第16話 「実力考査」
第16話 「実力考査」
私たちがこの身体で目覚めてから、一年が経った。
その間にあったことは、
——リアナの教科書が消え
——外套が泥にまみれ
——護身で使う盾の持ち手が壊れ
——実技の相手が揃わない
物品の欠損や、不足など枚挙にいとまがない。
当然、私やフェリシア、カリーナ、ミスティアはこの不快な悪戯に関わっていない。なのに、悪評が付き纏う。
それは私たちの身近にいる、
そのうちの幾つかのグループを捕まえ、
「まったく、真っ先に三人を引き入れた意味がないじゃない」
「あはは、やっぱりそうだったんだ」
「グレース様、私達にも教えてくださっていれば——」
「気持ちは受け取るわ。でも、私の取り巻きが居たのよ。カリーナが動いても難しかったと思うわ」
カリーナでは同格の伯爵家に対して強く出ることはできない。子爵家であったとしても、彼女自身の魅力が通じない相手では分が悪い。こればかりは最弱の伯爵家という設定を与えた、悪意あるシナリオライターに不満を向けるしかない。
「教会のコネという言い方は好きではありません。お姉様は請われて教会で学んでいらっしゃるのに……」
ミスティアは相変わらずリアナ——エリを慕ってくれている。大聖女というのが嘘だと告げた後も、「やってきたことに変わりはありませんから」と、奉仕活動を努めたエリを受け入れてくれた。ついでに私もさくらと名乗り、賢者呼びをやめさせた。
「上に不満をぶつけるのが叶わないなら、下に当たる。自分より下がいないのであれば、目立つ存在の足を引っ張るのよ」
「随分と詳しいこと。まるで見てきたように話すのね」
「……さぁ、どうだったかしらね」
フェリシアは私との和解が成立し、ラウザール家の圧力が弱まったことから、取り巻きたちを解散させた。その後、私の傍に侍るようになり、私も取り巻きだった三人を解放した。そのことが後に後悔することになるのだけど、あの時の私はシナリオを修正することに頭がいっぱいで、日常の補佐は彼女に任せるのが最も適任だと思い込み、周りが見えていなかった。
ほんとう、完璧とは程遠いわ。
「賢者様、そろそろ落ち着いたかしら?」
もうひとつ、フェリシアは大きく変わった。
以前から言葉遣いや所作、態度を真似ることが多かったのだけど、それを自分のものとしただけでなく、急激に成長して背が並んだ。まるで目の前にもう一人の私が現れたかのようだった。
髪の色や目の色、顔の作りなど違うけれど、振る舞いが全く同じ。変装すると騙せるのではないかと思うぐらい。
ただ、私の一部は成長を止めており、そればかりは大きく差をあけられることにはなったのだけど。
「……そうね。フェリシア、先に行って、道を空けてくださる?」
「御意のままに」
今日は学園二年目最初の実力考査、その発表の日。
普段は目立たない生徒も、今日ばかりは栄誉を受けることができる。成績優秀者になれば名前が張り出され、それが将来の登用や売り込むネタにもなる。そのため、ペンだけで挑むことができるこの試験は競争が激しい。
そして、上位者は生徒会に入ることが推奨されている。
上級貴族の子女であれば優秀な成績がなくても生徒会に推薦されるが、そんなものはプライドが許さない。グレースとしては実力で上位に居なければならない。そして今年は最高位の
けれど、今の私に負けは許されない。
先を進むフェリシアが何事か声をかけると、掲示を取り囲むざわつきは途絶え、人の道が開かれる。その先にある白い壁に、数十名の名前が貼り出されている。私たちはその中央部へと足を向けた。
特別成績優秀者
一位 グレース・ローゼンベルク
一位 フェリシア・ロレンツィオ
一位 リアナ・ウィンスロー
四位 カリーナ・シュトラウス
五位 ニールセン・ヴァンデルベルク
五位 ミスティア・ラファエリーニ
七位 カルフェス・ラウザール
八位 ベルトラン・マーセルローズ
九位 アルフレッド・フォーガードン
十位 カタリナ・ランデンベルク
見事、私たちの名前が上から連なった。
唯一ミスティアだけは爵位の低さからニールセンの下となったけれど、結果は上出来。
驚いたのはフェリシアが私たちに並んだこと。彼女はカルフェスを立てるため、わざとミスをすると思っていた。
「フェリシア、ごめんなさい。それからおめでとう」
「ありがとう存じます。グレース様、今回は私が勝ったと思っても?」
「あら、結果は順位に出ているのではなくて?」
「ふふ、そうですわね。この場は言葉一つ多くいただけた事で満足といたします」
クスクスとフェリシアらしくない笑みを残し、彼女はいつものように「御前を失礼します」と言って、私の前から去っていった。そしてフェリシアを学園で見るのはこれが最後となった。
「グレース様、私も勝ったと思っていたのですよ」
さっきまでの静寂とは打って変わり、辺りがざわめき立つ。私の後ろから前に出たリアナは実に、堂々としたものだったから。
「見くびらないでいただけるかしら。初めから負けるつもりなんてなくてよ?」
「わかりました。次こそ勝ってみせます!」
「ふふ、試験に上限があるのが無粋ですわね」
ゲームでは必死に勉強するリアナの姿があった。プレイヤーとしてはニールセン攻略のためだったけれど、何が目的であったとしても、それは褒められるべき努力だった。
手を差し伸べると、指先ばかりに堅さがある手が握り返してくる。このシーンはゲームでは存在し得ないもの。それができたことに、私は満足を覚えていた。
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