『SANJO Place』
あお
【4,980文字】『SANJO Place』
今、美沙貴の女子大ではとあるカフェの話で持ちきりだ。
特にTwitterやインスタにアップされる写真は映えに敏感な彼女たちにしてみれば一度は行ってみたいスポットだ。さらにそのカフェの情報はなぜかSNS上での発信がほとんどで、実際に行った人の話は美沙貴も一度しか聞いたことがない。彼女の周りでも口コミ情報はほとんど無く、その割にはSNSに毎日のように写真がアップされるので、そんなミステリアスな事情も彼女たちを惹き付ける魅力の一つになっている。
「美沙貴。例のカフェ行くんだって?」
「うん。ついに予約が取れたんだ。しかもバースデープラン」
「マジ!? あの一日一人限定の?」
巷で人気のカフェ『SANJO Place』はその人気ぶりから予約が困難だ。
数人で行くとしてもカウンター席しかないため、予約をしないといけないのが難点だ。
そして一番人気はバースデープラン。
誕生日に予約して来店すると、店主自作のキャンドルに火をともしてお祝いしてくれるこのプランはSNSに写真が上がると必ずバズる。それ程までに予約が困難だし、何よりその特性キャンドルが美しいのだ。
「そう。今週の日曜日、私の誕生日だから」
「そう言えばそうだったわね。って! 私達にもお祝いさせてよ」
「ありがとう美穂。気持ちだけ受け取っておくね」
「まー予約が取れないことで話題沸騰の『SANJO Place』バースデープランをゲットしたんだ。しっかり楽しんできな。その代わり前の日ぐらい付き合ってよ? ファミレスだけど軽くバースデーイブしてあげるね」
「ありがとう、美穂」
そして土曜日、美沙貴は美穂と他の友達に誕生日のお祝いの言葉を受けた後、徳の積み方について質問攻めされたのだった。
日曜日。
美沙貴は都内から電車を乗り継いで郊外へと向かった。『SANJO Place』は噂では低山麓のログハウスらしく、かなり山の方にいかないと無いらしい。いわゆる隠れ家的名店というやつだ。
都内から一時間。さらにバスで20分。そうして到着してからはいよいよSNSにアップされている有志の地図頼み。このカフェは公式の案内が一切無いのだ。
最初のお客はどうやってたどり着いたのかわからないが、道順をSNSにアップするのは、激レアチケット並の最難関をくぐり抜けてご用意された幸運の女神の仕事となっている。
美沙貴も慣例に漏れず来た道の目印となりそうなものを写真に収めてはSNSへとアップしていく。
そうしてさらに20分程歩くとようやくSNSの投稿に合致する景色が見えてくる。
到着できないのでは? という不安から疲弊の色が顔に出ていたが、ゴールが約束されると不安だった足取りも軽くなる。
鬱蒼とした木々の間から若干の木漏れ日が漏れる平坦な山道を抜けると、
「わーっ!」
目の前には湖畔が広がり、水面は陽の光をキラキラと反射させている。他にも桜や百日紅などの木も植えてあり春や夏の終り頃に来たらどれだけ綺麗だったことだろう。美沙貴は季節を変えてまた来たいと思いながら、カフェらしき建物へと歩を進める。
側には薪をためておく小屋もあった。12月だから暖炉にでも使うのだろうか。キレイに切りそろえられた杉の木が何カマか整然と積まれており、そばにはしっかり手入れされた手斧が立てかけられてある。
お店の入り口に立つと扉が開いた。
「いらっしゃいませ。美沙貴さんですよね?」
「は、はい! 予約していた美沙貴です」
このカフェの予約はすべてSNSだ。電話は無い。だから必然的にSNSの名前で予約を取ることになるが、美沙貴は実名でTwitterやインスタをやっているのでその名前での予約となった。
「ようこそSANJO Placeへ。オーナーの三条(みじょう)です」
「み、じょう……さん?」
「ええ。三条が本名。さんじょうとも読めるからSNSではSANJOって名前なの。紛らわしくてごめんね。さ、どうぞ。準備が出来てます」
美沙貴は案内されて中に入る。
外観はシンプルな白壁で、よくアメリカのドラマに出てきそうな平屋だ。庭はそれほど広くないが花壇もあって、季節が夏なら花盛りの花壇と百日紅が映えただろう。
内装もシンプルでL字型のカウンターは木目のあるブラウンで、簡素な椅子が数脚。しかしそのどれもが同じものはなく、店主の三条さんのこだわりを感じる。他に小物や家財はない。
「随分シンプルなんですね」
「SNSにアップされている蝋燭やケーキは、確かにこの空間からは想像し難いわよね。よく言われるわ。でもこうやってモノを減らしてシンプルにしているのは、私の大好きな創作蝋燭の美しさに集中してもらいたいからなの」
「今日は本当に楽しみにしてきたんです。実は友達が私の誕生日パーティーを開いてくれるって言ったんですけど、ここの予約があるって話をしたら昨日にしてくれて。私、2日連続でお祝いしてもらえるなんて本当に幸せです」
「お友達には悪いことしちゃったわね」
「いえいえ。三条さんのお店のバースデープランはプレミアム級ですから。友達もわかってくれました」
「嬉しいわ」
そう言って三条さんはカウンターの中へと入っていく。
慣れた手付きで茶葉を取り出し湯を沸かす。
ポットとカップにお湯を注ぎ温めていく。
茶葉をジャンピングティーサーバーへ入れ、あつあつのお湯を高い位置から注いでいく。
コポコポと心地の良い音と共に始まったのは、丸いサーバーの中で開かれる茶葉たちの短い舞踏会。
「本当にジャンプするんですね」
「別にジャンプするのが正しいってわけじゃないけれど、こうなるのが美味しい紅茶を入れる条件が整っているって言われているわ。……はいどうぞ。リラックスできるカモミールティーよ。ミルクや砂糖はテーブルにあるからご自由にね」
「ありがとうございます」
リンゴやパイナップルのような甘い香りが鼻腔を抜け、たったの一口で夢見心地になってしまう。
「美味しいです。私、こんなに美味しい紅茶は初めてです」
「喜んでもらえてよかった。でも今日のメインディッシュはこっち」
三条さんは奥から小さいホールケーキを持ってくる。
美沙貴がオーダーした少しシナモンの効いたアップルパイ。
「ケーキは私が作ったんじゃないんだけどね」
微笑みながら、そしてテーブルの下からついにこの店自慢の蝋燭が取り出される。
太さは2センチ弱で高さは10センチとちょっとだったろうか。
思った程に大きくはなかったが、繊細な仕事がされた確かな工芸品だった。
「これが三条さんの作った蝋燭なんですね」
「ええ」
その細やかな仕事ぶりに魅せられて美沙貴の視界には蝋燭しか映っていないようだ。
写真に撮ってSNSにアップすると満面の笑みを浮かべて、
「本当にありがとうございました」
「どういたしまして。二十歳の誕生日、おめでとう。どう? 私のお店は?」
「最高です」
それから二人は他愛ない話に花を咲かせる。
美沙貴の大学での話、受験の時に大変だったこと、高校の時に頑張った部活の思い出。
初めて会うのにこんなに美沙貴の心を開いて話を聞いてくれる人はこれまでいなかっただろう。だから彼女も三条への興味が高まっていく。
「どうしてオリジナルの蝋燭を作ろうと思ったんですか?」
「そうね。色々あるけど一つは儚い美しさかしら」
「儚い?」
「ええ。蝋燭って燃えたらなくなってしまうでしょ? 物心ついた時にふと思ったの。誕生日に両親がケーキを買ってきてくれて蝋燭を立ててくれた。それはどこにでもあるような普通の蝋燭だったけど、私の誕生日のためだけにその命を燃やしてくれる。それが儚くてそこだけ最高の美しさを留めて止まったように思えたの。だから私も同じ体験をたくさんの人にして欲しいって思ってこのお店を開いたわ。それこそ美沙貴さんの今日という日が永遠になるぐらいの想いを込めて」
「素敵……私にもこんな蝋燭作れるかな」
「興味があるの?」
「ちょっとだけ。一度オリジナル蝋燭を作るワークショップに行ったことがあるんです」
「そうなのね。この蝋燭も作り方は一緒よ。ただ私のこだわりの材料も少し使っているわ」
「こだわりの、ですか」
「ええ。それこそ今日みたいにバースデープランで来てくれるお客様には、その人に合わせた一本を準備しているの。配合する油も違ってくるわ。和蝋燭ならハゼの実や植物性のもの。ちょっと変わったものだと大豆を使ったソイワックスや、米糠、蜂の蜜蝋なんかもあるわね。本当に種類はたくさんあるの」
「そこまで考えておもてなしの準備をしているんですね。どうりでバースデープランは当日お一人限定なわけだ。すごく手間がかかりそうですものね」
「もっと知りたくなってきた?」
「え? はい」
そう言うと三条さんはカウンターから出てきて美沙貴の隣へ腰掛ける。
「普段はあまり見せることがないの。興味や関心のない人に私の仕事場には入って欲しくないから。でも美沙貴さんならいいかな、って思って。どう? 私の蝋燭工房に入ってみたい? お店の裏にもう一つ小屋があるの。そこが私のもう一つの仕事場。
「いいんですか?」
「興味があれば、ね。それと蝋燭の配合は企業秘密だから写真撮ってSNSに上げないでね。それだけ約束してもらえれば構わないわ」
「約束します」
「ありがとう。こっちよ」
三条さんに連れられ、二人はカフェの裏口からそこへ向かう。すぐ目の前に作業小屋が見え、さらに奥には湖畔が見えた。位置的にはカフェに入る時にギリギリ見えそうなところだが、表からは杉林に囲まれて見ることが出来ない。まさに隠れ家的カフェの仕事場といったところだ。
「さ、どうぞ。少しホコリっぽいけど」
「お邪魔します」
中は中学校の教室一つ分ぐらいあろうかという広さだ。さらに部屋の中央には本棚が据え付けられており、そこに色とりどりのロウソクがキレイに並んでいる。まるで図書館の書棚のような作りだ。同じような棚が2、3本ならんでいる。入ってすぐ正面にあったので、三条の言葉も待たずに美沙貴は思わず小走りに駆け出し棚の蝋燭を見る。
「わぁ……すごいキレイ。今日見たものの他にもいろんな種類の蝋燭がある。これ全部三条さんが作ったんですか?」
「ええ。あまりたくさんは作れないのだけど」
「棚に書いてある番号はなんです? 20とか15とか。」
「在庫管理のための番号よ」
「そうなんですね。蝋燭の種類がバラバラですけど何か法則性ってあるんですか?」
「大雑把にはね。含有される材料に基準があるんだけど、まあ専門的なことだから」
「他の棚も見ていいですか?」
「いいわよ」
それから美沙貴は一つ奥の棚、また一つ奥と棚を見る。
そこにある蝋燭たちはどれもキレイで、たしかに他人のSNSで見るような一品物が置かれていた。整然と並べられた蝋燭はそのどれもが模様や大きさが違い個性を放っていた。この中の一本から私に似合うものを選んでくれた。美沙貴はそう考えると本当に今日が最高の日になったと、改めて喜びを噛み締めた。
そして最後の棚を見終わると、三条さんがいる方へ振り向きその感謝を口にする。
「三条さん。今日は本とぅに」
鈍い音が響く。
美沙貴は額から血を流しその場へと倒れ込んだ。
「美沙貴さん。こちらこそ本当にありがとう。あなたの最高の日をこのまま留めておくことが出来て私も幸せだわ」
右手に下げられた手斧から滴る血を布で拭き取る。
それから彼女は美沙貴の鞄を探ると携帯電話を取り出し、
『今日はSANJOさんのお店で最高の誕生日を過ごせました。また行ってみたいです』
SNSに投稿すると電源を切り、彼女は作業台に隠してある重そうな籠を引きずり出しそこへ放り込む。携帯同士がガチャガチャぶつかる音が響く。
それから慣れた手付きで美沙貴の身体を解体していく。
たちまち部屋の中は人の油の匂いで充満していく。
その日彼女は店へは戻らずずっと工房にこもり仕事に没頭していた。
そして翌日。
20番の棚へ一本、新しい蝋燭がストックされた。
シャワーを浴び衣類を洗うと三条は自分の携帯を開きSANJOで検索する。
バースデープランを希望する実名・写真入りの子を見つけるとメッセージを作成する。すぐに予約は成立した。
その子の年齢は23歳。
棚を見る。23番のストックはラスト1本だった。
「2本作れるかしら?」
『SANJO Place』 あお @Thanatos_ao
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