第3話 謎を探しにいくんだ
「どうしたの急に。ワトソン? 何の話?」
「理玖が貸してくれた本よ! シャーロック・ホームズ! あれ、とっても面白かったわ!」
沙知は目をキラキラ輝かせて、興奮気味に話す。
「ああ、あれ……。気に入ったならよかったけど。それでワトソンって? どういうこと」
「だから、私決めたの、探偵になるって。理玖は私の助手ね? 拒否権はないわ!」
「え、ええ……」
本当に突然だった。それに僕が何を言っても彼女はまるで聞く耳を持たなかった。
例えばこの学校に探偵が必要な事件はあまり起こらないってこと。そして探偵の推理力はあまり舐めてはいけないこと……。
全て順を追ってきちんと説明したけど、やはり彼女は聞いてくれなかった。
「わかってる! それでもなりたいって思ったの。いいえ、なってみせるわ!」
自信満々にこう言い切ってしまうんだ。だから結局僕は、気がつけば頷いちゃっていた。
「私のワトソンになってくれるってことね? そうなのね!?」
「い、いやまぁ。なるはいいけど、実際いちいち探偵が解決しなくちゃいけない事件なんて起こるはずないじゃないか」
「お、起こらないとは限らないじゃない……」
沙知も口ではそう言ってるけど、心の中ではちゃんとわかっているみたいだ。だって、僕に反論するのにだって口をモゴモゴさせているからね。
「まぁいいや。事件が起こればいいなーくらいに思っておこう。ただ、いざ事件が起きた時のために、それなりに推理力を身につけておかなくちゃならないと思うんだ」
「確かにその通りね……さすがは私の助手だわ! これからもよろしくねっ♪」
その時沙知が僕の手を取ってぎゅっ、と握ってきた。僕は戸惑って、びっくりしながら返事をするのがやっとだった。
「う、うん」
まあそうして僕たち探偵コンビは結成したんだけど……。したんだけど……。
思った通り、依頼もなければ事件も起こりはしなかった。
「うう……。もっと探偵みたいに、鮮やかに事件を解決してみたいわ! せっかく探偵になるって決めたのに、これじゃあ前と何も変わらないもの……」
沙知は放課後、空き教室で僕が貸したシャーロック・ホームズシリーズを読みながら駄弁っていた。
たしかに僕も助手になってしまったけど、ちょっと前までの生活と何かが変わった感じはない。
強いていうなら、沙知が熱心に読書しているところを見ることが多くなったってことかな。
僕もまさかこんなに彼女が夢中になるだなんて思ってもいなくて、心の中では「お〜」と彼女を褒めてあげたりしている。
沙知に直接言ったらぜったい調子に乗るから、この気持ちは心の中にしまっておくけどね。
「まあ、放課後二人で一緒に推理小説を読んでいるだけだもんね、僕たち……。探偵らしいこと、まだ一回もしてないや」
「そう、そうなのよ! 私、悔しいわ。事件を解決したことがない探偵なんて、探偵だなんて名乗れないし……。ねぇ理玖、何かいい方法ない?」
「方法ってなんなのさ?」
「より探偵になる方法よ! 一応今も探偵だけど、私は事件を解決してみたいの! どうにかならない……?」
ずいぶんと無茶なお願いだ。だけど僕も一応助手だし、彼女の頼みを断れない。
う〜ん、事件を解決……。謎を解く、か……。
あ、そうだ!
「それじゃあ」
「なになに、思いついた?」
「いっそ僕たちの方から、謎を探しに行ってみるのはどう?」
「私たちから謎を? どういうこと、詳しく聞かせてちょうだい!」
そう、僕は思いついたんだ。
「そのままの意味だよ。僕らで謎を探しにいくんだ。クラスの子達に色々聞いて回るとかね。最近不思議なことが起きなかったかどうかを」
「な、なるほど! 確かに私たちのまわりで異変が起きなくても、他の子達には起きているかもしれないものね。さすがだわ! さっそく聞き込みにいきましょう!」
沙知はぽん、っと両手を合わせて立ち上がると、すぐに荷物をまとめ始めた。行動力には尊敬するけど、僕は彼女の手をスッと止める。
「ん? どうかしたの、聞き込みに行かないの?」
「賢くないな、沙知」
「なっ、なによ! 自分が賢いからって、あまり私を舐めないでよね」
「今は部活の時間だから、大抵の生徒は取り込み中で話なんか聞けないよ。僕らみたいな帰宅部の生徒なら、話は別だけどね」
僕が言うと、彼女は「たしかに」とでも言いたげな顔で軽く俯く。
「大丈夫。今日のうちにできることをやっておこう」
「できること? 聞き込み以外に何かやれることがあるの?」
沙知が顔を上げてそう尋ねた。そう、こういう時は、むやみにターゲットを追いかけたりはしないのさ。
「いい? こういうのは、向こうから来るのを待つんだ。今からさっそく準備しよう」
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