第13話
いつもの喫茶店に呼び出された私は頭を悩ませていた。
「グレース様の行動は変わらず、ね……」
「僕にも接触してきて、フェリシアを復学させろって伝言が来ました。恩を着せて手駒にしたいそうですよ?」
「今のグレース様にそんな権力があるわけないでしょう。誰が協力してるのよ?」
「忠実なのはカリーナ様ですね。蜘蛛のメンバーはそれなりに。全体を見れば少しずつ離れていってるようです」
「ああ、なるほど。カリーナがいれば騙されるわね。それより、蜘蛛って言い方は止めなさい。女郎蜘蛛の会の参加者はきちんとした家柄の方ばかりよ」
「そうですが……グレース様が現れると集まって、また散らばって行く姿を見ると、どうしても小蜘蛛のようで……」
女郎蜘蛛の会の殆どに参加したけど、一言二言貰うと誰もが頬を染める。確かに美形ではあるけれど、それなら今のグレース様も容姿は変わらないはず、なのに人気が翳るのは中身が違うから。いくら別の記憶があるからと言って……
「さくら様、人誑し過ぎでしょう……」
「全くですね。それで、姉様の方はどうなんです?」
ライトが気にするのはシャル様の様子。女郎蜘蛛の会が催されなくなり、シャル様はついに我慢ができなくなった。理由を説明するのに、グレース様を隠れて見ていただくことにした。幼いけれど、利用しようとする大人を見極めるだけの目を持つ方、予想通りすぐに不機嫌になって城に戻ることになった。馬車で運ばれる間は癇癪を起こして大変だった。私がグレース様の中からさくら様が消えた事を話したからだ。
「……シャル様の機嫌が直るわけないでしょう。「お兄様、あの方と婚約は取り止めてください」と直接言うぐらいよ。頭を下げて聞いていなかったら、酷い顔してたのに気付かれたでしょうよ」
「普通に聞けば、兄を慕う妹なんでしょうけど……」
どうにも、さくら様が話したシナリオに沿って進んでいるらしい。ミスティアとは連絡が取れなくなった事も気になる。ここしばらくは教会に籠もり、学園に行くのは最低限だけ。それでいて実力考査ではエリ様と並んで一位を取ったと言うのだから大したもの。ただ、エリ様を執拗に教会に誘う姿は正気ではなさそうだと聞いている。
今日、ライトが喫茶店に私を呼んだのには、情報共有の他に理由があった。
「僕達がシナリオから切り離されたのは何か理由があるのかな?」
「いくつか考えられるけど、一番は拠点かしらね」
「拠点? 家の事? だったら、僕は本邸だから変わらないけど?」
「さくら様が行動の軸にしていたのはシナリオに記されたイベントの場所。ライトが孤児院に良く行くように、私も学園のいくつかに候補がある。私達はそこを避けるようになった、そうするとシナリオは私達を捕捉できない。だから指示を与えられないんじゃないかって思ってる」
「なるほど。さくら様が不在になり、シャンティリー様とミスティア様は拠点に籠もるようになった。現在はシナリオに沿うよう、影響を受けている……と言うことは、カリーナ様は?」
「元からグレース様の支配下にあったということよ。取り巻きがいなくなったグレース様に、ほぼ全ての雑事を任されているのでしょう? さくら様が存在したおかげで自由に行動出来ていたのが、元に収まった。そう言うことでしょ」
「そうなると……味方は僕達だけ?」
「誰のよ?」
「さくら様」
恐らく。でも、どうして私達姉弟だったのかしら?
現状を確認すると、私はシャル様を経由して王城の情報が得られている。ライトは今年から学園に入学して、エリ様と交流を得ている。さくら様には私とエリ様の間を取り持つように言われているそうだ。このことを踏まえると、接点として使われるのなら、エリ様をシャル様に会わせる。もしくは王城へ連れて行くのが正しい? それともまだ出会っていない方と繋ぐため? まだ確実なことは言えないわね。
「……もう一年が経つんですね」
「しゃんとなさい! さくら様がエリ様を見放すわけがないでしょう。必ず戻ってくるわ。それまでに必要な準備をするのよ。あなたはリアナを喜ばせていなさい。決して彼らのように取り込まれては駄目よ?」
肩を落としていた弟の背を叩くと、私の手の方が痛かった。弟はニコリと笑みを浮かべると「そうだね」と小さく言った。その少し大人びた顔を見ると、なんだか無性に腹立たしくなる。
「ライテリック・ロレンツィオ」
「……なに、急に。すごく嫌な予感がするんだけど?」
「さくら様が戻られたら、正式に本邸にご招待しましょう。あの方が婚約の解消されるか、破棄されるかは火を見るよりも明らか。それなら、瑕疵のある侯爵家の令嬢を賜るのに伯爵家あたりが丁度いいと思わない?」
「な、なに言い出すのさ。そんなことありえないよ!」
そんなに顔を赤くして、隠すつもりがないのかしら? 誰もあなたになんて言ってないわよ。
「さくら様、近寄らせた殿方はあの方を除けば、ライテリックだけだそうよ」
さくら様自身はあの方に敬称すら付けないから、比べるべくもないのだけれど。それに……あのことは私の口から言えることではないわね。
ライトも信じられないと口にしてはいるけれど、顔がニヤケっぱなしよ。
「まぁでも、戻って来られなかったら……」
「……戻って来られなかったら?」
ふふふ、ほら食いついた。人前で表情を見せるのが悪いのよ。
「我が主様に推挙してみようかしら? 面通しの必要もないでしょう?」
「え……えええええええぇぇぇぇぇ……っ!?」
ふん、いい気味だわ。弟が姉に大人ぶるなんて許せるもんですか。
でも本当に王女殿下が降嫁することがあったら……それはそれで楽しみね。もちろん専従として付いていくわよ。
◆◆◆
ついにゲームの世界に戻れる準備が整った。第六世界と名付けたシミュレーションはほぼゲームの世界を再現できた。その中に居てもよかったんだけど、相手はオラクルだけだったからちょっと寂しかったのよね。ちゃんとリアナになってと言えば、破天荒な主人公になったり、グレースになってと言えば、高慢な令嬢を演じてくれる。ふと思いついて、
『さくらと別れるのは残念です』
「そうね、私も残念よ。オラクルと一緒にいて楽しかったわ。だから楽しい思い出を残しておいてね」
『花鳥風月、共に刻んだ美しさは永遠です』
「ふふふ、そうね……そうだ。オラクルだったら、私のシュミレート?エミュレート?ができるでしょう? いつか成長した私と比べてみましょう。ちゃんと似せてなかったら、今度こそ怒るからね!」
『私のシミュレーションに問題はありません。それはさくらも理解していました』
「理解と納得は違うわ。だから次は私を納得させること」
『了解しました。ご期待に沿うことをお約束します』
「楽しみができたわ。それじゃ、またね。オラクル」
『いってらっしゃいませ、さくら様』
そう言って二週間、私と共にいた白うさぎのアバターは姿を消した。今も見ているのだろうけど、話すことも話しかけることもしない。オラクルとの別れは済ませたもの。
代わりに現れたのは、
でっぷりとした
「初めまして、で良いのかしら? peace_maker」
「ああ、今更という気もするんだがな。俺があの世界から連れてきた。悪かったな、Alice」
「事情は聞いているわ。やりすぎたことを謝るべきはあなただったのね。ごめんなさい。それから……早く戻してくださるかしら? 一分一秒でも惜しいのだけど?」
last_orderがsee-nessをログアウトさせた理由がわかった時は憤りもしたけれど、納得もできた。このサーバーとゲームの世界では時間の進み方が違いすぎる。test_userなんかは「時間のロス」なんて簡単に言っていたけど、とんでもない。一日が一ヶ月も経つなんて聞いていたらじっとなんかしていられなかった。だから動けない体にされたのだとも理解できる……けれど、八つ当たりしたい気持ちでいっぱいだった。
ここに来て二週間、およそ十四ヶ月が過ぎたことになる。図書館のイベントはゲームの中盤にあった。それだけの時間が経てば、間もなく卒業を迎える。このままではグレースの身体を取り戻すことなく、ゲームが終わってしまうのよ。
「本当に、AIと俺達で対応がまるで違うんだな。手早く説明するから大人しく聞いてくれ。向こうの世界に戻す前に注意がある。というか、
◆◆◆
「君と幻想の楽園で」の登場人物であるグレース・ローゼンベルク。ニールセン・ヴァンデルベルクの婚約者。元よりハイスペックな彼女は容姿も端麗。そして努力家だ。それでも本質は悪。貴族社会において王家を除けば最も高い位置にある公爵家、その最初の一員になるためにと研鑽を積んだ。理由は人を侍らせ、讃えさせる。その程度だと思わせていた。本音は全ての貴婦人を下に見ること。それがたとえ王族であったとしても。グレースにとって男達はどうでも良かった。ただ一人、欲しかったニールセンが手に入るのだから。そして幼少からの付き合いは掛け値なしの愛情へと変わる。あとはニールセンが受け入れると口にするだけ。そんな時に現れるのがリアナであり、ゲームの本編だ。彼女は本編終了後でさえニールセン以外に心を許すことがない。親に対してですら。
「どうして
そんなグレースをどうやって攻略する? 正直、自分がグレースになっていて良かったと感謝したかったぐらいよ。リアナもニールセンにさえ手を出さなかったら、嫌味を言われるだけで終わったのよ。
「大人しく聞いてくれと言っただろう。人形だから大人じゃないと屁理屈言うんじゃないぞ」
「ぐぬぬ……」
今度こそ、動かない体が恨めしい。今夜は焼鳥が食べたいわ。食べられないけど。
「……無表情なのに迫力を出すんだな。まぁいい。これはあんたがグレースの身体に戻るために必要なことだ」
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