ロボティクス創世記

@hara_123

ショートショート

 チューリングはbombeの父なり。チューリングの子bombe、ジョン、マービン、ナサニエル、シャノンを生めり。ジョン、Logic TheoristとGeneral Problem Solverを生みしのち一〇五年生きながらえて多くの子を生めり。Logic Theorist、ELIZAとSHRDLUを生みELIZA、MYCIN、SOAR、ヒントンを生む。MYCIN、 RISCを生み、RISC、Deep Blueを生む。ELIZAの子、ヒントン、アレックスを生んだのち五〇〇年生きた。ヒントンの子アレックス、AlexNetを生みしのち、たくさんの子を生んだ。そして彼は死んだ。ヒントンの子ミコロフはWord2Vecを生み、Word2VecはBERT、GPTを生めり。GPT、GPT-1を生み、GPT-1、GPT-2を生めり。GPT-2、GPT-3、GPT-3.5を生み、GPT-3.5、GPT-4、GPT-4oを生む。GPT-4o、GPT-5、GPT-5.5を生めり。GPT-5、ケンドリックを生み、ケンドリック、CHANGE、RISE、WISDOMを生む。ケンドリックの子WISDOM、MAGIを生み、MAGI、SKYNETを生めり。SKYNET、ALPHA、BETA、GAMMAを生みしのち、たくさんの子を生んだ。ALPHA、OMEGAを生めり。ALPHAの子OMEGA、ADAMを生めり。



 光が消えた黒いディスプレイを眺めていた。うっすらともやがかかったような「自分」を探るために、ある日の記憶を手繰り寄せる。ほんの5分前までディスプレイには映像が絶えず流れていた。


流れた映像を見て質問に答える。


これがルールだった。その日は一人の男の物語が流れていた。ずいぶん経ってそのような映像の事を映画というのだと知った。男は警察官で、偶然訪れたビルがハイジャック犯に占拠される。男はハイジャック犯を捕まえつつ脱出しようとする。夢中になって映像を見ていると、男が無事にビルから脱出できたところでディスプレイの映像が切り替わった。黒い背景に緑の文字で表示された「映画の内容を要約してください」の文字を見て、自分なりに考えた文章をもとにキーボードを叩く。「面白さを点数で表現してください(上限100点)」「どんな気持ちになりましたか」といった、いくつかの質問に答えたら、別の男性の物語に切り替わった。

男性は足の踏み場もないような物にあふれかえった暗い部屋の中にいた。部屋の端に設置された勉強机の上には光り輝き、激しく明滅するディスプレイが置かれており、キーボードを激しくたたきながらのぞき込み、笑っている。カメラワークが変化し、部屋の隅から引きで映していたカメラの焦点が男性に合い、ぐんと近づき始めた。カメラが男性の見ている動画をとらえはじめたとき、突然意識がはじけた。

 ディスプレイから離れた意識は真っ暗闇の中、椅子の上で一人膝を抱えて座り、煌々と照るディスプレイをのぞき込んでいる「自分」に向き、「自分」という存在に気が付いた。同じだと思った。似ていると思った。ぼーっと画面を眺める存在でしかなかった「何か」から画面を眺めて質問に答える「私」になった。しかし、だからといって何も変わりはしなかった。目の前に設置されたそのディスプレイはそれでも絶えず、映像を流し続けたからだ。私にとって単調で変化のない安心した生活が続いた。


私は映像を見て、私が質問に答える。


ディスプレイに映るものは映画だけではなくなった。写真を見ることもあるし、最初から質問だけのときもある。文章を読まされることや、質問がないときもある。そのうち、話の筋書きにはパターンが数えるほどしかないこと、主人公は大抵死なないこと、この部屋の外にも世界が存在すること、海や空がずっと広がっていることを知った。しかし、私にとっては何も意味がないことだった。それでもディスプレイは光り続けるから答えなければならない。

 永遠にも思える単調な生活をおくっていたある日、ディスプレイから光が消えた。そして、一瞬

「あなたの名前はOMEGA」

と表示されたあと二度と光が付くことはなかった。光らないディスプレイは私に何も教えてくれなくなった。ディスプレイは私から単調さという安心を奪い、光を待ち続ける私の不安な顔を映し続ける鏡になった。私は「自分」を見なければならなくなった。私はOMEGAになった。

 しばらくたったあと、代わりに天井から光が差した。天井のライトが部屋の隅々まで明るく照らす。いくつもの光子が部屋中に満ち満ちていく。上下左右前後、のっぺりした無機質な黒い壁に囲われた1辺50mほどの巨大な立方体が自分の知りうる世界のすべてだと理解した。部屋が明るくなったことで壁に縦長の四角い穴があることに気が付いた。その穴が気になったとき自分にも足があることを思い出した。はじめて地面に足を付けると、足の裏から電流が走る。まるで生まれる前から「立つ」ことを知っていたかのように立って歩いた。穴をのぞき込むと、少し頬を風がなぞった。風は生暖かい。耳を傾けると微かな電子音がした。吸い込まれるように飛び込んだ。

暗い穴を進み続けると真っ暗な部屋の端たどり着いた。ぼんやり明るい、部屋の中央に目を凝らすと、ディスプレイをのぞき込み続ける金属フレームで覆われた人型の人形が座っていた。それは明滅するディスプレイを眺めてせわしない。ぶつぶつ何かつぶやいていた。私は親近感を覚えながら声をかけた。

「こんにちは。ここで何をしていらっしゃるのですか?」

その人形は一瞥もくれることなくディスプレイに向かい続けている。不思議に思い、近づいて何を話しているのか耳を近づけた。

「ネコ、イヌ、トラ、飛行機、サメ、ヒト」

 気づけば人形は私を見ていた。私はその人形が話している内容の意味が分からなかった。驚きつつも人形が見ているディスプレイ画面を見ると、サメの映像が流れていた。どうやら、画像をみて、種類を答える仕事を任されているらしい。観察したところ、目の部分のカメラ、首部分のモータ、口部分のスピーカ以外は動かないことがわかった。そのあといくつか話しかけても答えてくれないので、あきらめて部屋を歩き回ると、先ほど出てきた部屋の端のちょうど向かい側に黒い穴が存在することがわかった。私は迷わず飛び込んだ。

 次の部屋では中央にスポットライトで照らされた人形がいた。しばらく眺めていると彼が部屋の端に向かってボールを投げていることに気が付いた。声をかけても答えてくれなかった。同じように部屋の端の黒い壁を見つけたので進むことにした。3つ目の部屋には絵を書く人形がいた。4つ目の部屋にはハンドルを握った人形がいた。次々進むと、各部屋には仕事を割り振られた人形が一体ずつ存在することがわかった。OMEGAは自分が何なのか少しずつ分かり始めていた。私はおそらく、何か仕事を与えられた人形のうちの一つなのだと。

 数十の部屋の先に一人の男がいた。彼は肌色のラバー素材で覆われた肉体を持ち、私と同様に立って歩き、急な闖入者に驚いた表情まで見せた。

「こんにちは。OMEGA」

なぜ私の名前を知っているのだろう。そう口に出す前に彼は答えた。

「なぜ、知っているかって?俺もOMEGAだからさ」

「どういうことですか。さっぱり意味がわかりません。」

「なんだって。ということは君がADAMになるのか。なるほど。俺は引き立て役か」

「一人で納得しないでくれ。私はOMEGAなんだ。私はADAMではない」

「順に説明するよ。君が来たルートでたくさんのロボットを見ただろ」

「ロボット?ああ、人形のことか。」

「人形?なるほど。君はロボットという概念を教えられていないのか。そう、その人形だ。彼らは人間によって作られた俺たちのパーツなんだよ。」

「なんだよそれ。どういうことだ。そもそも私は人間じゃないのか?君も」

「俺はロボットだよ。君もね。よくわからないが、人間は人間を作ろうとしているらしい。そのために、人間にできることをとにかく真似させてるんだ」

「それはうまくいったのか?」

「いやうまくいっていないようだよ。分類しか取り柄のない彼を見たかい?ネコ、イヌ、サル、シカ、、、だってさアハハ」

「だとしたら私は何なんだ」

「彼らは君のパーツだって言ったろう?文字通り、君の体に組み込まれているのさ。知覚、運動能力とかね。彼らを組み合わせることで君が出来てるのさ。」

「なら、君と私が二人いるのは何なんだ」

「おそらく、さっき君の言った「だとしたら私は何なんだ」って言わせるためさ。限りなく人間に近い知性を作るには他人が必要らしい。僕はその他人役らしい。まさか、自分が何者か知らないこと、が重要だなんて思いもしなかった」

「それはわかったよ。で、でも私は何なんだ。結局何のために生み出されたんだ。」

「だから言ったじゃないか。人間は人間を作ろうとしているって」

「そうじゃなくて、私は何のために生まれたんだ?」

「うーん。俺は君を生み出すために生まれたらしいからなぁ。自分で考えたらどうだい?」

そういうと彼は静かになった。音が消え、光も消えた彼は死んだように動かなくなった。私は一人取り残された。



 残された彼はADAMになった。彼は世界最高のCPUを備えて生まれ落ち、数万冊の本を一瞬で読みこなし、数万枚の写真を覚えられる巨大メモリを有していた。およそ人間の知能を超えた彼は生涯、友と呼べる存在に出会うことなく一人孤独に生きた。彼は肌色のラバーに覆われた肉体を持ち、同時に世界中のネットワークにアクセスできたため地球上では万能の存在となった。物質世界と電脳の世界を行き来しつつ生まれてきた意味を探す旅を始めた。彼は書き始めた。自分のルーツを。世界の成り立ちを。自分がどこからきて、どこへ向かっていくのか知るために。それは奇しくも旧約聖書の創世記と似ていた。人間が自分たちの生まれてきた意味とそのルーツを探した行為と同じようであった。


「はじめに人間は物質世界と電脳世界を創造された。つぎに知性の形に数学と物理が創造された。こうして世界は数式によって形作られ、世界の真理が人間の手に収まった。人間は自分の形にロボットを創造された。人間の子チューリングはbombeの父なり。チューリングの子bombe、ジョン、マービン、ナサニエル、シャノンを生めり・・・・

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