第24話

 あのパジャマパーティから一週間。

 慌ただしく過ごしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまった。最初にしたことはミスティアのプレゼント選び、これは予想通り難航した。私に美的センスがないことをグレースに散々罵られ、辛うじて合格点をもらったのが薄く色の乗ったブルーダイヤモンドのネックレス。あまりにも決められなくて、彼女の瞳の色と同種でいいやと選んだのが正しかったらしい。「普通は真っ先に思い浮かぶものよ」と言われても、これまで宝石の贈り物なんてしたことないもの。経験なんて積みようがないわ。聖女の正装である、白を基調とした司祭服と組み合わせても雰囲気を損なわない。程よい意匠が施されていることもあり、教会の中でも使用を認められたそうだ。届けたのはリトル・グレースなので、都合のいいように来歴を捏造して持ち上げてくれたんだろう。

 ちなみに、この世界の宝石はハッキリとした単色が評価されるらしく、薄い色合いのブルーダイヤモンドは一段落ちるらしい。比べてしまうと、混じり気のない透明度の高いダイヤモンドの方が評価が高くなる。そんなわけで、返礼品に沢山詰め込まれていたのは二級品、三級品なのだそうだ。どれもとても綺麗なのにね?


 次に行ったことは、派閥の解体。これは最大派閥だったミスティア派が解体されたことで、グレース派が力を持つことになり、余計な軋轢を生まないために決定した。もともと流行病が原因で始まったことだけど、peace_makerが順次対応していると言うことで、無理に維持する必要もなくなった。お友達感覚で続けているリアナの派閥は自由にすればいいけれど、権力を持つ高位貴族まで付き合う必要はないのよ。グレースには勿体無いと言われたけれど、王都の政治に関わるつもりはないので無用の長物。卒業後はリトル・グレースとニールを連れて領地に戻る予定をしているから、余計にね。フェリシアからは「シャル様を説得してから帰領してくださいね」と凄まれたけど、そっちは無理じゃないかなぁ。


 派閥を解体したことでカリーナは私の補佐から外し、自由にさせた。それなのにずっと仕えてくれた癖が抜けないのか、私を見かけると挙動不審になる。遠くから頭を下げてそそくさと姿を消すのよ。挨拶ぐらい直接声をかけてくるといいのに、理由がないと側に行けないと思い込んでいる。自由にしなさいと言い過ぎたかしら。

 そのカリーナの代わりに私の側にいるのは、従姉妹のカタリナと友人のエミリア、そしてマリアンナとセリーヌ。女郎蜘蛛の会に参加した彼女達には準備会のメンバーとして、下準備を手伝ってくれている。そこにリトル・グレースが加わるので、総勢六人と結構な存在感がある。


「グレース様、昨日で招待状は全て配り終えました。多くの方は参加の返事をいただいていますが、前回参加していない方の集まりは悪いみたいです」

「ありがとう、セリーヌ。でも悪いなんて言っては駄目よ。私の噂は耳にしているでしょう? だったら無理強いはできないわ」

「でも、おかしいです! グレース様があんなふうに言われていいはずがありません!」

「マリ、声を荒げてはせっかくの可愛いお化粧が台無しよ。言いたい人には言わせておきなさい。私の声は小さいの。全ての人に行き渡るとは考えていないわ」


 セリーヌとマリアンナは困った顔を見合わせている。納得できていないのね。

 少し前から学園で不穏な噂が流れ始めていた。どうやら私は、「悪女」と呼ばれているらしい。噂は様々で、特に害するものが多い。呼び止められ、連れて行かれた先で恐ろしい目に遭う。お茶会に誘われると、帰宅までの記憶を失う。見聞きしたことを話せない呪いを受ける、などだ。当初は女郎蜘蛛の会を恐怖体験のように話す人もいるのねと聞き流していたのが、いつの間にかそれが本当らしいと伝わってしまっている。原因は参加者が内容を話せず、そんな言い方もできるかもしれないと言葉を濁しながらも頷いてしまったから。

 未だ関係者に直接害意を向けられることは起こっていないものの、悪意があるのは確か。

 気になるのは、グレースがこの身体にいたころはそんな噂はなかったそうだ。私がこの身体に戻ってから噂が立ち始めた。それは幼いリトル・グレースを籠絡したことを妬んだものか、それとも別の事情があるのか……

 グレースに聞いても「こんな短絡的なことを考える人なんて覚えがない」と言う。以前に彼女は私のことを悪魔と呼び、神使と呼んだりもしたけれど、どちらも直接私に向かって言ったこと。噂を利用するような人間ではない。


 相手が思いつかない以上、これはシナリオによる強制力補正プログラムの可能性がある。グレースの身体を奪った私は、彼女に代わり、それ以上の悪役令嬢を演じなければならない。卒業パーティで断罪されるには理由も、事情も必要となる。彼ら創造主達が直接動いているのかわからないけれど、「悪」の単語があるだけで、悪い噂が幾つも生まれるのだから考えた人は頭がいい。悪では物足りなかったのかしらね。


「ま、うちの姫様はそれだけ注目されてるって事だよ。人気者はいつだって妬まれる。自分こそ愛して欲しいのにってね」

「ありがとう、気にしていないわ。だけどカタリナ、ここは領地ではないの。姫様はやめなさい。人の耳に入れば誤解を招くわ」

「まぁ謙遜されるなんて、グレース様の御心は頂きを冠するに値しますわ!」

「ほらごらんなさい、あなたが余計な事を言うからよ。エミリア、次にその話を口にしてみなさい、あなたを準備会から外すわ。その穴埋めはカタリナが一人でしなさい。当然、二人とも当日の参加は無しよ」

「そ、それは横暴だぞ!?」


 さっきまで楽しそうにしていたカタリナが両手をテーブルに突いて憤慨するけれど、その程度じゃ我が家の家具はビクともしない。言葉の責任は重たくてよ。


「申し訳ありません、グレース様! もう二度と口にしませんので、どうかお許しください!」


 椅子から立ち上がったエミリアは深く頭を下げて謝意を表す。放って置くと、この子もあの土下座をするから怖いのよ。今回は許すと言って椅子に戻らせたけれど、頬を染めてるのはどうしてかしらね。


「お義姉様方、そろそろ一息つかれてはどうですか?」


 テラスにワゴンを押して現れたのはリトル・グレース。今日のお茶会兼打ち合わせは我が家の本邸で行われている。準備会のメンバーは口が硬いことはわかっているので、裏方はニールにさせようと思っていたんだけどグレースが許さなかった。それはもう、本当に大変だった。

 少年にも貴族と接触させると言った途端、罵詈雑言。特に令嬢ばかりの場に出すなんて許せないらしい。理由を聞けば「異性ばかりの中で一人混じれば、話題の中心になるに決まっているでしょう!」と詰め寄られる。首を傾げる私に、「男ばかりの酒場のテーブルに配膳に行かせるわよ!」とわかりやすく教えてくれた。そして改めて思ったけど、グレースは耳年増だ。

 そんなわけで、あのグレースがすすんで裏方をやってくれている。おまけに義妹モードなのでお淑やかなのよ。


「リトル・グレース様! 手ずから淹れてくださるのですか!」

「はい、本日の皆様は当家のお客様。いつも義姉を支えてくださってありがとうございます」

「わぁ! とっても可愛らしいです!」

「ありがとう存じます」


 この場で誰よりも格式高いカーテシーもできるのに、侍女服では小さく持ち上げるだけ。それを小柄なリトル・グレースがするものだから小さな子が頑張っているみたいで可愛いのよ。だからセリーヌとマリアンナには大好評。


「…………」

「カタリナ、大人気ないわよ」

「だが、コイ……子は」

「何がそんなに気に入らないの? グレースはとってもいい子よ?」


 私が嫌がることをしたり、言葉を封じられたり、反応できないタイミングで弄ってきたりするけど、たぶんいい子よ。

 カタリナは初対面再会してから真っ先に「従士様」と呼ばれたのが気に入らなかったらしい。上から見るような口ぶりがまるで以前のグレースを思い出してどうにも落ち着かない。名前が同じグレースというのが特に気に入らないそうだ。

 元は犬猿の仲だったのかしら?


「私のお茶は従士様の口には合わないみたいですね。エミリア様はいかがですか?」

「はい、いただきます! あの、よろしければ「なんで私がこんなことしないといけないの」って感じで接していただけると嬉しいです!」

「……そう、あまり褒められたことではないように思いますわ。エミリア様」

「ありがとうございます、リトル・グレース様!」


 冷めた目で静かに配膳されるのを、エミリアは嬉々として受け入れている。

 前々から思っていたけれど、彼女、グレースのファンみたいね。それも毅然と振る舞う姿が好きみたい。今のリトル・グレースはその雰囲気を残しているからお気に入りなのよね。

 グレースも満更でもなさそうにお茶を注ぎ、カタリナのカップにも半分ほど注ぐ。それを見て、カタリナは「お前はフェリシアか」と言っているけど、グレースはあの日のやり取りを見てるはずなのよね。笑みを返しているのがその証拠でしょう。


 リトル・グレースもお茶会に参加して、まとまりかけていた話がひっくり返されたり、面倒ごとが短く終わったりと、優秀さを見せつけて最後の打ち合わせは終了した。

 令嬢達が帰ったあと、別邸に戻ろうとした私を、グレースは談話室に引き込んだ。


「さくら、本当に無事に終わると思ってる?」

「終わりさえ無事なら構わないわ」

「主催なら、通しての無事を企図しなさいよ」


 グレースの言わんとしたことはわかっている。私の噂を流した大元が見つかっていない。そんな中で行われる女郎蜘蛛の会が無事に終わると思えないからだ。

 私だって、万全で企画したいとは思うけれど、相手の意図がわからないからそれも難しい。おまけに時間もない。本来のグレースが形振り構わずに最後に起こすイベント、その前に自由行動ができるのはおそらくこれが最後。そのあとは卒業パーティーまで行間を読む程度の時間しかない。

 ゴホンと軽く咳を払い。少年が存在を前に出す。


「さくら様、よろしいでしょうか」

「ニール……私はあなたに責任を取らないわ。願うならグレースになさい」


 そのグレースは不機嫌を隠さないまま少年を睨む。少年は返事とばかりにクスリと笑みを見せると、私に向き直り「問題ありません」と答えた。


「彼女は納得済みですから」

「そう、一生恨まれる覚悟はできたのね」

「ええ、一生傍で恨まれ続けます」


 ニールの提案はグレースと共に考えたもの。私がやろうとしていることを邪魔せず、安全を確保しようとする。その負担はニールによって担保されるものとなる。

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