第12話 「謝罪」

第12話 「謝罪」


「グレース様、お話があります」


 初めてフェリシアから声をかけられた。

 これまで幾度となく対話を試みたけれど、その全ては私の呼びかけから始まっていた。それが、昨日ライテリック少年に話をした途端、状況が変わった。

 そして、あからさまに感情を害している。

 私からは、決して強制したことはない。ただ、少年には「今日あったこと、私のことは話してもいい」とだけ伝えてある。それをフェリシアは聞き出した。少年は約束を守った、それだけでしかない。


「フェリシア、私にも用事があります。放課後、私の個室で良ければ話を伺いましょう」


 学園での本日のカリキュラムは実技。ミスティアにも言ったように、私には魔力も聖力も人並み以下、ついでに言うと体力もない。そのため、学園では実技を免除される代わりに、教授の手伝いという役目が与えられている。本来は特別教室補習への案内を意味する。しかし侯爵家令嬢である私の場合、旧書庫で文献整理と自習になる。ゲームでは特にイベントに関わることもなく、内容については不明だった。それだけに、どんな文献があるのか興味がある。


「……わかりました。御前をお騒がせしてしまい申し訳ございません」


 そうして、すれ違いざま——


 「必ず伺います」と小さく呟いた。


◇◇◇


 残念ながら、文献に関しては見知ったことが多かった。なぜなら教科書に書いてある元の文献で、年代ごとに写本を作り直し、それを誰某編纂のようにありがたがっているだけだった。ただ、の補足にはなった。設定資料にあることがそのまま書かれており、エルドリア王国が建国してから今までの歴史がある。掘り返せば各貴族家が王国でどんな役目を果たしてきたのかも調べられる。貴族院ほどの正確さはないだろうけれど、これからの役には立つだろう。


 手伝いが終わり、喫茶店に訪れた私を、いつものウェイターが待っていた。言葉もなく頷くと、それは来客を意味した。


「ご苦労様」


 時間は指定していなかったけれど、遅くなったつもりはなかった。けれど、後から来るほど我慢はできなかったということかしら。


 いつものように扉をノックすると、すぐにカチャリと音を立てて開錠される。

 フェリシアも貴族の令嬢、魔道具については扱い慣れたもの——


「姉さん、ちょっと落ち着いてください!」

「なによっ! なんでライトがあの人の言いなりになってるの! あなたの姉は私だけでしょう!?」

「姉なんて言ってないですよ!」

「いいえ、言ってたわ! 孤児院でお姉さんみたいだったって!」

「なんで、それで——あ」

「あ、ってなによ!? ——あ」


 ——なるほど、ライテリック逃げ回り、フェリシアが燭台を振り回している。だから施錠が外れたのね。

 もう一度、扉の施錠を確認してから、目を瞑る。


「十」


 意図が伝わったかどうかはわからない。

 頭の中で数字を読み上げる。

 九、八、七——ぃたっ

 何か音があっても耳を傾けない。

 六、五——ふぅ……

 こちらも深呼吸しておこうかしら。

 三、二、一……

 そうして、少しだけ時間置いてから、目を開けた。


「お待たせしたかしら」

「いいえ、先に休ませていただいておりました。勝手に入室したこと、お詫びいたします」

「詫びは結構よ。遅くなったのは私だもの。ただ、少年。あなたを招いたつもりはなかったのだけれど?」

「私が迎え入れました。この場にて聞かせたく存じます」

「ここの主人は私よ?」

「…………」

「グレース様、僕は——」

「いいわ、遅れた詫びをしていなかったもの。あなたに譲るわ、フェリシア」

「ありがとうございます」


 予想外の展開だったけど、これで始められるかしら?

 <デュアル・チャイム>でウェイターを呼ぶと、それぞれに紅茶の配膳を任せる。今日はカリーナもいない、そして、私が配膳することもできない。

 誰もが無言で紅茶を喉に流し込む。そして、一息をついた。


「まずはフェリシア、あなたの話をなさい。そのために私を呼び止めたのでしょう?」


 キッと音が出そうなほど目を鋭くさせて私を睨む。けれど、さきほどの行動を見ると、どこに感情が向けられているのか良くわかる。家族思い、そういうことにしておくわ。


「グレース様、避けていたことは謝ります。ですから、ライ……ライテリックを巻き込むのはお辞めください」


 さすがにこの場に呼んだ意図、来ざるを得なかった理由について、十全に理解しているのね。


「聞いていると思うけれど、私が孤児院で会ったのは偶然。ただし、少年が私を観察しようとしていたのは故意。それは誰の責任?」

「……私です。私がグレース様を圧していると話しました。それでライ……テリックが興味を持ったのだと思います」

「なぜそんなことを言ったの?」

「自惚れておりました」

「どうして私を避けようと考えたのかしら?」

「……調子に乗っておりました」

「どこかの家の都合ではないのね」

「私の判断です」

「この話し合いを持とうと思ったのは、どういう意図があって?」


 これまでほとんど間断なく返事をしたフェリシアも、最後の質問には言葉を詰まらせた。

 彼女の性格なら、自分自身のことなら耐えられた。けれど弟のことを思えば——


「…………謝罪を……させてください」


 少年と同じ、茶色の目に涙を讃えながら、溢さないよう堪えている。

 幼いながら、姉として弟を守ろうとしている。

 この場に少年を繋ぎ止めたのは、本心ではなかったでしょう。

 フェリシア、あなたに敬意を表するわ。


「認めます」


 フェリシアは私の前まで来ると深く頭を下げ、堪えきれなくなった涙を落とす。


「申し訳、ございませんでした」


 その様子を見ていた少年が、姉の横に並ぼうとする。


「グレース様——」

「黙りなさい」


 少年はびくりと肩を跳ねさせて動きが止まる。

 決して強く言ったわけではない。だけど、優しく言ったつもりもない。


「あなたは姉の謝罪をなんだと思っているのですか? 貴族の令嬢が頭を下げた意味、それがわからないのであれば、発言する必要はありません。わかっていて発言しようとするのなら、貴族失格です。フェリシア、ロレンツィオ家において、躾を命じます」

「はい……承りました」


 何を言っても、フェリシアは全て受け入れてしまうだろう。

 侯爵家と伯爵家、それは絶対的な権力に違いがある。上位の貴族に刃向かった罰として、フェリシアは縁組はおろか、生存すら危うくなる。原因となった少年は縁を切らされることさえありうる。

 学園の中であったことなら、子供の遊びで済ませられた。それを貴族の対立にしてしまったのは少年の迂闊な行動だった。


 ただ、私も人を愚かと笑えない。孤児院で手紙を渡した時、レオノーラに言われて初めてそのことに気付いたのだから。


 ——あの少年を従僕にするのですか?


 それほどまでに自分に権力があることを忘れてしまっていた。


「フェリシア・ロレンツィオ、ライテリック・ロレンツィオ」


 できるだけ落ち着いた声で話しかける。

 それでも、二人は頭を下げたまま、肩を震わせていた。


「あなた方は生まれ変わりを信じますか?」

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