第30話

 令嬢達の噂話や暴露話は終わらず、それどころか、せっかく集まったことを無駄にしないよう、名付けを請われた。私は少しばかり意趣返しも兼ねて「薄灯蛾の集いはくとうがのつどい」とした。命名の理由を「薄暮に集まっている令嬢達が、薄灯りに集う蜉蝣を思わせる」と告げた。なのに「この集いに相応しいですね」と承諾されてしまった。ままならないものね。


 令嬢達を全員見送り、肩の荷は降りたのだけど、少し困ったことが起きた。付き添いで来ていた侍女達が帰りたがらなかったのよ。いつもは世話をする側が、世話をされることがこんなに快適なのかと感動に打ち震えていた。その令嬢主人も困惑していたものの、さすがに表情を変える者はおらず、それでも挨拶を終えると足早に馬車へと一人乗り込んでしまった。用意していたとおりに侍女達には手土産を持たせ、機会があればお嬢様とご一緒においで下さいと言わせている。それが心からかどうかはさておき、受け取った側は是非ともと返していた。

 どうやら今回は仲が良くなった者同士だったらしく、自然な笑みを浮かべていた。


◇◇◇


「皆、お疲れ様。今日は大変な一日だったわね」


 ようやく執務室に戻ることができると、私は衛士の隊長とその部下を呼び集めた。彼らの報告を受け取るまでは到底一日が終わる気がしなかったのよ。

 隊長を務めるルーカスは膝を突き、頭を深く垂れる。部下の八人も全ての武装を解除し、同様に並ぶ。


「申し開きのしようもございません」

「ええ、結構よ。先に言っておくわ。職を辞したい者が居ればそれを認めます。ただし、本件の顛末を同僚であったとしても語ることを禁じます。そして二度と当家に関わることは許しません。もしあなた達が今回のことで挽回を望むのなら、当主代行としてそれに応える用意があります。ただ私は忙しいの。選べるのはこの場だけ。理解したのなら、一人ずつ答えて頂戴」


 今日の会は百人を超える招待客、同時にその従者がローゼンベルク邸に訪れる。そのため、一年分の給金を特別報酬として支給している。この場で退職を申し出ても、彼らの生活が困窮することはない。それは衛士だけでなく、侍女、職人に至るまで全員。グレースにはやりすぎと言われたけれど、私がグレースになってから喫茶店以外で無駄遣いをしていない。孤児院への寄付も家からのもの。衣服代として割り当てられているだけでも十人は養える。おまけに現在は当主が病床であるため、使える資金は豊富にあったのよ。だからこそ、臨時に人を雇うことなく、今日を無事に過ごすことが出来た。その中の唯一の失点がリアナとニールセン達を通してしまった衛士達。彼らには報酬に見合うだけの責任を取ってもらわなければいけない。


「我々はグレース様より処罰をいただけるのであれば、どのようなものでも受け入れるつもりでした。それが厳罰でもです。処罰が下さらないというのであれば、自分自身が納得できるまでこの身を粉にして働かせていただきたく」

「ルーカス、侯爵家の衛士は「はい」としか言えない雑兵だと喧伝して欲しいの? 屋内で懸命に働いた侍女や職人達は私の指示がなくとも、自分達の判断で応接を見事に務め上げたわ。それも一日に亘って。あなた達だけよ、私に何かして欲しいと望んだのは。何をするのかは自分で選びなさい。次に同じことを口にすれば、この場からの退席を命じます」

「カリーナ様よりグレース様が処罰を下されると伝えられました。今になって我々に選択を押し付けるのですか?」

「何を言っているの。この問いによって処罰を決めるのよ。起こった事に対して責任を取れと言うつもりはないわ。あの場においてできるだけのことをしたのでしょう。それを誇れるかどうかと聞いているの」

「勿論、誇りを持って仕事をしております」


 当主代行とはいえ、小娘の説教は聞きたくないのかしら。ルーカスは見た目でも四十代、子供から叱責されるのは不快にも感じるのでしょうね。頭を下げたまま感情の熱が伝わって来そうだわ。


「もっとわかりやすく言いましょうか。報酬に見合った仕事ができたかどうかよ。もういいわ、ルーカスは隊長から降格。追って指示を出すまでその場に居なさい。次、ミヒャエル」

「はっ! 挽回の機会をいただきたくあります!」

「結構よ。ミヒャエル、当面の間、隊長代理を務めなさい。次、カインズ」

「自分も、この失態を償う機会をいただきたく思います!」

「カインズ、さっきも言った通り、起こった事に対しての責任は当主代行である私、つまり侯爵家にあります。あなたは務めを果たした、それ以上を侯爵家に捧げたいと言うのであれば、引き続き職務を認めます」

「はっ! 訂正いたします。挽回し、侯爵家の為に尽くしたいと思います!」

「期待しているわ。次、ライエル」

「は! 侯爵家に忠義を尽くす所存です。自分にも挽回の機会をお与えください」

「いい返事ね。頑張ってもらうわよ。次、グレゴリー」

「姫君に受けた恩義、まだ返し終わっておりません。更なる忠義を御身に」

「グレゴリー、この場において私事を述べることを認めません」

「では、姫君の期待に応えられるよう、侯爵家への忠義と、我が力を振える場を所望したく存じます」


 実直なミヒャエル、真面目なカインズ、忠実なライエル、そしてグレゴリー。以前、彼の子供が大怪我を負い、聖女になる前のミスティアに治癒を頼ったことがある。それ以来、侯爵家ではなく、私に忠誠を誓っている。紹介しただけなのだから過剰な感謝は必要ないと言っても聞かず、いつしか姫君と呼ぶようになっていた。何度注意しても変わらず、私が諦めたほど。本当に頑固なんだから。


「あなたらしいわ。次、ソーン」

「はい、私も侯爵家に忠誠とできれば挽回を望みます」

「相変わらず覇気が足りていないわよ。次、エリック」

「はっ、はいっ! ば……挽回の機会をいただきたいです」

「普通に応えてくれていいのよ。次、テリー」

「はっ! 自分にも挽回の機会と、出来ましたらお嬢様とのデートを希望いたします」

「するわけがないでしょう。いい加減、諦めなさい。最後はナイアン」

「グレース様、忠義を捧げるのに否はありません。ですが挽回を望まなければどのようにされるのですか?」

「あぁ、そこに気付いたのね。その選択をするのなら配置換えよ。兵士から出直しなさい。それと一年間は減棒ね。これは私の期待を裏切った罰だと思ってくれればいいわ。それでいいのね?」

「は、ははは……まさか。より一層の忠義を示し、挽回を望みます」

「そう。いい返事が貰えてよかったわ。あなたには副長代理を命じます。代理が取れるよう働きを見せなさい」


 掴みどころのないソーン、なんとかして周りに合わせようとするエリック、事あるごとに私を口説こうとするテリー、手を抜けるのならどこでも楽をしたがるナイアン。ルーカス以外は誰も少しずつ協調性が足りず、持て余していた兵士を、今回衛士に取り上げた。私がグレースになってから編成した、直轄部隊だけに思い入れもある。


「ルーカス、もう一度だけあなたに機会をあげるわ。私に何か言いたいことがあるかしら?」


◇◇◇


 床を踏み抜いてしまうのではないかと思うほど、ルーカスは足音を響かせて出て行ってしまった。

 顔を見合わせている元の部下達も、あの剣幕では追いかけることもできずにいた。


「そんなに隊長職って固執するものなのかしら?」

「給料も良いですが、それ以上に誇れますからね。お嬢様はまだわからないかもしれませんが、子供や孫に部下の下に就くことになったと胸を張っては言えないですからね」


 なるほど、能力を評価されたわけでもないのに隊員の入れ替えが行われれば、不快に感じるのかもしれないわね。

 私は最初に下した降格を取り消さなかった。それがルーカスを荒れさせた。


「いいわ、ルーカスなら謹慎の意味を取り違えないでしょう。ミヒャエル、もう一度聞くけれど、さっき言ったことは間違いないのね?」

「はい、あのリアナという令嬢、声をかけられては必ず見てしまうのです」

彼女主人公の特性かしら。厄介ね……」


 職務怠慢になるため、律しようとしたにも関わらず、呼びかけられると対応させられてしまうのだそうだ。

 その後、侵入しようとするアインザックを押さえるグレゴリーを横目で見た時には、もうリアナはすり抜けて庭園へと向かってしまったのだと言う。そうなっては、綻びも生まれる。なし崩し的にニールセンが「リアナを連れ戻すからそこをどけ」と強引に割り込んだ。残りの三人は王子の護衛を兼ねていると言い、それでも通さない衛士達に幻惑の香が使われ、突破されてしまったのだそうだ。


「彼らは随分と対人に秀でてるのね。その香は防げないものなの?」

「錯覚を起こすのです。剣を振った先が同僚かもしれないと思うと、すぐに判断ができませんでした。ましてや彼らは——」

「貴族の子息達だものね」


 想像以上にリアナのパーティーは力をつけている。それはそうよね。イベントとは言え、ダンジョンの最深部攻略と魔物討伐の支援に駆り出されるぐらいだもの、兵士から衛士になったばかりのミヒャエル達では経験の差が大きいといったところかしら。

 侯爵令嬢たるグレースは、そんな汚れるような役は進んで選ばない。資金を出して人を集め、消耗品を用意し、神官を招いて被害を最小限に抑えようとする。端から見れば大人達ばかり動いているため、グレースは口だけ出して何もしていないと批難される。彼女はニールセン以外に評価されるのはどうでも良く「好きに囀りなさい」と放置する。悪役に見られるようにする設定って歪よね。

 必要な報告を得た私は、彼ら八人をそれぞれ呼ぶと耳を傾けさせる。


「ルーカスに言った通り、全員に明日から三日間の謹慎を命じます。これは他の衛士や兵士にあなた達が不当な評価を受けないため。その間にあの貴族子息達と対峙しても怯まないよう訓練と知恵をつけなさい。四日後、全員で意見をまとめ、八日後までに対策を会得しておくこと。それまで私と別邸に近づくことは禁じます。その間の護衛は他の隊に任せます」


 命令を承諾するように頭を下げる八人だったけれど、長く顔を見せなかった。ルーカスの隊にはこれまでずっと私の護衛を任せていた、それが初めて解かれることになる。これが罰に感じられるほど、彼らに思われていれば良いのだけれど。


 翌朝、私は侯爵家から連れ出され、彼らとの連絡手段が途絶えることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る