第35話

 皆の顔が全て私に集まる。ルーカスが兵士に捕まったこと、それは予想されていたこと。


「襲撃があったが、防げたということね」


 これは鉱山で事故が起き、住人の訴えを聞いたリアナが治癒に向かうというイベント。

 ルーカスには岩窟を住処にする盗賊に潜り込むように指示した。そして、可能な限り間引き、盗賊の勢力を弱まらせること。最終的に襲撃が出来なくなるまで間引くことが出来れば最良。後のことは王国の兵士に引き継がせてしまえばいい。そこまでできなくとも、兵士を向けられれば投降し、私の名前で潜入したことを告げればいい。痛い目にあってしまうかもしれないが、必ず救い出すと約束した。

 当初は三人を向かわせるつもりだったが、それだけ多いと警戒されると言い、ルーカスは一人で潜入することになった。おまけに私に処罰を受け、憤って侯爵家を出たことにする。それを口実にして仲間入りを果たすと言う。受け入れられるかは心配だったけれど、口には出来なかった。大きな足音を立てて出て行く姿は、本当に怒っているように見えたもの。


 問題があるとすれば、イベントについてルーカスに伝えていないこと。近日中に聖女が鉱山に向かう、その際に盗賊による被害を出来るだけ抑えたいと説明した。しかし、現れるのはリアナや五人の男達。今回の目的は彼らを救うことにある。自分に恥をかかせた相手を許せるかどうか。だからこそ、一番歳上であるルーカスが適任だった。最初から大勢で盗賊を討伐に向かわせればいいのだけれど、王都周辺は直轄地。そして資源を有する鉱山は王家のもの。侯爵家が勝手な行動をすることはできない。人を動かすのにも言い訳が必要なのよ。

 イベントでは鉱山に向かう街道で盗賊と遭遇する。その場所さえわかれば危険を冒す必要もなかったのだけれど、地図を広げてみても候補がありすぎて想定できないと言われ、決行することになった。無論、侯爵家からも兵士を出す予定をしていたのだけど、私が連れ去られたことで応援に出せなくなった。


「ルーカスには一生恨まれるわね」

「隊長なら上手くやったでしょう」

「隊長にできなければ、我々では力不足です」

「グレース様の意向を十全に果たせるのは隊長だけだと思います」

「そうです、我々の中でも剣技はずば抜けてます」

「年寄扱いしたら、散々扱かれましたよ」

「力は衰えても、手加減は衰えておりません」


 皆が皆、ルーカスを大事にしているように見せて、私を励ましてくれているのね。


「ふふふ、私よりもよっぽどルーカスが人気ね。あなた達、ローゼンベルク家が保護をしなくとも、行き先がありそうでよかったわ」


 途端に慌て始める部下達を放ったまま、ソファーへと移動して考えに耽る。

 ルーカスが捕らわれたと言うことは、素性が知られたと言うこと。盗賊の中に元護衛が紛れていたことで、私に瑕疵があるとされ、適当な理由を捏造してシナリオ通りに進ませるのだろう。完全には回避出来なかったけれど、それは仕方がない。ルーカスの立ち回り次第で罪状は軽くなるはず。状況を確認するためにも、卒業パーティーの前までに一度接触しておきたい。何より救い出すと約束している。それだけは果たさなければならない。

 私の推測通りなら、盗賊の捕り物は昨日。そして夜遅くか早朝にローゼンベルク家に連絡が来たのだろう。だとしたら、ルーカスはまだ兵士の詰め所にある牢獄にいる。政治犯や重犯罪人なら更に奥まった場所に連れて行かれるが、裁かれる前なら移動させられることはないはず。

 グレースはどう動くかしら? 私にここにいろと言うのなら、きっと言い訳は用意するはず。

 頭を下げて言葉を待つ、部下達に命じる。


「ミヒャエル、リトル・グレースがルーカスを救い出すのか確認しなさい。時間があるようなら他の部下をフォローすること」

「はっ!」

「カインズ、ミヒャエルと共に戻り、アリシア妃殿下にアポイントを取りなさい。三日後、グレース・ローゼンベルクが公式に会いに行く。受け取られなければ、シャンティリー王女殿下に取り次ぎを頼むこと。その場合は私的でも構わないと言っていいわ」

「はいっ!」

「ライエル、フェリシアを探して接触を持ちなさい。連絡が取れるようであれば、場所は問わないわ。彼女の安全が重要よ。必要があれば協力すること。手が足りなければナイアンとソーンにも相談しなさい」

「はっ!」

「私はここを二日後に立ち、夕方にはローゼンベルク邸に戻ります。それまでに報告できるようにしておくこと」

「「「了解致しました!」」」


 六人しかいない部下が更に三人も減ると護衛の戦力に不安がある。けれどこの場で使える人数が少ないだけに、情報収集は最優先にするしかない。


「テリー、グレゴリーは私の護衛よ」

「さすが、グレース様。人選を分かってる!」

「言っておくけれど、この部屋には間仕切りがないの。今回は部屋に入れたけれど、以後は入室を禁止します。用事がある場合はアリアを通してからにしなさい」

「え……嘘でしょ……? そんなの生殺しじゃないですか!」

「姫君の護衛、確かに承りました」


 部下には率先して動いてもらいたいけれど、喜ばせるために仕事を与えているわけじゃないのよ。グレゴリーを見習いなさい。

 そして彼らの中で一人だけ指示を出していない者がいる。


「あ、あのグレース様。じ、自分には何もないのでしょうか……?」

「エリックは最も大変な仕事になるかもしれないわね、やってくれるかしら?」

「も、勿論です!」

「良い返事ね。エリックには私の服を用意して欲しいの」

「い、今もお持ちしております!」


 引いてきた馬車には私の普段着やドレスが積み込まれているそうだ。グレースならドレスも必要だと思われたのでしょうね。 


「そう。気にいるものが無ければ何度でも取りに戻らせます。意味はわかりますね」

「は、はい! 荷物の中身は服だけです!」


 連絡役としてのエリックは警邏の兵士に何度も足を止められるだろう。その度に我が儘な令嬢の服を何度も取りに戻らされていることを話すしかない。そして中身を告げるたびに危険度が増していく。衣服といえど、貴族令嬢が着るものならば高値が付く。その上、王都まで半日ほどの距離を何度も目撃すれば、野盗の目にもつきやすくなる。わずか数日、一人だけで移動するには精神も擦り切れるかもしれない。けれど、エリックにしか頼めない。


「エリックには身を護る術の使用を許可します。危ないと思えば、躊躇う必要はありません」

「ははは……まさか、今日が来るまで待ってたのか? おっと……了解しました。グレース様の御命令、確かに引き受けました」

「必ず無事にやり遂げなさい、魔術師エリック」


 エリックのことは直属の部下達には知れている。だから今更驚くのは、態度の違いだけでしょうね。本来は私以上に高慢なのよ。

 彼はモブの中にあって魔物討伐で活躍した人物、変わり種の魔術師エリック。なぜか護衛を選抜する際に侯爵家の兵士に紛れ込んでいた。無視しようにも、周りに合わせようとして逆に目立っていたのよ。討伐イベントはまだまだ先だったので、役に立つだろうと手元に置くことにした。護衛に選んだ際、魔術師だと知っていると話すと大笑いをした。当時は十四歳、小娘の何が気に入ったのか、その場で忠誠を誓い魔術の使用を私に委ねた。失敗するのを楽しみにしているのかと思ったら、案外そうでもないらしい。ただ、それ以来、一度も魔術を使うように言わなかったので、どう思っているのかまではわからない。


 それぞれが命令を快諾したことで、一様に頭を下げた。謹慎が明けたばかりだものね。高揚しているのも嬉しい限りよ。私もその一人。


「さて、皆には課題を命じておきました。それが果たされるまで、近づくことならずと。私は大変素晴らしい成果にとても嬉しく思っております」


 肩を跳ねさせる者、頭が更に下がる者、僅かに横を向く者、変化の差はあれどそれぞれが何かしらの思いを秘めている事は見てとれる。


「さぁ、誰から答えてくれるのかしら?」


◇◇◇


「グレース様、とってもお綺麗です!」


 部下達が運んで来た服は普段着よりもドレスの方が多かった。何を勘違いしたのか、どこかの貴族に嫁いだとでも思ったのかしらね。エリックに「次は普段着を運びなさい」と告げてローゼンベルク家に送り返した。

 そのうちの一着をメイリアに手伝わせて身に着け、私はアリアに披露している。だが、これは一着どころではない。


「アリア……何度も言うようだけど、あなたに渡す報酬なのよ? 着たところを見せて欲しいと言うからこうしているけど、私の匂いが付いてしまうでしょう? そろそろ、どれが良いか決めなさい」

「でも……どれもこれもグレース様に似合ってて、とても素敵なんですもの。見ているだけで幸せです!」

「似合っているのは当然でしょう。私のためにデザインさせたのよ。ほら、このグリーンのは動きやすいの。アリアがもう少し大きくなればぴったりだと思うわ」


 ふるふると首を振り、決して口に出しては言わない。少しは処世術を覚えてきたじゃないの。

 部下達を治癒してもらった報酬として選ばせているのだが、全く終わる気配がない。一人ファッションショーをするのも結構疲れる。いっそのこと全部あげても良いのだけれど、それなら受け取りませんと言いそうなのよね。今も楽しそうに選んではいるけれど、要らないとは口にしない。どれか一つを厳選しようとする目つきなのは間違いない。

 ただ、それに付き合わされる私はそろそろ限界を迎えそうよ。


「メイリアはどれがいいかしら?」

「そうですね……その薄水色のワンピースが似合うかと」


 さすがに娘のことを良く見ているわね。亜麻色の髪と淡い色の組み合わせは清楚に見せる。アリアにそうなって欲しいと願うものね。


「いいわ、メイリアにはそれをあげるわ」

「えっ!? 私は何もしておりませんが——」

「いいのよ。欲しいと思った相手に贈るのが一番気持ちがいいの。それとも他のものにする? 時間をかけないのなら、どれでもいいわよ」

「……わかりました。こちらを賜りたく存じます」


 理解が早くて助かるわ。


「あっ! お母さんずるい! それ、私も目を付けてたのに!」

「メイリア、二着目はどうかしら?」

「そうですね。これなんか——」

「ちょっと待って! わたしの報酬なんだから、わたしが先に決めるの!」


 ファッションショーは終わったものの、今度は目の前で親子喧嘩が始まる。まさかの事態にソファーへと移動して、ゆっくりと腰を下ろす。まだ十分に温かい茶を口にすると、ほうと息が漏れた。

 メイリア、躾をするのはまだまだ親の仕事みたいね。

 騒々しい音を耳に入れないようにして、夕食の時間まで私は読書に戻ることにした。

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