第22話
「さくら様は……神様、なの、ですか?」
「それも違うわ、ミスティア。私は神様じゃなく、ただの人。私達の世界を作った神様はいたかもしれないけどね」
教会に勤めるミスティアからすると大切なことだものね。
聖女が祈る先が私なんかだったら、天罰しか与えられないわ。
「身体に乗り移ることができるのは神の力というわけではないのですか?」
「うまく説明するのは難しいんだけど、今の私には身体がないの。グレースやリトル・グレースの身体を借りてこの世界に居られる、魂……というか意識だけなの」
何故だか詳しく聞きたがるフェリシアに、私は体験した話を始める。
「以前に別の記憶があることは話したわね。あれはさくらとしての一生を過ごしたと言う意味なの。その私は事故に遭って死んだ。どうしてこの世界で目覚めたのかはわからないけれど、気付いたらグレースの中にいた。元々この世界はグレースの言う創造主が作った箱庭だったの。同じ世界にいた私達は、それをゲームと呼んでいた。そのゲームの中で行動する人達を見て楽しんだり、泣いたりもした。時には介入して、運命を選択するといったことも。この世界は何度も繰り返し、やがて一人の女性がハッピーエンドを迎えるというもの。その主人公となるのがリアナ、対になるライバル役としてグレース、フェリシア、カリーナ、ミスティア。リアナの求める理想の男性としてニールセン、カルフェス、アインザック、シルヴィス、そしてライテリックが用意された。このゲームを何度も繰り返して熟知していた私は、リアナであるエリをハッピーエンドまで導くために行動を開始したの。それがあなた達を巻き込むこと。最初は何度も見た登場人物だから好きに操ってやろうと思っていたんだけど、いつの間にかこの世界にいることが楽しくなって……それでやらかしたのが、今回の流行病。想定外の出来事が起こったことで、原因となった私は急遽取り出されることになった。それが私が不在だった理由。なんとか正常化する目処が立ったところで、私は再びこの世界に戻ってくることができた。そんなところかしらね」
思えばいろいろとしでかしてしまったものね。彼らのシナリオをこうまで荒らしてしまって、良く許してもらえたものだわ。
「いいかしら?」
黙り込んでいた中で真っ先に声を出せたのはグレースだった。彼女にもここまでの話はしていない。思い返してみると、これまで聞こうともしなかったわね。
「最初に確認したいのだけど、さくらが亡くなったというのは確かなことなの?」
「そうね、車……鉄でできた大きな荷車に押しつぶされた、そこまでは記憶があるの。馬車よりも遥かに速く、逃げることも敵わなかった。あの場で生きていられたら奇跡ね。それに——」
「あ、あの!」
説明を続けようとしてミスティアに遮られる。助かるわ、惨状を推測するのは気持ちの良いものじゃないもの。
「創造主様が作られた箱庭を覗けるのなら、さくら様も創造主様のお一人ではないのですか?」
「期待に添えなくてごめんなさい。私は彼らみたいに何かを生み出すことはできないの。取り出された先で私が会った創造主は四人。彼らは戯れに人ではない姿を取っていた。でっぷりとした
「そ、その中に私はいますか!?」
「もちろんよ。ミスティアだけじゃなく、フェリシア、カリーナ、グレースもいたわ。すごく楽しかったのだけど、ひとつ問題があったの。向こうでの一日はこちらの一月になる。私が居たのは十五日、その間にこちらでは十五カ月が経っていたの」
「だから長い間不在だったのですか……」
「ええ、カリーナには任せっぱなしにして申し訳なかったわ。戻って来るのが遅くなったのは、彼らが準備に時間が必要だったという理由もあるの」
「正常化と言っていた、その準備でしょうか?」
「ええ。でもその説明は少しあとでも良いかしら。喉が渇いたわ。一緒に摘めるものもいただけると助かるのだけど」
フェリシアは「もちろん、御用意出来ています」と食堂へと案内してくれた。そこで饗されたのは贅を凝らしたものではないものの、友人達ばかりの暖かく楽しいものとなった。
◇◇◇
私がやらかした最大の問題。女郎蜘蛛の会。そのことが原因で流行病が発生することになったと説明をした。誰しも意味がわからないという感想に私も全く持って同意したい。だけどその事実は変わらない。困惑する彼女達に、もうひとつの話をした。
「人々の心はコップの中身のようなもの。いろんな感情や経験が水やワインとなって、大小様々なコップに注がれていくの。もしかするとビネガーかもしれないわね。その中にコインがひとつ、それはその人の魂。これまでなら、コップに増える液量も微々たるもので問題はなかった。でも私が女郎蜘蛛の会を催すようになって、急激にその液体は量を増したの。これ以上注ぐとその人物に悪影響が出るかもしれない。ゲームを管理する者はすぐにできる対策を考えた。それはコップを替えること。溢れそうになるコップを持つ人には大きなものに、余裕がある人のコップは小さなものに中身を入れ替える。その時にコインを取り出したの。大きなコップにはすぐにコインが戻されたのだけど、小さなコップは溢れないようコインを戻すのは後回しにされた。コインが入っている人々の活動はこれまで通り、だけどコップにコインが入っていない人は、眠りから醒めなかった」
「それが流行病の原因……」
「私はそう理解しているわ」
オラクルと話を詰めて、圧縮や復元といった言葉は伝わらないだろうという結論になった。それでも一部では影響はあると思って、簡素に説明できるように考えたもの。あの時は流行病にされてるなんて考えてもいなかったし、こんな話、本当に説明する必要があるとは思わなかったのよ。もっと納得させられるように真面目に考えるべきだったわ。
「男性ばかりが影響があったというのも、女郎蜘蛛の会に参加できなかったからですね」
「……そういうことね。管理する者はこれからも女性ばかり液体の量は増えるだろうと判断したんじゃないかしら。平穏に暮らしていたはずの彼らに迷惑をかけたことは弁解の余地もないわね」
「さくら様、今のお話ですと、会に参加した女生徒のコップが溢れそうになる。だったら、それ以上にさくら様と接している私達はどうして無事なのでしょう? 相当な影響を受けていると思うんです!」
それはもう、見ていればわかるわ。
カリーナからは過保護な感じを受けるし、フェリシアにはいつの間にか絶対の忠誠を捧げられている、ミスティアなんて全身から愛されてる感じがするもの。
「疑問は尤もね。もともとライバル役のあなた達の身体には最大のコップが用意されていたのだと思うわ。それと、もうひとつ。あなた達だけ特別にコインが一枚多く入っていると考えてる」
「特別……」
「もう一枚ですか?」
「一枚は他の人々と同じ、ゲームのシナリオに沿うように用意された基本となるコイン。もう一枚はグレースやリアナに接触することで影響を受ける特別なコイン。それは性格が変わるほどのもの。もしかするとシャンティリーにもあるかもしれないわね」
コインの二枚目は特別なんて言い方したけど、私達がシナリオから逸れた時に対応させるものでしょうね。
モブの彼女達は他のキャラによって行動が左右されても、あくまでも副反応。ライバルキャラは本来主人公に敵対するように行動が決定される。選択肢を多く持たされた故に別の自我を用意されている。変化の幅が大きくなったのはきっと私が原因でしょうね。
「だったら、さくらが入った私の身体には三枚のコインがあったと説明するのかしら?」
「少なくとも、私はそう考えている。二枚だけでは説明がつかない行動があるもの」
完全に自由のある世界なら、私は四六時中エリに付いていたと思う。それが叶わないのは自然に距離を取ろうとすることからもわかる。そして私が別宅で暮らすというゲームには存在しなかった設定を受け入れているのもおかしなこと。
「道理で自分の行動が思うようにいかないわけね。さくらから身体を奪えたのは……ああ、もしかして、あの従者が創造主の一人だった?」
「そうね。あの妙に記憶に残らない人物の正体はミミズク。彼がゲームの上級管理者。彼としても今回の流行病は本意ではなかったそうよ。今もコインを失っている身体に一人ずつ戻していく作業をしているのだけど、相当数に上るので時間がかかると言っていたわ。それから……」
「今更言葉に詰まるなんて、覚悟が決まってないんじゃないの? 全部洗いざらい話してしまいなさいよ」
言えば絶対怒ると思うんだけど。私でも憤慨したのよ。
理解が早いグレースだけに、想定しているような気もするけれど……
「彼、ミミズクがグレースを攻略しろと言った張本人よ。私は同居でも良かったのだけどね、ややこしくなるし」
「アイツが……っ! 私にあんなことさせて……どうせ見てるんでしょう! 今度降臨してみなさい、絶対殴ってやるんだから!」
「だから言おうか悩んだのよ。あなた元の……優雅に振る舞っていたグレースには戻るつもりないのかしら?」
「今更な話ね。あの振る舞いが必要だったのは王族に嫁ぐからよ。まさか王族が相手に合わせて堕ちてくるなんて思うわけがないでしょう」
ニールセンも散々な言われようね。でも言われても仕方がないのよね。リアナのノーマルエンドを迎える頃には、貴公子然とはしていたものの、格好いいだけのお兄さんで終わるのよ。
グレースと結婚したニールセンは威厳のある姿で采配する。それを支えるグレースはまるで公爵領における王妃のようだった。そのエンディングを見た私は、男は女で変わるんだなと妙に感心した記憶がある。
そう考えると、これからのニールはどんな風に育てられるのか興味があるわね。
それからは少し脱線して、創造主と讃えられている彼らについて話をすることになった。
中でも一番気に入られたのはオラクルで、理由は私に優しかったから。次は
私もグレースのことを笑えない。卓上に並ぶ甘味と楽しい話で、少しばかり口が滑りやすくなっていたんだと思う。それだけじゃない、彼らのことをただの笑い話として上から見ていた。
「彼らの中で一番偉い
「私は王国を滅ぼそうなんて考えたりしません!」
頬を膨らませて抗議する姿を見て、私は笑みを浮かべていたと思う。
そして、グレースにも悪気があったわけじゃない。彼女は常に考え続ける性格だけに、思いついた事を口にしたに過ぎない。
「そうかしら? 例えばさくらが悪魔憑きだと見做されて、牢獄に閉じ込められたらどう? そのまま餓死させられて、亡骸を永久に封印しろと言ってきたら?」
十分にあり得る話だった。この会話を遮断せず、使用人が零しでもしたらすぐにでも現実になる。思いつかなかったわけではないけれど、人から聞かされると背筋が寒くなる。
自由に話すのはいいと思う。けれど今ばかりは、グレースの言葉を遮らなかったことは失敗だった。
「あ……」
突然、隣に座っているはずのミスティアが虚ろな表情を浮かべ、目が宙を彷徨う。その頬をつぅと涙が溢れ始めると、もう止められなかった。ミスティアは全ての力を喪ったように、椅子から滑り落ちる。受け身も取らず床に倒れ込んだのに痛みの声さえ上げない。慌てて抱き起こしても反応が乏しく、強く抱きしめてようやく僅かに力が返ってきた。
ここでも私はミスをした。彼女の性格についてしっかり思い出すべきだった。そして、last_orderとsee-nessによってなぜあんなエンディングを迎えたのかを。
「大丈夫よ、ミスティア。私はそんなトゥルーエンドなんて絶対に認めない。このゲームはハッピーエンドで終わらせる。そのためにはあなたの力が必要なの。手伝ってくれる?」
「……さ、く、ら、様……」
掠れた声がようやく返ってくると、抱き締める力も増していく。
「さっきも言ったでしょう。私は意識だけの存在。死ぬことはないわ」
抱き締められる力がはっきりと強くなる。ミスティアの意識も明確になったようね。
「……さくら様、絶対に、私が、守ります……!」
「ありがとう、ミスティア……もう大丈夫よね。そろそろ力を緩めてくれるかしら……」
「絶対に……!」
「あ、ちょっと、ミス……」
◇◇◇
いつものベッドとも、ソファーとも違う、どちらかというと硬めの感触。だけど、清潔な空気がなんだか懐かしい気がする。
まさかと思い出して目を開くと、そこにはミスティアとフェリシアの心配そうな顔があった。
二人の顔を見て良かったと思った途端、気になったことすら薄れていく。
「おはよう、ミスティア、フェリシア。また心配かけたわね」
「さくら様!」
「おはようございます、さくら様。でも、まだ夜ですよ」
「そう、今日はとても長い日なのね。私、こんなに長居するつもりはなかったのよ」
だけど何を思い出したかけたのだろう。
滑らかなミスティアの髪を撫でても見失った記憶には届かなかった。
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