第19話 「信用」
第19話 「信用」
「考査の日、フェリシアがこう言ったわ。 『グレース様に勝つことができたのなら、さくら様からの褒美が欲しい』と」
私が成績上位に就くことは疑わなかったようだれど、彼女自身の望みとして、本来のグレースには勝ちたかった。それは彼女が目指した区切りの一つだったのね。これから自分の道を選ぶために必要なことだったんだと思う。
だけど、目の前の二人は、そんな事情を知る由も無い。
「グレース様に勝つ?」
ミスティアの小さな疑問の声が、すぐ傍にいるカリーナの表情を曇らせた。
落胆と、それ以上に悔しそうな色を浮かべて、私をまっすぐ見据える。
「……やはり、フェリシア様と私たちでは、与えられた情報が違ったのですね……」
「えっ!? グレース様がさくら様だってことは私も知ってますよ?」
「それは私も知っている。でも、それだけじゃない……! フェリシア様には話せても、私たちには話せなかったことがある。つまり最初から……! 私は……信用されていなかった……」
カリーナの声には、どうしようもない悔しさが滲んでいた。
戸惑っていたミスティアは、次第に私を見つめる表情を不安に染めていく。
「そんな……さくら様、うそ……ですよね? 過去の記憶があって、聖言も全部知ってるって——」
「……ごめんなさい、ミスティア。カリーナの言う通りよ」
決して彼女たちを信用していなかったわけじゃない。私とエリがグレースとリアナの身体を操っているという話は随分前に語り、ミスティアが不思議がるように、もはや同一人物と言っても良かった。だから必要が来てから話せばいい。そうやって後回しにしたのが現状だ。
だから今、カリーナが私に失望するのも、当然のことなのかもしれない。
話すタイミングがなかったのは言い訳でしかない。信用を得て、信頼される、それには時間が必要だった。先にフェリシアに話したのはその方が都合が良かったからでしかない。
目の前のカップに手を伸ばしそうになって、思いとどまる。
今ここで視線を落として紅茶に逃げても、何も変わらない。
グレースだったら、決してそんな振る舞いをしない。私はさくらである前に、この世界のグレースでなければならないのだから。
「カリーナ、それからミスティア……私に機会を貰えないかしら? わだかまりがあるなら、落ち着いてからでもいい。許せないと言うのなら、私からはもう近づくことはしない。もし償いが必要なら、できる限りのことはする。だから、話を聞いて欲しいの」
これからのことを考えれば、彼女たちの信頼を得るためには、何を捨ててもいい。そうでなければ、このおかしなゲーム世界でエリをエンディングまで導くことも覚束なくなる。もしかすると、エリは自動的にハッピーエンドになるかもしれない。けれどそれは、あの悍ましいトゥルーエンドに繋がることを意味する。国が滅び、「こんなことなら、もっと早く……」と崩れ落ちる、後悔する教訓エンドなど、認められるわけがない。
祈るような無言の時間があった。
それが長く続けば続くほど、私の考えは浅かったのだと、人を操ろうとするのは傲慢だったと、絡みついた鎖が身体を締め上げてくるようだった。
やがて、暗闇に囚われた時間は終わる。
それを終わらせることができたのは、やはり彼女だった。
「さくら様。私はお姉様を、エリ様を信用すると決めています。たとえ嘘から始まった関係でも、あの方は誠実に役目を務めました。それはさくら様も同じではないですか? 最初からずっとフェリシア様ばかりに目を向けて……私ちょっと悔しかったんですよ? 賢者様は私なんて興味がないんだって。でも、今日少しわかったんです。フェリシア様には決めていた役目があったんだって。それが昨日今日の話じゃ無いんです。ずっと前……一年以上前からなんて」
ミスティアは胸元で手を組んだまま、ゆっくりと私を見つめる。
そして、真剣な眼差しで、迷いのない声音が耳に届く。
「だったら、私たちがまだ傍に居られるのは理由がある。必要ないなら、他の子たちみたいに来なくていいと、はっきりと言うはずです。違いますか?」
まさか、こんなことをミスティアが言うなんて——
「私には夢があります。聖女になって、不幸のない世界を築きたい。力及ばず聖女として認められなくても、やろうとすることに変わりはありません。だけど……私も一人の人間です。不機嫌になったり、怒ったりもします。悲しくて泣いたり叫んだり……でも、喜んだり笑ったりすることもできるんです。それは一人よりも二人、いえ、もっとたくさんいた方がいいかもしれません。だから、さくら様。お手伝いできることがあれば、お力にならせてください。そして一緒に笑ったり、泣いたり、失敗して拗ねたりしましょう!」
「……ミスティアったら……もう立派な聖女様ね」
フェリシアにも驚いたのだけど、ミスティアの成長も目を見張るものがある。
私の知っているミスティアは、どこか緩く、けれど嫉妬深かった。この世界でもその傾向はあったし、設定だからそう言うものだと思っていた。そして、もっとも恐れるのが教皇にまで上り詰めること。だけど、今のミスティアからはそんな野心なんて微塵もない。
全てを見通せるつもりになってたなんて……私の傲慢さは、もう罪ね。
けれど、納得を見せていない令嬢は一人残っている。
「……私はまだ、さくら様を受け入れることはできません。なぜなら、あなたの中にはあのグレース様の影が、今も色濃く残っているからです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます