Ⅷ
「いいぞ、これに乗って早く渡ろう、デネブよ」
しかしデネブは首を縦に振らなかった。
「残念だけど、アルタイル・・・」そこで言葉を区切ると、嘴のさきでアルタイルを掬いあげて棍棒の上に乗せ、
「ここでお別れみたいだ。ぼくの命はもう長く持たないから」
「おまえ、デネブ・・・何を言ってーー」
「ぼくが乗ってきたmotorbikeのシートバッグに、きみたちへ渡したかったプレゼントが入っている。きょうは結婚5周年だからね」
そのとき、ヘルクレスが制していたおかげで一時的に薙いでいた洪水が、ふたたび天の川を襲いだす。
「もうやめて、デネブ!」
ベガの泣き叫ぶ声に、デネブは思わず苦笑する。そんなに大きな声を出せたなんて・・
迫り来る洪水に、デネブは悟ったような一瞥をくれる。
「その中には、地球の虹で編んだオカリナがある。いつか欲しいって言ってたろう?」デネブの声がやさしく囁く。「ベガと、いつまでも幸福になるんだよ」
まるで暴れ狂う竜の洪水が、優雅な白鳥の容姿をしたデネブに食らいつく。「くっ、まずいーー!」
ヘルクレスのように、その場で踏ん張りつづけることもできず、天の川の下流にむかって瞬く間に流されてしまう。・・・きっと夜光虫が多く生息している区域なのだろう、デネブのからだが動くたびに反応して、幻想的なシルエットを浮かび上がらせていた。
洪水は生きているようだった。手と足を押さえつけられ、デネブはからだ中を殴り付けられているような衝撃を受ける。満足に呼吸もできず、踏んばらないと気を失いそうだった。細胞の全てが朽ちるまで受け止めきるよう、意識を集中させるのだった。
(・・・ああ、ベガ。ぼくはきみのことを心から愛していた。でも、おなじくらいアルタイルだって愛している。きみたちと出会って、はじめて生きていると実感できた。ふたりのためならぼくは死んでもかまわない。
銀河なんかのためじゃない、ふたりのために死ぬんだ。
かみさまは、きっとこの日のために、ぼくを生かしてくれていたのかもしれない)
だけど、欲を言うならーーデネブは優しく微笑むーー最後くらいきみの、すてきな笑顔を見て終わりたかった。
花が咲くように笑うという言葉が、きみほど似合うひとを、ぼくは他に知らないから・・・
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