第2話 ワトソンになってくれない?
話は一ヶ月前まで時間のネジを巻き戻す……。沙知が探偵を名乗り出したのは、中学に上がってすぐのことだった。きっかけは、僕が彼女に貸してあげた探偵ものの小説。
「ねえ理玖〜。朝読書の本、何か貸してくれないかしらー?」
ある日の休み時間に彼女は僕の席へとやってきて、そう言ったのだ。
「ええ……僕が読む本は、沙知には合わないと思うけどなあ」
僕は中学生の割には難しいミステリーや純文学なんかを好んで読むタイプだった。対して沙知は少女漫画が大好きで読書なんかするガラじゃない。
「ちょっと、どういう意味よ! 私には理玖が読んでる本が理解できないって言いたいわけ!?」
彼女が目を鬼みたいに吊り上げてキンキン叫ぶ。僕は慌てて弁明しようと……。
「そんなわけ……ちょっとは、あるかもだけど……」
したけどできなかった。
「やっぱりそうなんじゃない! この意地悪っ!」
彼女は「も〜っ!」と言いながらほっぺをむすっと膨らませた。その姿に僕は少しドキリとしてしまう。いけないいけない。
と、そんなことを言ってる場合じゃなかった。今持ってる本で彼女が読めそうなものはあるかな……。僕は通学カバンの中を漁ってみる。
「あ」
本の表紙が指先に触れる。これなら、読書が苦手な彼女でも読めるかもしれない。
「ん? 何か見つけたの?」
「これなら、読書嫌いの沙知でも読めるかもなって……」
言いながら僕は、カバンから本を引っ張り出した。そしてそのまま彼女に手渡す。
彼女はその本の表紙をまじまじと眺めた。
「『シャーロック・ホームズ』……。名前だけは聞いたことあるわ。たしか探偵もののやつだったわよね?」
「そう。ミステリーといえばシャーロック・ホームズだからね。これならキミもスラスラ読めると思うよ。小中学生が読みやすいように、原作よりも分かりやすく書き換えてるやつだから」
「へぇ、そうなのね。ありがとう……って、まるで私がお子ちゃまみたいな言い方してくれるじゃない! 私だって本くらい読めるわよ!」
「落ち着いて十分間読書できたことないくせに何言ってるんだよ。僕はコナン・ドイルに加えてアガサ・クリスティーなんかもよく読むけど、さすがにキミには早いだろうなって判断したのさ」
そう言う僕の机の上には、ちょうどさっきまで読んでいたアガサ・クリスティーの名作『そして誰もいなくなった』が置かれている。
ときどき難しい表現も出てくるけれど、そういう時は決まって国語辞典をひいて意味を調べながら読んでいる。
だから僕は、こうして本を読むことで日に日に賢くなっているんだ。
「うっ……悔しいけどその通りね。まあ、ありがたく借りるわ。ふっふっふ。これで私もミステリーを嗜む大人な女性になれるわ……!」
ミステリーもただ読むだけで理解できないんじゃどうしようもないのでは……? なんて余計なことを言ったらそろそろ本当に怒られそうなので言わなかった。
と、そんなことがあってから数日後。
「理玖、私のワトソンになってくれない?」
突然僕は、沙知にそんなことを言われたのだった。
「……え?」
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