第18話 「王女殿下の侍女」
第18話 「王女殿下の侍女」
三人はぎこちなく微笑みながら、王女殿下を「シャル様」と呼び始めた。
普段王宮とは縁のない彼女たちには少しばかり刺激が強かったかもしれない。
シャンティリーは持ち前の物怖じのなさで、真っ先にミスティアに抱き着いた。そうしてこともあろうか「お姉様よりふわふわ!」と童のように宣う。
……そうね、ミスティアは製作陣に最も愛されているキャラ。賢さだけでなく、聖女候補という設定を持ち、極め付けに——所謂妹系ロリ巨乳。女性向けのゲームなのに、何故か男性向けに用意されたとしか思えない。おまけに少し抜けた天然系という性格付けまである。
対照的に、カリーナは背が高くスレンダー体型。どちらかというとお姉さんタイプ。この一年で少し背が伸びたらしく、私よりも頭ひとつ分大きい。
主人公のリアナは程よく成熟した体型。あまり色付けすると、ゲームに集中できなくなる。男子を攻略するゲームですもの、余計な記号は必要ないのよ。
でも、悪役令嬢って主人公に勝てないと思わせる要素をふんだんに散りばめるものじゃないの?
「グレース様、何か心配事が?」
「カリーナ? たいしたことじゃないのよ。今日はエ……リアナに会っていないと思っただけ。あなたもシャルの機嫌を取ってあげて」
「はい。それは構わないのですが……リアナ様はあの方々と、ダンジョンに向かう準備をしているそうです」
「ダンジョン……ね」
それは——ゲームの世界にありがちな——遥か大昔から存在する魔物を吐き出す謎の洞穴。それらを資源として、また修練の場として、時に審判の場として使われる。
一年目は入ることができないけれど、二年目から優秀な成績を残したグループから探索に入ることができる。主人公たちは三年目には中層を抜け、四年目には遂に誰も叶わなかったダンジョン制覇を成し遂げる——学生の貴重な休暇をそんなことに使っていいのかしら? と思わないでもなかったのだけど——どきどきわくわく、そして瀕死になる盛りだくさんのイベントがあり、エリはとても楽しんでいた。
もちろん、グレースはそんな危険な探索には参加しない。この先発生する魔物が溢れ出すイベントに顔を出すものの、資金をふんだんに使って人員を確保する。あとは好きにしなさいと言った具合で、結果さえ見届けることはなかった。その態度が気に入らないと、一悶着あるんだけど……私も同じ立場なら同じことをする。同じ身体だし。
カリーナが声を潜める理由はミスティアに聞かせたくないからかしらね。
教会では聖女の選定を終え、ミスティアとして内定している。なのに、シルヴィスがリアナを聖女にと推しているらしく、他にも同調する人員が少なくないことから、内部で派閥が出来てしまっている。
そんな中、リアナがダンジョンで功績を残せば派閥に勢いが増す。ミスティアの耳に入れば、エリを聖女にしたくない彼女は奮ってダンジョンに挑もうとするでしょうね。
——順調にハーレムルートの下準備が進んでいる。
「そう……思ったより早いわね。生徒会から何か言われたのかしら?」
生徒会室に集められたあの日、成績優秀者の一部は初めから辞退していた。それはそうだろう。誰だって、避けられる災難からは逃げ出したい。
ニールセンがいる以上、選択肢は彼だけが持つはずだった。なのに、上位四人は全て女生徒。例年通りであれば、ニールセンは候補から外れる。けれど王子だから推薦が来てしまった。それも特別に生徒会長として任せたいというイベント付き。リアナ一人が一位だった場合には、ニールセンに譲って好感度を上げられる。けれど、
私としてはニールセンの選択に興味をもっていない。エリをどのように巻き込むのか、その課程を把握できれば良かった。
待たされた時間のわりに、吐き出された言葉は短いもの。
「少し時間をくれないか?」
ニールセンの答えは酷くつまらないものだった。
◇◇◇
「グレース様、シャンティリー殿下のお迎えが来られました」
「そう。それなら……いえ、私が応対するわ」
個室の片隅、ソファーを並べた簡易のベッドに、二人の美少女が抱き合うように眠っている。ミスティアも癒やしを使えば良かったはずなのに、日頃の疲れが溜まっていたか、少し前から可愛らしい寝息を立て始めた。
シャンティリーが横になったころ、女性の寝所にいるのは良くないと、少し前には小さな紳士も部屋を辞している。今やこの部屋は男子禁制である。
迎えに来た護衛には、王女は眠っているからと侍女のみ入室を許可した。渋る護衛だったが、未婚の貴族子女の寝所に入る勇気まではなかったようで、中を見ないよう扉の脇に控えている。
「次はあなただけで来なさい」
「さくら様、私は新米の侍女。自由はありませんわ」
その口調も、所作も、まるで私自身が喋っているようだった。
小さく名前を呼んでも外で待つ護衛には聞こえない。しかし言葉の意味を知っていれば、小声であろうが理解できる者はいる。
「フェリシア様!? どうしてシャンティリー殿下の侍女に!?」
ありふれた侍女服に身を包んでいるものの、その見慣れた所作は間違いなくフェリシアのもの。未だ役に就いてから日が浅いのに、その落ち着きっぷりは流石としか言いようがない。
「ふふ、カリーナは元気そうね。でも、大きな声は出さないで。シャル様が起きてしまうわ」
「そういえば、あなた。シャルを抱きかかえられるの? 本より重い物を持ったことがないのではなくて?」
「さくら様こそ、人のことを言えないのでは……っと、あまり話をしてると護衛が覗いてきそうです。シャル様をお預かりいたします」
「ええ、可哀想だけど、起こしてさしあげましょうか」
声をかけ、肩を揺すり、頬を突いてようやく目を覚ましたシャンティリーは、ミスティアを連れて帰ると駄々をこねた。そこに寝ぼけたミスティアが「はい、参りましょう」と応えたものだから、フェリシアとカリーナは大慌てだった。
「申し訳ありません、シャル様。私には聖女になるためのお勤めがあります。ずっと一緒には居られないんです。またいつか、ご一緒しましょうね」
「お義姉様……だめですか?」
「シャル、あなたのお気に入りばかりお城に入れてしまっては、陛下や他の方々が入れなくなってしまうでしょう? 代わりに、この部屋をあなたにあげるわ。ここはあなたのお気に入りが集まる秘密のお部屋。ミスティアに会いたくなったら、ここにおいでなさい。その時はフェリシアを遣いに寄越してね」
「秘密のお部屋! お義姉様、ありがとうございます!」
「フェリシアも頼んだわよ」
「はい、グレース様……相変わらず、人誑しがお上手なことで」
そう言うフェリシアの口元には、悪戯めいた笑みが浮かんでいた。
それは少し懐かしい、私を試す顔。これ以上話していると、フェリシアを手放したくなくなる。
「そんなつもりはないわ。私はしたいようにしているだけよ」
突然の訪問を十分に堪能した小さな侍女は、王女様らしく朗らかな笑みと綺麗なカーテシーを私に見せる。そして、最近お気に入りになった——私によく似た侍女——フェリシアの手をしっかりと握って去って行った。護衛にはチラリと中を覗かれたけれど、不審なものは何もなくてよ。
「さくら様! どう言うことなのか、説明していただけませんか!?」
「そうです! フェリシア様が学園からいなくなったと思ったら、シャンティリー殿下が侍女で、フェリシア様がその侍女で……えっと……」
護衛の不審をやり過ごしたら、次はあなたたちね。
「慌てないで。本当なら、エリがいるときに説明したかったのよ」
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