第5話 幽霊じゃないよ

 図書室は南校舎三階の一番奥にある。僕たちがいた教室からはそれなりに距離があった。


 僕たちが図書室の前にたどり着いたのは、ちょうど午後四時を知らせるゆったりとしたチャイムが市役所から流れる頃だった。


 ふと廊下の左の窓を見てみると太陽が西に傾き始めている。


「今日はとりあえず、軽く図書室を見てみるだけにしよう。詳しい調査はそのうちやるとしてさ」


 沙知はまだ幽霊を怖がっているみたいでそれこそお化けみたいに青い顔をしていた。そして、僕の言葉にコクコクと何回か首を縦に動かす。


「そうね、幽霊出たら怖いし……今日はささっと見て、すぐ帰りましょう」


 僕は幽霊やお化けなんていうのは誰かのイタズラとか誰かが見た幻なんだと思っている。だから彼女が怖がっている気持ちがあまり分からないんだ。


 だけど怖がる沙知をそのまま放っておけるはずなんかないから、僕はとにかく何が起きても彼女を守ってあげようともう一度強く自分に言い聞かせた。


「それじゃあ入ろっか、図書室……。沙知は僕の後ろにいてね」


「え、ええ、分かったわ」


 沙知も覚悟を決めたようで、おっきくてまんまるな目に少し力が入ったみたい。

 よし、僕も。と思って図書室の扉をガラガラガラと開けた。


 図書室の中に入ってみると、たくさんの本のいろんな匂いが僕の鼻にそっとやってきた。


 やっぱり、落ち着くなあ……。本っていいなあ……。


 ……って、そうだ。そんなことを考えてる場合じゃなかった。何かおかしなところはないか、探さないと……。


「あら。こんな時間に生徒が来るなんて珍しいですね」


 その時、僕たちの後ろからそんな声がして……。


 僕の後ろについてきていた沙知が、思いっきり声をあげたんだ。


「いやあああああああっ!! ゆうれいっ! 理玖! 幽霊が、後ろにいるわ!?」


「沙知!? お、落ち着いて!」


 沙知が驚いたと同時に、僕の背中にぎゅっとしがみついてきて……えっ、どうしよう。僕の心臓は一気に、どくんっどくんって跳ね出した。


 え? ええ? 沙知が僕に抱きついてる……!? ぼ、僕はどうすればいいんだろう。誰か教えて〜〜〜!!!


「幽霊じゃないです。もしかして、意見箱を設置したのはあなたたちですか?」


 僕が戸惑っていると、沙知のそのまた背後から先ほどと同じ声が聞こえた。


「え?」


 と僕が振り返ると、すっかり怯え切って目を瞑る沙知の向こうに一人の女の子が立っていたんだ。


 えっと……制服は僕達と同じだし、手や足も透けてない。う、うん。やっぱり幽霊なんて噂は嘘だよね。


「ほら沙知、安心して。彼女は幽霊じゃないよ。ちゃんと普通の人間だよ」


「え……?」


 沙知は涙目になりながら後ろを振り返った。それと同時に、僕の背中の制服を掴んだ手をそっと離す。


「ほんとに? あなた、人間?」


「人間ですけど。いきなり失礼ですね」


 女の子は少し怒ったような顔で黒縁の眼鏡をくいっと押し上げた。


「な、なんだあ。よかった……。てっきり噂の幽霊が現れたのかと思って叫んじゃったわ。ごめんなさい」


 沙知が女の子の方に向き直って頭をぺこりと下げると、彼女は顔の前で両手を振ってこう言った。


「いえ、まあ今は人がいなかったので幸いでしたが。それよりあなた達は、あの意見箱のことを何か知っているんですか?」


 女の子にそう聞かれたから、僕は彼女の方に体を向けて口を開く。


「何か知っている、というよりは作った張本人だけどね。僕たちはこの学校で起こる謎や事件を解決するために日々謎を探してるんだ」


 ……まあ、探し始めたのは昨日だけど。


「ふぅん、そうですか……。おっと、自己紹介が遅れましたね。私は秋野美鈴。今は図書委員として放課後の図書室当番をやっています」


「僕は成宮理玖。そしてこっちが綾森沙知」


 僕は順番に自分と沙知を手で示しながら女の子——秋野さんに説明した。


 そして……。


「ん? 図書委員の、秋野さんってことは……」


 僕はハッと閃いた。秋野さんはほんの少しだけ笑顔を見せて、こう言った。


「そうです。私は図書委員A。あなた達に依頼をした本人です」

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