デネブを包んでいた光が消えると、そこには凛々しくて崇高な、とても巨きい白鳥があらわれた。


(なんときれいな形姿だろう、身動くたびに虹色の粒子があたりを舞う・・・

 いけない、見惚れている時間はないぞ、いそげ!)



デネブは天の川の上空で翼をひろげ、濁流にまきこまれないぎりぎりまで降りていった。


「アルタイル、ベガ! どちらでもいいから、ぼくに乗って渡るんだ・・・時間がない、早く!」


ふたりは一瞬間こそ、うつくしさのあまり息を呑むような白鳥の全貌に驚いていたものの、音の響きに、聞き覚えのある色が含まれていることを察知した。


「その優しくて温かい声色は、デネブか? 信じられない、いったいどうして・・・!

 いや、それを話している場合ではなさそうだ。ご恩に甘えさせてもらうとしよう。

待っていてくれベガよ、わたしがそちらに渡る!」


素早く状況を理解してデネブの翼に飛び乗るアルタイル。対岸から見守るベガはというと、胸に手をあてて安堵の涙を湛えていた。


「ありがとう、デネブ。あなたのおかげで、あたしたちは会うことができます。感謝してもしきれないわ。だいじょうぶ? からだは痛まない?

 アルタイル、気をつけて・・・早くこちらに・・・」


そのとき、氾濫の勢いが突如と強まり、デネブの翼が濡れてしまった。


「まずい・・・!」


バランスがくずれたデネブのからだは、天の川に浸かって今にも流されてしまいそう。ベガのいる側の岸にくちばしを突き刺して、ぎりぎり踏ん張っている様子だった。


「くっ、しっかりしろデネブ! もうすぐ渡りきるぞ!」アルタイルの表情から、いつもの冷静さが消えている。ベガはといえば泣きそうな顔になって、デネブの頭を撫でながら無事を願うばかり。


そんな祈りも空しく、みるみる弱っていくデネブ。濡れて重くなったからだは、ちからがはいらないのだ。


ーーああ、もう駄目だ! デネブは心の中で悲痛な叫びをあげた。もう堪えきれそうもない、せめてアルタイルだけでも助けてやらないと。まさにデネブが限界に達しようとした、そのとき。



信じられないほどの轟音とともに、氾濫の勢いがぴたりと止まった。


次いで、野太い声ーー聞く者のからだを震わせるような響きの声が。「これは何事だ、おれさまの眠りを妨げる憎らしい洪水め!」


ふりむくと、獣のようにながい髪を靡かせて、入道雲みたいな筋骨隆々の巨漢が、仁王立ちで氾濫を塞き止めていたのだ。



かれの名は、英雄ヘルクレス。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る