電子に恋してる

紗霧

電子に恋してる

高3の夏。

「俺さ。彼女できたんだよね。」

その言葉に私の脳天は撃ち抜かれた。


中3の夏。私は恋をした。 その年の夏は異例の暑さで、エアコンの無い部屋で勉強するなんてもってのほか。頭がおかしくなる条件は揃っていた。いや、既に頭はおかしかった。「これはダメだ。」そう感じた私は、息抜きをしようとオンラインゲームに手を伸ばした。この選択が私の人生を狂わすことになる人物と出会わせることになるとも知らずに・・・


ゲームを開き、ログインボーナスを貰い、ギルドのチャットに「ただいま」の文字を打つところまではいつも通りだった。ところがこの日はいつもと、ひと味ちがった。「discordのサーバー作ったんだけど入らない?」という文章が私宛に送られてきたのだ。いつもの私なら断っていた。しかし、この時の私は暑さと勉強で頭がやられていた。そのため判断力が著しく低下していた。いや、もしかすると運命的なものだったのかもしれない。気がつけばサーバーに入ってしまっていた。しかし、人間という生き物は少し時間が経つと冷静になるもので、普段の私ならしない行動に頭を抱えてしまっていた。コップに張り付いた結露のように後悔が私の脳内を蝕んでいく。トラブルにつながったらどうしよう。母親に見つかったら?抜けてしまおうか。いや、いくらなんでも体裁が悪すぎる。…でも、もしかしたら私の平凡で最悪な人生に彩りを与えてくれるかもしれない。自分に暗示をかけながらコップに張り付いた結露を拭った。


「@all 新人もいることだしボイチャやりたい 全員集合」サーバーに送られてきた1件のメッセージ。新人とは私のことを指していているのだろう。あまり目立ちたくなかったのだが、呼ばれてしまってはしょうがない。マイクは付けずに聞き専として入ることにした。

「いやまじそれな〜 あっ待って、誰か入ってきた。誰だー?モカ……?もしかして新人ちゃんが来たって噂の女の子!?えー 初めましてじゃない?俺あのゲーム最近やってないし〜?」

私は心臓を撃ち抜かれた。あろうことか今初めて出会った人に私は恋をしてしまった。出会ったと言っていいのかも分からない。ネット上の声しか分からない人に恋をするなんて考えられないと思う人の方が多いと思う。でも、恋をしてしまったのだ。声だって肉声ではなく、電子に変換させた偽物の声なのに恋をしてしまった。緊張で文字すらまともに打てなくなった。やっとの気持ちで送信できた文字は「こんばんは」たった5文字を打つのに3分かかってしまった。無視されたと感じてもいい間が空いてしまった。しかし、そんな考えは杞憂だったみたいだ。

「緊張しちゃってる?俺も初めての時緊張したわ〜 自己紹介まだだったね!俺はラズ。高校2年生やってまーす。モカちゃんよろしくね。」

顔が熱くなった。心臓がうるさい。夏の暑さのせいにできたらどれほど良かっただろうか。エアコンも無い風通しも悪い部屋で私の人生に風が吹いた。


それからというもののラズが中心の生活を送った。ラズが好きだというゲームは片っ端からやった。ラズはカードゲームが好きらしい。私は頭を使うことが苦手で全然上手くいかずあまり楽しくなかったが、ラズが助言してくれ、一緒に対戦してくれることが嬉しくて続けた。受験勉強は疎かになり、志望校のレベルをひとつ下げた。それでも良かった。ゲームをすることでラズが私を見てくれるなら。私の毎日を輝かせ、暖かく包んでくれる存在。まるで太陽のような人だった。その太陽が私を見ていてくれる。ずっと見ていて欲しい。付き合いたい。感情が心の中で蠢く。


しかし、その日々も3年で終わった。高3の夏、ラズに彼女が出来たのだ。その日は朝から土砂降りで、空気が肌にずっとまとわりつくような感覚がした。私は外に出る気も出ず、未だにエアコンのない部屋で、ラズにおすすめされたゲームをプレイしていた。中々試合に勝てず、イライラが募ってきた頃、画面上に通知が飛んできた。ラズからの通知だったため、すぐにゲームを辞めてメッセージ画面を開いた。画面に「今から通話しない?」の文字が映し出された。雨が止んだ気がした。すぐに返信をして待機した。


5分くらい待ったところでラズから電話がかかってきた。30分ほど待っていた気がしたが、5分しかたっていなかった。顔は熱く、心臓がうるさく跳ね、言葉が上手く紡げず、なかなか喉から音が出なかった。しかし、ラズの一言のせいで嫌でも声を出すことになった。

「俺さ。彼女できたんだよね。」

「……え?ごめん聞き取れなかった。」

私は最初何を言ってるのか分からなかった。聞き間違えたと思った。だから聞き返してしまった。

「だから、彼女が出来たんだよ。」

聞き間違っていなかった。どこかに雷が落ちた音がした。血の気は引き、暑さのせいなのか、焦りによるものなのかが分からない汗が背を伝う。口が震えて上手く声が出ない。やっとの思いで喉から言葉を捻り出した。

「そっか。おめでとう。彼女欲しいって言ってたもんね。」

私が失恋をしたことを知らないラズは死体蹴りをするかのように追い打ちをかけてくる。

「ありがとう。だから通話できる回数少なくなる。」

鈍器で頭を殴られた気分だ。頭に何も入ってこない。

「大学で出会った女の子なんだけどさー。めっちゃ可愛くていい子なんだよ。モカにも会って欲しいなぁ」

ラズの言葉が私をオーバーキルしていく。その女より私の方がラズと長い時間いる。ぽっと出の女にラズの何がわかるんだ。会いたいわけないだろ。いっそのことブロックして欲しい。ドス黒い感情が空っぽの心を埋めつくしていく。

「ねぇモカ?聞いてる?」

「……聞いてるよ。あまりにも幸せそうに話すから、のめり込んで聞いちゃった。」

ここで素直に心境を伝えられたら良かったのだろう。私には無理だった。電子の世界にいる私は現実の世界にいる彼女に勝てないと悟ったからだ。ここからは何を話していたか覚えていない。通話が終わった頃私は1つの答えにたどり着いていた。ラズの1番好きになれないなら、1番嫌いで忘れられない人になればいいのだ……と。




「昔話に付き合ってくれてありがとう。ラズ。」

「……何が言いたいの」

天気は快晴。雲ひとつ無い空に手を伸ばす。18年の人生に幕を閉じる日にはピッタリな天気だ。ラズの困惑した声が響く。

「私はラズの1番にはなれない。なら1番嫌いで忘れられない人になればいい。私のためにここまで来てくれてありがとう。でも全部あなたのせいだよ。」

天気にそぐわないドス黒い感情がまた蠢く。思わせぶりな態度を取らないで欲しかった。私の人生めちゃくちゃにしておきながら、幸せになって欲しくなかった。だから、一生私の事覚えててね。雲ひとつ無い空を見る度に私のこと思い出してね。

私はドス黒い感情を大事に抱いて、空っぽの空に身を投げた。

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