第23話

 心配したミスティアとフェリシアによって私は家に帰してもらえず、カリーナの兄夫婦の部屋に閉じ込められた。

 部屋には追加でベッドが運び込まれ、隙間なく並ぶその大きさは、五人が並んでも落ちることはない。それなのに私が中央に寝かされて、左右に二人ずつが放射状に並ぶ、これって寄せ書きかしらね。

 名目としては、倒れた私の介抱になっているはずなんだけど、きっと家族にはお泊まり会パジャマパーティだとバレてるのでしょうね。グレースの威厳、残っているといいのだけれど。


 まず私は今日一番の功労者に声を掛けた。


「フェリシアの部屋は王城に用意されているのではないの?」

「二人部屋が用意されていますね。とは言っても、王女付きの侍女なのでいつも一人で使わせてもらっています。さくら様も侍女になりますか? 今なら隣のベッドが空いてますよ」

「ならないわよ。私がシャルに何かを言ってるところ見られたら、それだけで不敬じゃない。友人としての距離で十分よ」

「御家族の誰よりも懐かれているのに、友人は無理があるでしょう? 侯爵家の令嬢じゃなければ、きっと強制的に召し上げられてますね。自主的に登城するのなら、侍女長にご挨拶しておきますよ?」

「だから、侍女にはならないって。それより、王城に戻らなくていいの? 罰があったりしない?」

「ご心配には及びません。外泊の許可は取っていますから大丈夫です。罰があるとすると……シャル様に口を聞いてもらえなくなるかもしれませんね」


 それって仕事に差し障る気がするんだけど、シャンティリー相手だと面倒は多くないのかしら。

 フェリシアはうつ伏せのまま手に顎を乗せ、膝を曲げては伸ばしてを繰り返す。随分とはしたない格好だけど、ここには誰も注意する者はいない。それどころか各々が好きな振る舞いをする。私の右腕はずっとミスティアに抱き締められたままだし、左手はカリーナに握られている。おまけにお腹はリトル・グレースの枕にされている。こんなところをシャンティリーに見られたら、ダンスが始まりそうね。お腹の上で。

 フェリシアの言葉が止まると、今度はひときわ柔らかいものが右腕に押し当てられる。


「ミスティアの方は大丈夫なの?」

「全然問題ありません! 問題あっても帰りません!」

「困った聖女様ね。お勤めは問題ないの?」


 ゲームでは聖女が早朝に一日の安寧を信者と共に祈るというシーンがある。順番を入れ替えられた祈りの言葉を、制限時間内に正しい順番に並び替えるパズルゲームになっていて案外楽しかった記憶がある。ミスがあると参加者からのお布施が減る。貧乏な主人公はその一部を授けられ、お小遣いや孤児院への寄付に持って行くので、結構重要な稼ぎになる。ライバルであるミスティアは完璧で、「これぐらい出来て当然でしょう」と言って冷たい目をした後、シルヴィスに熱い視線を向けるというイベントだ。

 今は甘えん坊のミスティアから向けられる視線がすこしばかり熱すぎるのだけど。


「さくら様にお祈りするから大丈夫です!」

「恩恵は何もないのよ?」

「私にはあるんです!」

「そう、好きになさい。その代わり、教会に戻ったらちゃんとお勤めを果たすのよ」

「…………」


 さっきまで元気よく返事をくれたのに、最後だけ黙ったままだった。今は幼児退行しているみたいだけど、朝になったらちゃんと戻れる。彼女は自分がやるべきことは理解しているもの。

 私が気を失っている間、ミスティアはカリーナとグレースに相談して、聖女の派閥を解体することに決めたそうだ。表向きはグレースとの和解。事情を推察する者達には目が行き届かなかったことに対して自責と仄めかす。本音は私との時間を邪魔されたくないとのこと。リトル・グレースに付き纏っていた理由も、ベルシア自治領から珍しい贈り物を戴いたから、そのお礼がしたかったという言い訳を用意した。実際、養子に支援した際に大量の返礼品がある。その中からを渡すことになっているそうだ。

 そして「私達ライバルキャラは自由に動けるようにするべき」とフェリシアが言葉を足した。確かにその方向に話を持って行こう考えていた。これまで誰も説得できていなかったのは話を受け入れてもらえるか分からなかったから、なのに先回りされてしまった。どうして気付けたのかと聞くと、私がエリを自由にさせていたからと言う。なんでそれだけでわかったんだろう。


 そんなわけで、これからやろうとしたことがなくなり、力の抜けた私はパジャマパーティに運ばれ、まな板の鯉よろしくされるままになっている。動かせるのは口と足ぐらいかしらね。ピチピチ? ビタンビタン?


「さくら様」

「何かしら?」

「今日はいっそう気が緩んでいますね」

「そうね、優秀な仲間に仕事を取り上げられちゃった。カリーナ姉さんは私に何かして欲しいことはないかしら?」


 私が姉さんと言った瞬間、左手がきゅっと締められた。カリーナでも驚くことがあるのね。再会したときはあんなに冷静だったのに不思議。でもちょっと痛かったわ。

 落ち着きのない目がミスティアを捕えたあと、何事かを書き出しているグレースを見て、どうやら覚悟を決めたらしい。


「そ、そうですね……抱き締めても、いいでしょうか?」

「もちろん。でも、右腕は動かせないから左腕だけで許してね」

「はい!」


 身体を起こした私に、カリーナは首に柔らかく包むように抱いてくれる。それに応える左腕はカリーナの背を数回ポンポンと叩き、真っ直ぐな髪を頭から背まで撫でる。感激してくれているのか少し息が荒い。


「いつも頼らせてくれてありがとう、カリーナ」


 力をかけ過ぎないように気をつけてくれているので、掛かる重さと体温が布団に包まれているようで心地良い。自然と甘やかされてる気がする。

 ふと右腕が軽くなったと思ったら、覚えのある髪が触れる。同じようにゆっくり動かすとくすぐったそうに笑う声がした。

 だけど、声を上げたのはミスティアだけじゃなかった。


「もう我慢の限界よ! 元は私の身体なんだから、緩みきった顔するんじゃないわよ!」

「お姉ちゃんを取られて寂しいのはわかるけど、騒いじゃ駄目よ」

「勝手に姉ぶるんじゃないわ! だいたいあなたは——」

「よーし、フェリシアとカリーナに命令よ。リトル・グレースを捕まえなさい。そして私に献上するの。さぁ行きなさい」

「「はい!」」

「何、馬鹿なこと命令してるの! ちょ、ちょっと!? 追って来ないでよ!」


 多少部屋が広くとも、この部屋で一番、二番に身体の大きなカリーナとフェリシアが迫れば行動は限られる。そして一番小さなグレースはいくらも逃げられず、部屋の隅に追い詰められた。


「離しなさいってば!」

「申し訳ありませんが、この場の主はさくら様。大人しくなさってください」

「まさか、あのグレース様と遊べるなんて思ってみませんでしたね」

「フェリシア! 思ってないなら、従うんじゃないわよ! カリーナ、今なら許すから離しなさい!」


 後ろから抱きかかえられて床に足が届かないグレースは、まるで拾ってきた猫のようね。背の高いカリーナからは逃げられないわよ。

 横に座るミスティアの肩を抱き寄せて、赤くなった耳にそっと囁く。


「ミスティア、グレースは興奮してるみたい。聖域結界サンクチュアリを使って、おとなしくさせて」

「えっ!? なんで聖域のことを? 気を失ってたのに……あっ! さくら様も!」


 やっぱり、意識がない間に聖域を使われていたのね。ゲームでは戦闘にも使うけれど、重病人が暴れたりしないように鎮静と鎮痛目的でも使われる。麻酔のないこの世界では、聖域が使える聖女が大変ありがたがられている理由でもあるわね。さっきまでの私はそれだけうなされていたのかしら?


「待ちなさい! 聖女の力をそんな無駄なことに使うんじゃないわ!」

「ふふふ、天の鎖エルキドゥを使わせてもいいのよ」

「べ、別に怖くなんてないんだから! でも、こんなところで物騒なのはやめるのよ!」


 顔を強張らせてイヤイヤするグレースが、歳相応に見えて可愛らしい。

 ミスティアはキョトンとした顔で「さくら様?」と私を呼んだ。


「天の鎖ってなんですか? 聞いたことがないんですけど?」

「そうね、この箱庭にはないものね」

「くっ……!」

「まぁっ!」


 カリーナから不貞腐れるグレースを受け取り、ぬいぐるみのようのぎゅっと抱き締めると、途端に笑みを浮かべ始めた。それからは罵ることもなく、私の胸に背中を当てようとぐいぐい押してくる。この機転の速さ、微妙に腹立たせるのが得意よね……


「さくら、次は私よね?」

「ええ、どうぞ」


 私への嫌がらせを十分堪能したのか、ふざけていた顔はなりを潜め、子供らしくない目で私を突き刺す。


「最後に開く、女郎蜘蛛の会の目的、それとこれからの行動を話しなさい」


 それはきっと皆の心の声の代表だったのでしょうね。あんなに温かだった部屋が、まるで熱が消えたみたいに寒々と、そして緊張感を孕んだものに変わる。

 ミスティアはなんでもすると言わんばかりに目を輝かせ、カリーナは一言も聞き漏らさないように瞬きさえも止める。グレースは書いていた紙束を私に見せて幾つもの推測をしていた事を明かす。フェリシアは魔道具の所在を確認して、私を安心させようとしてくれる。

 でも、ごめんね。


「全部はまだ言えないんだ」

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