第13話 「共闘」

第13話 「共闘」


「それは、どういう意味、でしょうか……?」


 フェリシアでさえ、さっきとは違う怯え方をする……完全に言葉の選択を間違えたわ。

 そうよね、あれだけ厳しいことを言って、生まれ変わり? 来世で再会ということ? 二人とも死ぬとか思われてもおかしくないわ。グレースはそんなキャラじゃ……


「ごめんなさい。私も冷静ではなかったようね。二人とも席に戻って、少しお話ししましょう」


 二人は先程の席に戻ると、少しだけ椅子を動かして私と距離を取った。そうして、おとなしく首を垂れる。

 私が新しくお茶を注いでも、びくりと肩を跳ねさせるだけで、何も口にしないし、手も出さない。

 先に一口飲んで毒味のような真似をする。二人はそれを確認してからようやく口をつけた。

 ……ええい、もうどうにでもなれ。


「ごほん。えー……自己紹介をします。私の名前は美良さくら。姓は美良、名はさくら。高校を卒業したばかりの十八歳。将来の夢はカウンセラーなること」

「え……」

「カウン……?」


 よーし、よし、掴みはいいようね。

 突拍子もない話を始めたからか、ようやく顔を上げてくれた。


「そう、さっきも聞こうとしたんだけど、二人は生まれ変わりって信じる? 私は……私とリアナ・ウィンスローは別の世界からの来たの。私は美良さくらで、リアナは佐藤絵里。向こうの世界で死んで、こっちの世界で目覚めた。気がついたのは二週間ぐらい前の話だけどね」

「あ、あの、グレース様……何を仰っているのか……」


 戸惑いつつも、なんとか口を開いて自分を取り戻そうとするのがわかる。なんだかすごく可愛い。


「うん、うん。わかる。わかるよ。私たちもなんでこんなことになってるんだろうって、全然わからなかったからね。まぁ、今も分かってないんだけど」

「グレース様!」

「はい、フェリシア。私はさくらと呼ぶこと」

「え、はい……さくら様?」

「素直なのはよろしい。ライトくんも言えるね?」

「え……っと、さくら様?」


 フェリシア以上について来れていなかった少年も、ようやく再起動ができたみたい。


「ありがとう、二人とも……」


 一息をついて、紅茶を飲み干す。ちょっと苦くなってしまった味が、今は気持ちを落ち着かせてくれる。

 二人も私を真似るように、カップに口をつけ……顔を顰めた。


「……さくら様、お茶を淹れるのが下手ですね」

「次からは、僕が淹れますね」


 おかしいなぁ、エリは何も言わなかったのに。


◇◇◇


 時間にして、短く。けれど内容の濃い話を伝え終えた私は、目の前にいる令嬢の様子を窺った。

 わずかに擦れる音をさせて、フェリシアはカップを置く。


「……つまり、お二人は別の世界からの生まれ変わりであると」

「難しいことはエリの方が詳しいと思うけど、私はそう考えてる」

「この物語において、さくら様と姉、そしてエリさんは対立関係になるはずだった。現れた僕は何かの役に立つ、さくら様は機会を逃すまいと、僕を呼び、エリさんが戸惑った」


 少年も腕を組み、復唱するように口に出し、考えを整理していく。


「会うのは一年先ぐらいだと思ってた。なぜか私の知っている物語とは違うんだけど、大筋は変わってないみたい」

「それは……信用するしかないですね。否定するのが馬鹿馬鹿しいほど家の内情、ラウザール家との密約が知られているのが……納得できなくなりますから」


 当然ながら、フェリシアやロレンツィオ家の未来を知っていると伝えても最初は信用してもらえなかった。だからこれまでの、彼女に関することは洗いざらい口に出した。これから起こることについては、さすがに口にできなかったけど。

 少年——ライテリックについても、リアナの逆ハーレム要員になる、なんて告げればどんな反応するか考えたくもない。

 だけど、私も完璧じゃない。


「ごめんね、少しだけどカリーナとミスティアにも知られちゃってる」

「それはどの程度まででしょうか?」

「……ラウザール家から見込まれて、私と対立させようとしたこととか?」

「それってほぼ全部ではないですか……」


 フェリシアは両手を使って顔を隠す。

 カルフェスを王太子の側近にしたいラウザール家としては、第三王子の婚約者であるローゼンベルク家と仲が良くては困る。子供を王都から離れた場所に置きたくないからだ。おそらく、密約が知られればラウザール家はロレンツィオ家の目算とは関係ないと縁を切られる。もうバレてるけど。

 彼女は完全に敵対してしまうと、もっと厳しい沙汰になると予想し、学園の中だけで終わらせるつもりだった。私を避けるようになったのは、距離をおいて様子を見ようとした。彼女もまた、私の意図を掴みきれていなかったから。

 それが狂ったのは、少年が直接接触したこと。やっぱり、トリックスターよね。今回はフェリシアが災難だったけど。


 おずおずといった具合に、少年が手を挙げる。


「あの、さくら様。その話し方が普通なのですか? 先ほどまでと随分と違うので……」

「あー……うん。一応、向こうでは名家——貴族ではあるんだけど、こっちで言うところの平民と同じ場所で学んでいたから、分かりやすいかなと思って。さっきの振る舞いが良ければ——そうしましょう。これでいいかしら?」

「はい。ありがとうございます。違和感がすごいので……」

「そうですね、私も手本としていた方が平民では格好がつきませんから、そちらの方が安心します」


 二人は肩に入っていた力が、ようやく抜けた。そんな顔をしていた。


「本当に、手本にしてくれていたのね」

「それはそうでしょう。同じ歳だと言うのに、落ち着き払った令嬢。多少の不躾を見逃し、接遇も見事なもの——でも、実際は年上で二度目の生と言うのなら納得ができました」

「……まぁいいわ。でもエリには同じ事を言わないこと。彼女は本当に平民なのだから」

「そのエリさんもそうなのですが、このことを知っているのは他にいるのですか? カリーナ様とミスティア様はご存知だと思いますが」


 状況の整理がついたようで、少年はこれからのことを考え始めている。

 だけど、私たちはようやくスタートラインに立ったところなの。


「二人にはまだ伝えていないわ」

「え? でも、エリさんのことは——」

「昨日も話したとおり、大聖女だと信じ込ませるためにエリという名前にしているだけ。何故か私も賢者にされてしまったのだけど……二人には私の名前を教えていない。生前の名前——美良さくらと左藤絵里を知っているのは、フェリシアとライテリック、あなたたちだけよ」


 本当はここまで話すつもりはなかった。けれど、あれだけ怯えさせてしまって、仲間になりなさいでは、非道がすぎるもの。

 二人は顔を見合わせてクスリと笑う。まるで双子みたいね。


「わかりました。今回は私たちの無礼を許していただけるということで、さくら様に従わせていただきます」

「従者が欲しいわけではないのよ?」

「はい、理解しています。グレース様と対立を維持しながら、リアナと敵対する。状況の変化や今後の指針を擦り合わせるため、この場を利用をする」

「概ね間違っていないわ。ただ、カルフェスについては諦めたほうがいいと思ってる。叶うなら、今からでもシュタール……様に頼み込んで、別の相手を探してもらった方がいいでしょう。想定していた以上に、事態の推移が速すぎるの」

「シュタールで構いませんよ。あなたは侯爵家の御令嬢なのですから」

「切り替えが早くて助かるわ。何か手伝えることがあれば言って、私からも手を回すわ」

「……本当に、こちらの貴族ではないのですね」


 フェリシアは私の何に気付いたのか、貴族らしさが違うと判断している。あまり気にする余裕がなかったけれど、他人からはどう見られているのか、これからは考える必要があるかもしれない。でも今は、


「表面はグレースだけどね」

「さくら様はその……本当のグレース様はまだいらっしゃるのでしょうか?」


 当然の質問ね。身体の中に燻る感情は確かにグレースのもの。オートモードさえも彼女の意思通り。だけど、私が動けばそれに従う。


「……そうね、いるとも言えるし、いないとも言える。これ以上は私にもわからないわ」


 そうして二人にはいくつか指示を与え、本日は散会となった。

 扉の施錠が外れていることを確認したフェリシアは、


「この度の非礼は謝罪いたします。ですが、グレース様に与する理由はございません。では、御前失礼いたします」


 そう言ってノブに手を掛け、扉を開く。そして少年を部屋の外に出したのを見て、フェリシアを呼び止め——


「姉弟喧嘩もほどほどにね」


 告げた。

 顔を真っ赤にしたフェリシアは令嬢にあるまじき勢いを持って扉を閉めた。


「ほんとう、可愛いわ」

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