第15話
「ありがとう、フェリシア。おかげで方針が決まったわ」
子供の格好では信用してもらうのも苦労するだろうし、解決に時間の読めない問題児達は後回し。なによりpeace_makerとの約束がある。
「本当に当家に来られませんか? こちらよりもずっと安全なはずです」
「身分としては男爵令嬢、ほとんど平民よ。いきなり伯爵家に転がり込むには……少しばかり行儀が悪いわ」
子爵であれば友人と言えたかもしれない。けれど男爵では扱いは低い。辛うじて留学生というのを利用するのであれば、同輩となるライテリックからの紹介にするべきね。実の娘とはいえ、侍女が案内してくるのであれば……私だったらスパイを疑う。
「侯爵家御令嬢の行儀に見えます」と、わざとらしく褒められても折れるわけにはいかない。連れて行かれたら、館から出してもらえなくなりそうだもの。
「わかりました。一つだけ約束していただけたら、招待するのは諦めます」
「ここまでいろいろ教えてくれたもの。叶えられることならいいわよ」
「さくら様、必要があるのなら……我慢します。ですが、私……達から隠れないで下さい。お願いします」
フェリシアにしては珍しく、深々と頭を下げる。あの日、私の侍女になりたいと言った時以来かしらね。あの時よりも不安そうな顔で言われちゃ、断れないじゃない。
「わかったわ。できるだけ時間を作る。だけど、シャンティリーとライテリックにはまだ内緒にしておいて。こんな姿を見せたら驚かれるわ。それからエリとリアナ、ミスティアはこちらの準備が整ってからね」
「随分と注文が多くありません? でも、それだと残るのは私だけになりますよ」
「いいじゃない。私の正体を知っているのはあなただけなんでしょう? フェリシア」
◇◇◇
「カリーナはどうするんですか、って聞くから」
「会いにきた、と言うわけですか……」
カリーナは私を見て、呆れ顔で書類整理していた手を止めた。
ここは図書館の収納庫の一つ。成績優秀者であるカリーナが、生徒会役員ではなく司書に就きたいと願い、特別に許可を得て借りた場所。今はグレース派の拠点でもある。
残念ながらグレース本人は不在で、事務仕事をしていたカリーナと他数人が残っているだけだった。
私のことは留学生のグレース・ラヴァレンを名乗り、学園の代表であるグレース様にご挨拶したいと連れて来てもらった。通り過ぎる顔はどれもぎょっとしていたが、背も雰囲気も違えば別人として扱われるでしょ。まさか中に入っている人が同じだとは思わないはずよ。
面談を許された私は、「野薔薇の会から紹介で来ました」とカリーナに告げた。
「……ご本人ですか?」
「はい。ベルシア自治領、ラヴァレン男爵家の長女グレースと申します。フェリシア様から紹介状もあります」
表情のない、作ったような顔で上から下まで私をゆっくりと眺める。そしてしっかりと目を合わせた。
「フェリシアは何と?」
◇◇◇
中座することを他の司書達に告げると、カリーナは私を抱き抱えるようにしていつもの喫茶店に運び入れた。別に逃げたりはしないわよ。それより、同僚の従業員に不審な目で見られているんですけど?
「あれだけの会話でよく私だと気づいたわね」
「……」
「司書の仕事、似合ってたわよ」
「……」
「それいつまでするつもり?」
「……」
「迷惑かけたのはこちらでしょう? 一年以上も不在にしてしまって、ご——」
「ずっと! ……ずっとお待ちしておりました」
「それ辞めてくれないかな?」
カリーナは両膝を突き両腕は胸の前で交差し、あまつさえ床に付けるほど頭を下げている。この世界の土下座みたいなものかもしれないけど、されている方はまるで神様扱いされてるみたいで心地が悪いのよ。宗教的な設定は後で追加したのかしら。
ともかく、途中で存在を消して迷惑をかけた、後を任せてしまったお詫びとお礼を言いたかったのだけど……
それからも言葉は発せられないまま、時間だけが過ぎていく。本当に頑固なんだから。
「カリーナ、立ちなさい。聞けないのなら、侮辱と受け取るわよ」
「はい! 申し訳ございません!」
ようやく立ち上がり、顔を見せてくれたカリーナは頬を伝うものを隠そうとはしなかった。
「まったく、貴族失格じゃない」
「お側で働かせていただければ本望です」
「変わらないのね。ただいま戻ったわ、カリーナ」
「お帰りをお待ちしておりました、さくら様」
訂正が必要かもしれない。カリーナは少し変わった。正面から抱き締められ、ぎゅっと暖かなものを伝えてくる。こんなに情動的な彼女を見るのは初めてかもしれないわね。以前なら私の一歩後ろに控えていたのに、今はまるで心配性なお姉さんね。だから私も優しく抱き締めてこう言ってあげたの「ただいま、カリーナ姉さん」って。
◇◇◇
「それにしても、随分と背が小さくなられましたね。発育は良いようですが」
「ふふ、少しぐらいは女性らしい魅力を持ちたかったのよ。でもあなたと比べると確かに小柄ね。もしカリーナに少女を拐かす趣味があるなんて広まったらどうしましょう……」
実際のカリーナは堅物で、エンディングでも夫を支える妻役がよく似合っていた。それだけに変な属性を付けられるのは可哀想だ。そんな事を考えていても、「一人の方だけ見ていれば、その方を大事にしていると理解してくれます」と格好いい事を言う。
今のカリーナと私は、正に大人と子供だ。前までは頭半分だけだったのに、今は胸よりも下。145センチメートルぐらい? あれ? ミスティアより小さくなってない? 彼女の設定は150センチメートルだったはずよね? フェリシアにも
「駄目ね。カリーナが側にいると油断してしまうわ。あなた、私を甘やかし過ぎよ」
「褒められたと思っても?」
「これでも、言葉は選んでいるつもりよ」
「ありがとう存じます」とは聞こえるけれど、後ろにいるからどんな表情をしているのかわからない。肩を掴まれてるから椅子からも動けないのよね。逃げないって言ってるのに。
「……やはり、グレース様と対決されるのですか」
「ええ、この身体は仮のもの。それに、グレース・ローゼンベルクの身体でなければできないことがあるの」
心配そうにする声音には震えが混じっている。彼女はローゼンベルク家に従属するシュトラウス家の令嬢。グレースの行動に不満を持っていたとしても、従う事が定められている。この設定、いくらオラクルにシミュレーションさせても導き出せなかったのよね。「
今も揺れているのは束縛があるから、だけど安心して、私はあなたを利用——
「さくら様、グレース様をどちらにご案内すれば良いですか? 自由意志で来て貰ったほうが良いのですよね?」
——するつもりはなかったんだけど?
「カリーナ?」
「はい、なんでしょう、さくら様」
「シュトラウス家はローゼンベルク家に多額の借金があるのでしょう? グレースを貶めるような真似をして平気なの?」
「はい、さくら様がグレース様になっていただければ、全て解決します」
あ! なんてこと、どうして思いつかなかったの……私がグレース・ローゼンベルクに戻ればシュトラウス家の借金を見直しができるじゃない。もしかして、元本相当はもう返済済みだったりする?
孤児院の寄付も金額は父親が気分次第で変えるため、多いときは一部をカリーナに預け、いつでも引き出しできるようにしていたらしい。少ない時は足して寄付をしていた。そんなグレースの根は良い子?と思ったら、預けた分はシュトラウス家で投資させて運用益が出ればグレースに還元させていたらしく、手間がかかる割にはリスクが大きい。元本が割れても保障はしてくれないので、グレース個人への借金が増えていたそうだ。これはシュトラウス家にも問題があるわね。
「そう……だから寄付が少ない時に、お菓子を持って行こうとすると驚いたのね……」
「はい。寄付の額は減りましたが、大いに喜ばれていたのでとても感心しました」
「なるほどね……でも、カリーナ」
「なんでしょうか?」
「シュトラウス家は伯爵家なのだから、投資程度で損を出すのは善意が過ぎるわ。顧問を見直しなさい」
「……はい」
あ、これって無理なパターンね。きっと父親は言われたまま従うタイプだわ。彼女が勉強に打ち込み、本を読んで知識を得ようとした目的の一つ……あぁ、だから嫁ぎ先は地方領主なのね。領地を富ませれば実家に仕送りができる。王都内ではどうやっても資金稼ぎなんかできないものね。自由になんかなってないじゃない。see-ness、今度会ったら絶対文句言ってやる。
「だけどなるほど、カリーナがグレースを心配していたのはそう言うことだったのね」
「お気を悪くされましたか?」
「いいえ。カリーナはもっと自由になっていいと思っただけよ。全てが終わったら、勉強も柵も全部忘れて皆で遊びたいわね。どこかの領地に籠もって、お客様の相手もしないの。食べて、飲んで、遊んで、寝るの。そうやって十分英気を養ってから、本当の人生を始めたいわ」
「本当の人生……」
別に深い意味はない。ただただカリーナという女性はもっと自由があれば笑ってくれたんじゃないかって思う。ヒステリーを起こすグラフィックは用意されていたけど、笑顔はない。ライバルキャラは皆、笑っているシーンがないのよ。ゲームだから仕方がないのかもしれないけれど、この世界では皆に笑っていてもらいたいわ。
「それじゃ、そろそろ作戦会議をしましょうか。今のグレース派で操りやすそうな人はいる?」
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