第28話

第28話


「あなた、自分で何を言っているのか理解しているの? あなた自身が私の会を台無しにしたのよ? それを——」

「はい! だから一所懸命お手伝いして挽回します!」

「……お手伝い……何をするつもり?」

「みんなと一緒に盛り上げて楽しもうかなって。女郎蜘蛛の会ってさくら様が楽しませてくれるんですよね!」


 これが主人公?

 今までイベントで見てきたリアナとは口論もしたけれど、その時はまともな姿だったと思う。はしゃいでいたのはエリがそのように振る舞っていたから。そこは勘違いしていない。けれど、ゲームでは攻略キャラ達を癒したり、楽しませたり、共感したりする。そこには言葉だけでなく、行動が伴っていたはずだ。

 イベント規定の行動から離れた姿が、これなの? 私にはとても異性を惑わせるような魅力ある人間には見えない。彼女はただの——


「グレース様!」


 大きな声をあげてフェリシアとカリーナが駆け込んできた。二人は息を整えるのももどかしそうに、慌ただしく、だけど掻い摘んで報告してくれる。その中には、私が不在だった間のことも含まれていた。

 少し前のこと、数人の男達が侯爵家の入口で入れろと揉め、その隙にリアナが侵入した。目的は女郎蜘蛛の会に参加すること。その目的は果たせず、私は気を失った。その後、権力を振り翳した男達が会場に踏み入り、気を取られているうちにリアナに家探しされ、ニールを見つけられた。忍び寄るシルヴィスによりリトル・グレースが人質に取られ、ニールは自ら進み出てアインザックに殴られた。だが彼は屈せず、逆にニールセンを説得しようとした。カルフェスもその場にはいたが、フェリシアが足を止めさせて孤立させていた。男達のあまりにも酷い態度に、業を煮やしたシャルによって彼らは全員が罪を負っていると知らされ、動きを止めた。

 二人は残るリアナを捕らえようとしたが、悪いことはしていないと言って、この敷地の探検を始めたそうだ。

 リアナからの否定はない。この話を目の前で聞いていてなお、ニコニコとしているのが恐ろしかった。


「申し訳ありません、お役に立てず……」

「フェリシアと二人がかりでも逃げられてしまいました」


 頭を下げた二人の髪の先から雫が落ちる。


「二人とも、よく頑張ってくれたわね。詳しい冒険は後で聞かせて。悪いけど、まだするべき事が残っているの。ミスティア、回復を頼めるかしら」


 二人は「勿論です」と声を合わせる。あとのことをミスティアに頼むと、彼女も快く返事をくれた。

 彼女達のおかげで私達ではリアナを捕まえられないことはわかった。唯一対抗できるのはミスティアだと思うけど、彼女一人では負担がかかりすぎる。それにまだ女郎蜘蛛の会に参加した令嬢達を帰していない。本当にするべき事が山積みね。

 それなのに、目の前の厄介事が消えてくれない。


「さくら様、私はなにをすればいいですか?」

「必要ありません。リアナ、あなたを女郎蜘蛛の会に参加させるわけにはいかないからです。理由は——あなたが居ると、男性が側に侍るからです。言っている意味はわかりますね?」

「そんなの不公平です! 私だけ除け者ですか?」

「この会は招待制。私が許可をした人以外は参加を認めません」

「じゃあ認めてください!」

「なぜ、そこまで参加したがるのです? この会は規模こそ大きくなりましたが、私的なもの。あなたは派閥を持つのでしょう? その中でパーティーを開けば良いではありませんか」


 この会は私が情報収集したいから始めただけで、派閥のように力を蓄える意図があってのことではない。ミスティア派が解体されたと同時期にグレース派も解体させた。正直に言うと、ここまで人が集まるとは思っていなかった。数十人なら饗しても十分に接することができるのに、今は抱き締めるだけで時間が過ぎてしまう。そのことが残念でならない。

 今回、リアナの派閥に入った人達には招待状を送っていない。リアナを同伴者に選んで連れて来る者がいるかもしれないからだ。彼女に来られると混乱することが目に見えている。実際にそうなったし、それ以上に乱入までしてくるとは思わなかったのだけど。


「私はさくら様の会に参加したかったんです。エリだったら参加させてくれたんですか?」

「彼女にも参加させません。もう話は終わりよ。無事に学園を卒業したいのでしょう? 彼らを連れて出ていきなさい。私の気が変わらないうちに」


 笑みを浮かべていた顔が翳りを見せると、次第に睨むものへと変わる。

 あなたはライバル達とは違う。リスクを負ってでも受け入れるキャラクターではないのよ。それを理解しているから、エリは表立って私に関わろうとはしないの。


「なんでそんなこと言うの? さくら様って思ってたより酷い人なんだ」

「どうとでも思いなさい。ここは我がローゼンベルク侯爵家の敷地。今は私が当主。次に何か口にするときは覚悟しなさい」


 「ふーん」とだけ言い残して、リアナはニールセンの腕を取り意識を取り戻させる。ようやく目の前から動いてくれたものの、まだ視界の端にいる。その事が妙に不安を掻き立てる。


「ニールセン! もう用事はないから、帰りましょう。残念だけど、グレース様は噂通りの人だったわ」

「……そうだろうな。カール、ザック、シル、戻るぞ。卒業前にやる事ができた」

「もう、みんなしっかりしてよ!」


『聖なる光よ、我が声を天に届け、神々の御業を受け賜れ。

 疲弊した心と体に癒しの恵みを注ぎたまえ。

 神の名のもとに、安らぎと再生の力を与えたまえ』


 愚図愚図とする男達を叱咤して、リアナは流れるように祈りの言葉捧げ、癒しを施していく。

 その自分勝手な行為に、癒しでさえ悍ましいものに感じ、届かないと知りつつも私は僅かに下がってしまった。


 回復した男達を連れてリアナは引き上げようとする。その中の一人、ニールセンは一度だけ振り向いてシャルを睨むように見る。けれど平然と受け止められ、あからさまな失望で返されていた。

 覇気のないニールセンを見ても、そんなことは預かり知らぬ様子で、リアナはぐるりと見回し楽しそうに笑みを浮かべる。


「ねぇ、ニールセン。私も大きなお屋敷と、たくさんの人を迎えられるお庭で暮らしたいわ」

「そうだな。リアナに小さな家は似合わない。広くて大きな邸宅、傅く多くの使用人、色とりどりの花や木々で埋め尽くされた庭園。それこそが君に相応しい。いつかここよりもっと大きな館に迎え入れよう」

「ありがとう、ニールセン! でも、わたしで十分よ。できれば王都で暮らしたいなぁ」

「君を満足させるにはなかなか骨が折れそうだよ」

「そうよ、だって私が主人公だもの!」


◇◇◇


 ひどく不愉快な会話を聴こえなくなるまで目で追うと、門扉にいた衛士が完全に敷地の外へ出たことを合図してくれた。


「はぁ、ようやくいなくなりましたね」

「そうね、だけどまだ終わったわけではなくてよ」

「お義姉様、そのまま帰して良かったのですか?」

「堕ちても王族ですもの。まだ利用価値は幾らでもあるでしょう。それよりもシャルの方こそ大丈夫?」

「普段から会話もなくなっていましたし、そろそろ潮時ということです。グレース様をエスコートしていた頃は、会話もあったんですよ。そんなのを相手にするなって」

「王女殿下は好き嫌いが激しいお方ですから、きっと料理長も困っていたことでしょうね」


 訳知り顔で話に入ってくることができるのは、ただ一人。


「あら、リトル・グレース様。私、出されたもので残したことはありませんの。吟味して次からは出さないようにと言うだけですわ。それなのに、間違って付いたしつこい汚れには困っていましたの」

「味とは不思議なもの、見た目には必要ないと思っても、それがないと物足りなく感じます。まだそれを経験不足が故にご存じなかったのでしょう」

「あれを必要な味だと、仰る! お兄様の気を惹かんがために、私の私室に入ったことは絶対に忘れませんわ!」

「あらあら、そのお兄様に私物をどこかに忘れることがあると、心配させたのはどなたでしょう?」

「あれは譲っていただいたもの! お兄様が忘れていただけです!」


 なるほど。仲違いの理由は幼い頃からあったのね。

 ニールも微笑ましく見ていてそのままにしてあげたいのだけど、まだあなた達にも役目があるのよ。


「二人とも、いつまではしゃいでいるつもり? シャルとフェリシアは身嗜みを整えること。少しばかり髪が乱れていてよ。リトル・グレースは無事に終わったことをカタリナに報告。招待客で体調不良のものがいないか、ニールと共に見てきなさい」


 それぞれが快、不快を表しながらも返答を残して行動する。女郎蜘蛛の会を閉会するにも招待した彼女達には謝罪の必要があるのは皆もわかってくれている。


「カリーナ、悪いのだけど衛士の責任者に勝手な行動はしないように伝えておいて。処罰は私が下すと」

「わかりました。、申し伝えておきます」

「頼むわね」


 本当なら私が行くべきところをカリーナに委ねる。今回の守衛については、可能な限り令嬢達に衛士の姿を見せないようにと指示している。リスクはあったけれど、女郎蜘蛛の会だと印象付けたかったからだ。不審者の噂もなく、衛士を増員して周囲の警戒だけで十分のはずだった。それが王族の強引な侵入によって想定外を迎えた。まさかリアナが興味を示すとは思わなかったのよ。衛士に責任はない、判断をミスしたのは私なのだから。

 少し考え込んでしまい、組んでいた腕に触れられて、もう一人の存在に気づく。


「さくら様、私はなにをすればいいですか?」

「ミスティアったら。そうね、あなたには悪いのだけど、私の随行をお願いするわ」

「はい! 謹んでお受けいたします!」


 私に腕を絡めてニコニコするのが謹んで、なのかしらね。

 まるで男役のごとく、エスコートするようにミスティアを連れて本邸へと向かうと、私達を待つ大勢の令嬢の先頭に、鬼の形相をするリトル・グレースの姿が見えた。


「さくら様! 彼女達になんてことを言ったんですか!?」

「グレース?」

「御令嬢の方々は、今晩ゆっくりさくら様とお話がしたいから、何人までなら泊まれるのかと確認しております!」


 え? どうして、そんな話に?


「あぁ、もう! 私の正体までバラしたんでしょう! どうするつもりよ! さくら!」


 「言いたいことがあれば終わってから全て聞きます」というのに返ってきた答えが一人二人ではなく、ほとんど全員だったことが判明した。

 リトル・グレースの後ろに並ぶ御令嬢は百人を超える。私には彼女達全員が待てをしているように見える。ここで許可なんて出したら……


「無理よ、そんなの……」

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