出した最適解だった。


最高の成果を出すためにはそれ以外の一切を犠牲にする覚悟が必要だ、とエレナは心の中で断言する。彼女の目には迷いはなく、ただ目的達成のための手段が次々と浮かび上がる。


再び、彼女の指がホログラムを操作し始める。データを繋ぎ合わせ、最適な戦略を練り上げる。エレナの頭脳は、冷酷なまでに正確に作動し続ける。倫理的な葛藤など存在せず、ただ冷徹な計算と効率の追求だけが彼女を突き動かしていた。


エレナは一瞬の間を置いて、自身の思考を整理し、再び資料作成に取り掛かった。その背後には、彼女の冷酷な計算と限りない野望が広がっていた。彼女の手によって描かれるレヴァンティスの未来は、倫理の枠を超えた冷徹な計画に基づくものであった。


そして、その計画は着実に、現実のものとなっていくのである。レヴァンティスの高層ビル群が、夕陽に照らされて輝きを放つ。その光景は、エレナの描く理想郷の実現を予感させるかのようだった。しかし、その輝かしい未来の陰に潜む影。それは、人間性を置き去りにした冷徹な理想郷の代償かもしれなかった。

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