第14話
「久しぶりにこの世界に戻ってきたのだけど……」
私にとって実時間は二週間と一日、けれど経過した時間はおよそ十五ヶ月。残り二ヶ月というところかしら。
「お婆さんになる前に戻って来られて、良かったとしましょうか」
私が出現した場所はいつもの喫茶店。鏡に映る給仕服の少女は、基は給仕をしていたモブキャラ。台詞も特に用意されていなかったことから、圧縮や格納から除外されていたらしい。そんな彼は私に乗り移られ、顔どころか性別、出生まで変えられてしまった。
「顔はグレースに似ているわね。私生児と言われても違和感はないかも」
元々のキャラクターデザインしていた人は会社を辞めたらしく、今回は別の人に用意してもらった。ここまで似せてくれたのなら要望通り。私も頑張らないと。
peace_makerと話をして——キャラメイクに時間かかったけど——グレースを攻略するために新しくキャラクターを登場させることになった。
今の私は十四歳のグレース・ラヴァレン。男爵家の令嬢。本来は学園に入る資格は無いけれど、ベルシア自治領からの留学生として特別に入学が認められる。特徴は混じり気のない金色の髪。本物のグレースは自分の髪に赤みがあるのをあまり気に入っていなかった。だからこそ、同名でよく似た顔、理想の髪を持つ私を見て目を逸らすことはできなくなる。
『攻略といっても、仲間に入れる必要はない。負けたと思わせて、心が不安定な状態を作ればいい。そうすればグレースの意識を奪える』
『事も無げに言うけど、グレースを負かせるのは大変なのよ。何より身体を奪うって、ゴーストハックみたいじゃないの』
「やはりSFもいけるクチか?」と脱線しかけたので、強引に話を終わらせ、最終的に誕生したのが私。身分は作れたけれど、給仕のデータを再利用する事になったので居候兼喫茶店でアルバイトをしている事になっている。ベルシア自治領は他国を真似、無理に貴族制度を作ったので爵位はあっても貧乏という設定。王国としては懐の深いところを見せ、留学生を受け入れる。生活費はプライドがあるから自活させるそうだ。他にも色々ややこしいことになっているが、矛盾に気づく頃には全てが終わってるだろうと、see-nessがお墨付きをくれた。
最後に四人からは「この世界を楽しんでくれ」と言われたけれど、ろくに説明をしない彼らを信用することは出来なかった。
「それはともかく、私がやることは——」
ノックもなく、カチャリとノブが回され扉が開けられる。個室ではあるけれど、ここは喫茶店。空き部屋なら客が入ってくるのは当たり前。
スカートの裾が目の端に映る。この部屋を使うのは貴族かそれに類する者。顔を見ないようにすぐに頭を下げて「いらっしゃいませ、どうぞお使い下さい」と告げて立ち去ろうとした。すると「お待ちなさい」と声がかかった。
「あなた……見ない顔だけど、ここの給仕かしら?」
「はい。本日より仕事に就いております。部屋を整えるのに時間がかかりました。申し訳ございません」
どうして、と頭にハテナが浮かぶ。忘れるはずもない、この声の持ち主はフェリシアだ。侍女が一人で行動できるわけないって言ってなかったっけ? シャンティリーも一緒に来てるわけ、ないよね?
「ちょうどいいわ、今日はあなたがこの部屋に付きなさい。後でもう一人来るから、いつものを頼むわ」
「かしこまりました」
フェリシアからはじっくり観察される気配はなかった。それでも彼女の性格を考えると、配膳している間に調べようとするはず。ボロを出さないように気をつけないと。グレースを攻略するまでは迷惑かけられないしね。
厨房で用意してもらったティートローリーにケーキスタンドを載せ、温められたカップとポットを運ぶ。コンコンコンとドアをノックすれば、遮断の魔道具が使われた部屋にも音が届く。トントンと低い音が返ってくれば入室の許可が得られたということ。いざ自分で使ってみると、案外面白い仕組みになっているのね。
「失礼いたします」
頭を下げて部屋に入ると、ゆっくりと扉を閉めてからテーブルまでティートローリーを移動させる。どうやらまだ相手は来ていないみたい。一人分だけ配膳を済ませると、フェリシアは薫りを確認するようにカップを持ち上げ、頷いた
「立っていないで、座ったら? さくら様」
「えっ!?」
なんでもうバレてるの!?
「随分と可愛らしくなって、今度は何をするつもりでしたの?」
「え……と、何を言っておられるのか——」
「さくら様、私、女郎蜘蛛の会の後から飲むお茶を変えたんです。このローズの華やかな薫りのお茶は一年以上飲んでいなかったのよ。どうしてこれがいつものだと知っていたのかしらね」
フェリシアったら、用意周到すぎるでしょう!
一年以上よ?
でも……ずっと待っててくれたんだ。
「あなたには負けっぱなしね……ただいま。フェリシア」
フェリシアは私の腰を捕まえると、嗚咽を隠すように給仕服のエプロンに顔を埋める。しがみつく強さが嬉しく、なのに年上の彼女が随分と幼く見えて、ぎゅっと抱き返す事しかできなかった。
「おかえり、なさい……さくら様」
◇◇◇
私が
すると、彼女は不審な行動を繰り返し始めた。いつもなら落ち着いてカップを戻せるのに、カチャカチャと大きな音を立て、何度か繰り返してようやく手を離す。頬に手を当てたと思ったら、またカップを持ち上げ、すぐに下ろそうとする。その間に口から出てくる言葉は「どうしよう」とばかりだった。
「フェリシア、落ち着いて。どうかしたの?」
「はい! いいえ! その……っ!?」
深く深く呼吸をしたあと、フェリシアは言葉を吐き出した。
「さくら様、ライテリックに嫁ぎませんか!?」
「何言ってるのよフェリシア! 正気になりなさい!」
「いいえ、十分正気です! 今ならさくら様の正体は私しか知りません! ですから安全に匿うことができます。そして、留学生を娶るというのなら本邸に連れ……招いてもおかしくはないのです!」
「いや、まって。おかしいから! 留学生を勝手に娶っちゃだめでしょ。国際問題よ。それに安全に匿うって何? 今、学園で何が起こってるの?」
錯乱しているフェリシアをなんとか宥めて話を聞くことに成功する。だけどそれは私自身が正気を疑うことになった。
「……なんてこと、まさかそんな事になっているなんて……」
私、
この王国は——私が原因で始まった——未曾有の事態に陥っているらしい。
二年ほど前から男性ばかりが寝入ったまま目を覚まさない、原因不明の病が流行している。近頃は新しく罹患した男性はおらず回復する人も出ているそうだけど、罹っていない男性も屋敷に閉じ籠もりがちになっている。
そんな状況を利用するかのように噂が立った。国は罹患していない男性に複数の伴侶を認める。もちろん、目覚めた男性にもその権利はある。要は、産めよ増やせよ政策を打ち出すはずだと。胡散臭い話だけに、貴族の大人たちは無視か様子見、民は複数の嫁を養うなんてとんでもないと近寄らずにいる。
問題が発生したのは学園。噂に踊らされた生徒が行動を開始する。男性の囲い込みだ。数人までは火遊びの延長で済んでいたものの、高位の貴族も巻き込まれ始める。立場を表明しない限り噂されてしまうからだ。やがて規模が大きくなり、派閥ができた。現在の派閥は大きく分けて三つ。一夫一妻を掲げるグレース派、病を治癒する事を掲げたミスティア派、自由主義のリアナ派。
グレース派は噂に惑わされず、旧態依然を貫く方針で、主に高位貴族が集まっている。将来起こり得る問題を拡大させないようとする保守派でもある。
ミスティア派は治癒を名目に、教会に男子生徒を集めている。目覚め次第、恩を着せるようで結構あくどい。でも成婚率は高そうね。
リアナ派はリアナに従う男性のレベルが高く、男性女性ともそのお零れに預かろうと集まっている。ハイエナかな?
割合としては3対5対2。ミスティア派を優位にしてるのは、
それにしても、
「さすがはグレースね。この事態でも己がぶれないもの」
「さくら様? エリ様の派閥に入るのではないのですか?」
「フェリシア、エリは楽しんでる?」
「はい。ライテリックの話では本人は楽しそうですが、周りはギスギスしているようです。ですから、さくら様が入られて仲を取り持っていただければ——」
「そう、なら大丈夫ね」
どんな形でもエリが楽しんでいるなら、私は必要ない。エリが楽しくなかったり、何かを求めているのなら私の出番。きっとエリにはまだ私が必要じゃないのよ。その事が今はとても嬉しい。
ルートは主人公であるエリが決める。私には別にやるべきことがあるもの。
「フェリシアはどうするの? 今ならあなたも選び直せるのではなくて?」
「あら? 私自身のことならずっと前から決まっています。誘われた時からさくら派です。見縊らないでいただけます?」
フェリシアに先ほどまでの慌てようはなく、冷静に話ができている。それは安心できるのだけど、カップに口をつけたまま、こちらを見向きもしない。なんだか初めて会った頃のフェリシアを思い出すわね。あの頃より刺々しさはないんだけど、妙な信頼感がちょっと怖いわ。
「えーと、あなたの一生まで拘束するつもりはなかったのだけど? 参考までに聞かせて、何がそこまであなたに響いたの?」
「それは控えさせていただきます。口にしてしまって行動を変えられては困りますから」
何度聞いても答えは変わらず、結局フェリシアから私のどこに魅力があるのか教えてもらえなかった。それがわかれば武器にできたかもしれないのに。
暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐に鎹、馬耳東風……よし、諦めた。
「そういえば、結局なんだったの? 私を安全に匿うって」
話しづらそうにするフェリシアの口が開くのをずっと待つことにした。それでも、注がれたお茶が冷めるほど待たされることはなかった。
「……少し前に、リアナ様がすこぶる機嫌が良かった日があったそうなんです」
「リアナが? エリじゃなくて?」
「はい。ライテリックはその場には居なかったそうですが、エリ様ではないタイミングだったと言っていました」
リアナであることを証明するのがエリではないこと、というのがなんだかややこしいわね。でも二人とも、変わらず付き合いを続けてくれたことは感謝するわ。
「元気そうで良かったわ」
「話はそれだけではありません。同じ頃、ミスティアが、野薔薇の会を開くことを提案してきたんです。それまで一年以上やり取りを拒絶していたので不審には思いましたが、様子を知りたくて会を開くことにしました。参加者は私、ライテリック、エリ様、ミスティアの四人。カリーナは不参加でした。この場で集まったのも久しぶりで、挨拶を交わしていたんです。そうしたら皆が着席するのも待たずミスティアはこう言いました。『さくら様のお出迎えは何時ですか?』と」
「えっ……」
「もちろん誰も答えられません。それなのに、まるで知っているのが当然のように『リアナ様を呼んでいただけますか?』とエリ様に言うんです。エリ様も困惑した様子で、『リアナも知らないと思う』と答えました。するとミスティアは一口だけカップに口をつけて『次は前もって教えて下さいね』と金子を置いて出て行きました。その姿がとても……」
「それはいつのこと?」
「確か……一月ほど前です」
この世界の一ヶ月と言うことは、あっちのサーバーでは一日。つまり、オラクルと別れて直ぐに移動していたら鉢合わせしていた?
いえ、何日かの前後はあるはずだから、同日とは限らない。だけど、ミスティアは近日であることを把握していた。どうやって?
「他にミスティアは何か言っていなかった?」
「特に……いえ、エリ様に『これまで無理に教会に誘ってしまって申し訳ありません』と言っていました。エリ様は学園内に居ることがほとんどでしたから、『今の教会は、苦手な雰囲気なの。ごめんね』と返していたと思います」
派閥ができているのなら、教会に行きにくいのは分かる。シルヴィスが居れば……良いのかな。このシナリオは私の想定外だから、判断は保留ね。
気になるのはミスティアはエリではなくリアナが知っていると思ったこと。それは同時期、リアナが機嫌が良かったことが関係ある?
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