第11話:潜入捜査☑️

黄金の平原サテライトの中枢、統治機構本部。その内部を縫うように伸びる長い廊下は、淡い灰色の壁に囲まれ、まるで終わりのない迷宮のようだった。その静謐な空間を、一人の女性が静かに歩を進めていた。リリア・ハーヴェイ、オルドサーヴィスからの潜入捜査員である。


リリアの瞳は、一見すると何気なく周囲を眺めているようでありながら、その奥底には鋭い光が宿っていた。サテライト統治機構での潜入捜査を開始してから既に数日が経過し、彼女の感覚は研ぎ澄まされていた。日々の警備業務に従事しながら、リリアは内部の雰囲気や人々の動きを感じ取ることに全神経を集中させていた。


リリアの頭脳は絶え間なく情報を処理していた。廊下を行き交う職員たちの会話の断片、書類の受け渡しの様子、そして至る所に存在する見張り役の配置。これらの情報が、彼女の頭の中で次々と整理され、分析されていった。


初めてこの場所に足を踏み入れたとき、リリアの心は驚きに満ちていた。彼女が想像していたのは、権力の象徴としての豪華絢爛な空間だった。黄金の平原サテライトは、その名の通り豊かな農業生産と交易で知られ、娯楽施設も充実している。そのため、統治機構もまた贅を尽くした内装であると予想していたのだ。


しかし、目の前に広がっていたのは、機能性を重視した質素な内装だった。廊下の壁には装飾らしきものは一切なく、照明も必要最低限の明るさしか保たれていなかった。執務室の扉はすべて同じデザインで、権力者の部屋だけが特別扱いされるということもなかった。


統治機構のエリートたちの姿勢からは、外見の華やかさではなく、内面の強さと誠実さが重視されていることが伝わってきた。彼らの服装も質素で機能的なものばかりで、贅沢な装飾品を身につけている者はいなかった。


「これほどまでに...」リリアは心の中で呟いた。「オルドサーヴィスの本部のほうが、よほど豪華じゃない」


オルドサーヴィス。黄金の平原サテライトで最大の秩序行使業者であり、リリアの所属する組織だ。その本部は、黄金の平原の中心部付近に位置する巨大な建造物で、豪華な内装と最新の設備を誇っていた。リリアは、その華やかさとここでの質素さとのギャップに戸惑いを覚えていた。


しかし、時間が経つにつれ、リリアの認識は徐々に変化していった。表面的な華やかさの裏に隠された真実を見抜く必要性を、彼女は痛感し始めたのだ。


リリアは、自身の任務の本質を再認識した。彼女の目的は単なる潜入ではない。内部の機構や人々の動きを詳細に把握し、サテライトリーダーであるオルフィウスに関する情報を得ること。そのためには、表面的な観察だけでなく、深い洞察力が必要だった。


「見た目に惑わされてはいけない」リリアは心に誓った。


彼女の目は、今や別の光を宿していた。それは単なる観察者の目ではなく、真実を追求する者の鋭い眼差しだった。リリアは、統治機構の質素な外観の裏に隠された真の姿を探り始めた。


例えば、一見何の変哲もない廊下の曲がり角に、わずかに不自然な見張り役を発見した。その配置は、特定の会議室への出入りを監視するためのものだと推測された。また、定期的に行われる清掃作業の際、特定の部屋だけは外部の者が立ち入ることを禁じられていることにも気づいた。


さらに、職員たちの何気ない会話の中にも、重要な情報が隠されていることがあった。ある日、リリアは二人の上級職員が小声で話している内容を耳にした。彼らは、オルフィウスが深夜に極秘の会議を行っているという噂について語り合っていたのだ。


これらの情報の断片を繋ぎ合わせることで、リリアは徐々に統治機構の真の姿を把握し始めていった。表面上の質素さとは裏腹に、ここには複雑な権力構造と秘密の駆け引きが存在していたのだ。


灰色の壁に囲まれた廊下を歩きながら、サテライト統治機構の質素な環境の中で、リリアの探求心と使命感は、静かにしかし確実に、その炎を燃やし続けていた。彼女は、この迷宮のような空間の奥深くに潜む真実を、必ずや明らかにしてみせると心に誓ったのだった。

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