第3話

暑い。

夏だがら仕方のないことではある。だが、最近は例年にない〜とか、季節外れの〜とかをよく聞くようになった。これは地球温暖化のせいで、と言うのもよく聞く。授業とかじゃない限り意識されないけど、その地球温暖化も人の営みがほとんどの原因だから、責任を押し付けているだけなんだけどね。


彼女が死んで数ヶ月が経ち、季節は夏と呼ばれるようになった。僕が通う、彼女が通うことになっていた高校はあと数日で夏休みに入る。


そう言えば彼女は夏についてちょっと変わったことを言っていたっけ。









「夏は悲しい季節だよ。」


そんな事を突然彼女が言った。

高校入学もあと数日となり、通学路を確認するため彼女と散歩していた。言い出しっぺはもちろん彼女だ。


珍しい、と純粋に思った。彼女のことだから、夏は青春の季節〜とか言うと思っていた。


「それはもちろんそうだよ。夏と言えば青春、青春と言えば夏ってぐらいに。」


その言葉は彼女らしい。いかにも常日頃から青春を夢見る彼女の考えだ。

だが、今は少し感傷に浸るような声に聞こえる。


「そうだね。私は夏の事を青春の代名詞って思うと同時に、悲しき季節とも思っている。」


なぜ?


「当たり前のことだけど夏は暑い。だから、忌避されがちなんだ。人間全体を見れば、たぶん暑がりの人のほう多いんじゃないかな。厚着とかで対策できる冬と違って、夏は人がヤラレやすい。かく言う私も夏の暑い毎日は苦手だ。現代は冷房があるけどね。」


彼女はヤレヤレと首を振る。その様子を見て心からうんざりしていることが分かった。

彼女は続ける。


「そして、夏は人間の動きが活発になる季節でもある。」


それは矛盾してない?人はヤラレやすいのに活発になるってことだよ。ヤラレやすいならは活動は避けるでしょ?


「そうだね。確かに矛盾しているように聞こえる。けど、矛盾してない。文章中の単語を入れ替えて考えてみて。人が活発になるから熱中症とかでヤラレる人が増える。こう考えるとなにも不自然じゃないでしょ?」


変な話だね。


「間違いないよ。夏のことを語るときに不思議はつきものだ。一般的にも、青春的にもね。なにせ、なぜか人が活発になるんだから。私達学生なんかは特にそう。総体とかインターハイとか甲子園とかは、みんな夏に行われる。冬や春の大会より、夏の大会のほうが注目されやすい。ニュースとかで感じたことはない?人が活発なるから夏にあるのか、夏にあるから活発になるのかは分からないけどね。私的には前者が有力だと思うよ。活発になるのは学生だけじゃないから。夏季オリンピック然り、サラリーマン然り、ね。」


彼女はおかしな人間だった。いつも笑ってなんの気兼ねもなく過ごしているかのように見えても、時々こうやって真面目に変わる。

まだ彼女の話は終わらない。


「活発になるのは全ての人に言えることだよ。それこそ家庭の中や会社の中でも同じ。行動が激しくなりがち。そうじゃないときもあるけどね。暑すぎるときに『暑すぎて溶ける~』って言ったことはない?似たような表現で『蒸発する~』ってのもあるよ。あぁ、知らなくて当然だよ。私オリジナルだから。『蒸発する』って案外的を射ていると思わない?水が熱で水蒸気になることを『蒸発する』って言うんだから。人間も熱で蒸発するんだよ。」


その言葉にはただ暑さで溶けて水蒸気になりそうということ以外の意味が含まれているような気がした。

僕は何も返せなかった。










僕は笑っていない彼女を見たことがない。

あのときの彼女の表情を僕はよく憶えている。

いつものように笑っていながらも、何か別の感情が入り込んだ表情を、僕はよく憶えている。







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