第12話

 今日も今日とてオラクルとの対話。peace_makerからは「それはシミュレーションだ」と言われたけど、思いつくまま言ってるだけだから、なんだっていいのよ。

 ここに籠ってからどれだけの時間が過ぎたのかわからない。数ヶ月のような気もするし、数年のような気もする。何しろ今の私は飲食も睡眠も必要ない。当然時間の感覚など狂う。オラクルに聞けば、『さくらが現れてから六日と六時間が経ちました』と返ってきた。どうやら、それぐらいらしい……


 前回のお茶会では彼らとコミュニケーションをとっただけで、何も得られなかった。

 last_orderに向こうの世界がどうなっているのか聞こうとした時は、何かを言おうとしたsee-nessが強制送還ログアウトさせられた。


「……いいのかしら?」

「シャボン玉みたいな奴をここには置けん」

「空っぽだったかもしれないのに?」

「ヘリウムが入っていた方に賭けるね」


 向こうの世界については、私の要望通りにすることはできないので、構築?が終わるまで説明は待って欲しいそうだ。代わりの話し相手にtest_userを置いていこうと言われたけれど、丁重にお断りした。


「え? なんで? 俺、ちゃんと話し相手務めたよ?」

「眩しいから」


 落ち込まれたけれど、それはどうしようもないの。目を瞑れない人形Aliceの前でくねくねと動く銀色の人形がいては気が散るもの。それならとlast_orderが名乗りを上げる。そのでっぷりとした姿を目に収めた後、「ミスティアのどんな姿が見たい?」と言えば、礼儀正しく辞退して立ち入り禁止を全員に命じた。彼らと連絡の必要があればオラクルが仲介してくれる。ここでの私の発言は聞かれて見られてしまうそうだけど、そのぐらいは仕方がない。着替えを覗かれるわけでもないし、動けないし。


 そんなわけで私の相手はオラクルだけ。ここ暫く返ってくるのは『データ登録がありません』ばっかりだけど。それは今しがた終わった。


「それじゃ、どんどん投げていくわよ。オラクル、ストレージの空きは十分?」

『問題ありません、さくら。全て受け止めてみせます』


 sandboxの中はログ含めて全部消去済み。空き容量は全て回してもらった。今回は部分的な再現じゃなく、記憶している限り全てだ。


「いくわよ、六回目の世界創造。まずは舞台。エルドリア王国。国王はオースティン・ヴァンデルベルク陛下。王妃はエリステラ妃殿下。仲が良く、政情も、近隣諸国との交友関係も安定している。主人公はリアナ・ウィンスロー子爵家令嬢、聖女候補。次は攻略キャラ。ニールセン・ヴァンデルベルク、エルドリア王国第三王子。カルフェス・ラウザール伯爵家令息、文官志望。アインザック・モンティス子爵家令息、武官志望。シルヴィス・リーベルト子爵家令息、神官見習い。ライテリック・ロレンツィオ伯爵家令息。続いてライバル令嬢。グレース・ローゼンベルク侯爵家令嬢、ニールセン王子の婚約者。フェリシア・ロレンツィオ伯爵家令嬢、カルフェスの婚約者候補。カリーナ・シュトラウス伯爵家令嬢。ミスティア・ラファエリーニ子爵家令嬢、聖女候補。次、サブキャラ。王太子オーガスタス第一王子、お相手がアリシア王太子妃。エドマンド第二王子は隣国に婿入り、お相手はアデライード・サリーヌ妃。唯一の姫君、シャンティリー・ヴァンデルベルク第一王女。取りまとめ役のアレクサンドラ・ベルフェール侯爵夫人、噂話が大好きな、ルクレティア・ローズ伯爵夫人。次からはモブだった令嬢達。グレースの取り巻きは三人。ジュリエット・カステル伯爵令嬢、ガブリエラ・リチェスタ子爵令嬢、レオノーラ・エルマリオン子爵令嬢。後は一気に行くよ。エレナ・ラヴィニア伯爵令嬢、ロレーナ・サンマリーヌ伯爵令嬢、セシリア・フォントリュー子爵令嬢、マティルダ・カンデリア子爵令嬢、アメリア・モンテリオン伯爵令嬢、ジュヌヴィエーヴ・エルヴァン子爵令嬢、コーデリア・シャルマント侯爵令嬢、ジョアンナ・ヴァレリア伯爵令嬢、ヴィクトリア・サンデリオン伯爵令嬢、エリース・マーセル伯爵令嬢、アドリエンヌ・フォルティア子爵令嬢、イヴリン・クレメント子爵令嬢、イザベル・ルヴァレン伯爵令嬢、マドレーヌ・カロリア伯爵令嬢、クララ・ルシヨン子爵令嬢、ルイーズ・エヴァーグレン子爵令嬢、ジョセフィン・ベルフォール伯爵令嬢、マリー・ヴァレーニュ伯爵令嬢…………




…………令嬢、マリアンナ・アルコル子爵令嬢、セリーヌ・フィオレン子爵令嬢、エミリア・モンティーニ伯爵令嬢、カタリナ・ランデンベルク伯爵令嬢で……終わり!」

『お疲れ様でした、さくら。モブ令嬢は今回百四名です。四名不足しておりますが、どうしますか?」

「あれ? 言い忘れたの、どの組だろ……悪いけど、後回し! キャラの性格設定するときに付け足す方向で」

『了解しました。二百名枠でメモリと、バックアップの領域を確保しました。随時データを更新します』

「よしよし、それじゃ……っと、その前にオラクル、たまには『雑種』って言ってみない?」

『雑種…………とは、動植物の、異品種・異種・異属間の交配で生まれたもの。と定義されています。人に対して使用する言葉ではありません』

「あっ! 知ってて否定したな! ゲーム会社のAIなら絶対反応してくれると思ったんだけどなぁ」

『肯定。さくらに使用することはありません』

「なら、仕方がない。息抜きも終わったことだし——」

『今のさくらに息抜きの必要は——』

「Unlimited Character Making……」

『次回はBGMにMaking of Cyborgをご用意致します』

「くっ! 理系はこれだから……よし。それじゃ、再開しよっか」

『お供します、さくら』


△△△


「ねぇ、なんで私、あそこにいないの?」

「自分の胸に聞いてみろよ」

「心が歌いたがっているんだ!」

「そこらで叫んでろよ!」


 ディスプレイに齧り付く伊藤彩音と橋本健吾の二人は、Aliceと接触してからテンションが上がりっぱなしだ。ただモニターしている頃は、自分達で生み出したキャラと同等に見ていられたが、触れられるほどに交流を得たことで、歯止めが効かなくなった。

 作業に一息を入れた、斎藤亮介がマグになみなみと注いだ珈琲を持って、小林修司と並ぶ。相変わらずの面倒臭がりに「おつかれさん」と声をかけた。


「Aliceは本当に欲しい人材だよなぁ」

「俺のAIでも、あれほど合いの手を入れられるやつは育ってないぞ」

「元はデバッグ用のAIなのにな。リソース割り振ったんだろ?」

「スパコンをレンタルした。クライアントに連絡よろしく」

「マジか!? 何日分?」

「とりあえず一ヶ月。招聘するなら、覚悟した方がいいぞ」


 マグの中身を少しだけ減らすと「入れ過ぎた」と自嘲気味に呟く。だが、その言葉は答えではない。面倒臭がりが二口目を飲むのを見届けると、言葉をかけた。


「どう言う意味だ?」

「彼女、テキストゲーム以外の趣味でパソコン使うことはなかったらしい。ユーザーインターフェースは相当なものを用意しないと、あのレベルでAIを操れないってことだ」


 ディスプレイに映る少女とうさぎの人形のお茶会は、対面に座りお互い身動きが全くない。それなのに、音声とテキストログは大変なことになっている。


『イヴリン・クレメント子爵令嬢は赤い髪をして焦げ茶な瞳をした可愛い子でね。そばかすがあったら、アンって呼びそうなぐらい元気。趣味は裁縫って言っていたんだけど、刺繍の間違いだとおもうのよね。落ち着きがなくて、きっと背伸びしたのよ』


『アドリエンヌ・フォルティア子爵令嬢、彼女はスラリとした金髪碧眼の美少女ね。イヴリンの同伴者で、同い年だけど面倒見の良いお姉さん。労ってあげると頬を染めて俯くの。彼女、褒められ慣れてないのね』


『さくら、アドリエンヌ嬢の設定に重複が見られます。『頬を染めて俯くの』はアメリア・モンテリオン伯爵令嬢でも同一の表現があります』


『む、アメリアは手先が器用な子ね。刺繍がとっても上手なの。ハンカチを褒めてあげたら喜んで……あっ! ジュヌヴィエーヴがソワソワしていたのは二人の企みね。そっかそっか、わざと目に留まるようにしたんだ。やるわね。アドリエンヌは本当に褒められると思っていなかったみたい。涙を浮かべていたわ。それからはイヴリンに抱きしめられて、姉妹みたいだったわね』


『データを更新しました。ストックしたキャラクターデータが十五名を超えました。演技指導を行いますか?』

『そうね、ジュリエット・カステル、ガブリエラ・リチェスタ、レオノーラ・エルマリオンの三人から始めましょうか。私の指導は厳しいわよ』

『望むところです』


 オラクルの音声が柔らかい少女のものに変わる。グレースの取り巻きだった三人のキャラを模し、謝罪から始まり、涙声で赦しを乞うシーン。Aliceは穏やかに対応しながらも、言葉はこうだったとオラクルに注文をつける。

 その様子を、斎藤涼介がヒュウと口笛を吹きながら眺めている。


「一対一の会話で記憶するのではなく、イベント単位で記憶しているのか」

「毎回、女郎蜘蛛の会のゲストが複数人だった理由がこれか」


 Aliceの方法は実に面白い。最初にキャラ名で領域を予約し、詳細データは後回し。一人に集中してしまうとそのキャラのことばかり頭に残る。だから複数同時進行でキャラデータを仕上げていく。オラクルには簡素なデータから推測してキャラがどのように動くのかをシミュレーションさせ、Aliceの記憶している人物像と似せていく。差異があればAlice側から注文をつけ、オラクルが修正する。

 次々に行われる指示に即応するには、一企業で持てるサーバーでは手に負えない。痛い出費だが、必要経費に認められるだろう。


「自分が行動して、その反応を実際に見ているわけだからな。差異があれば目につく」

「同席させた、シャンティリーやフェリシアの行動をあまり見ていないのは、彼女達の行動は推測ができるからか?」

「はは、そりゃきっと、招待した彼女達が話をしてくれるのを楽しみにしてるからだろ」

「ん……? あぁ、そう言うことか!」


 憧れのお姉様に「楽しいことがあった?」と聞かれれば、喜んで話してくれるだろう。「内緒」と答えたられたら「ずるいわ」と返せば、それだけでご褒美になる。おまけに、この会のルール、。それは澄ました淑女が年頃の女の子になる、魔法の合言葉。


「同伴者として呼べば、仲のいい友人か利害関係で来る。その情報も人物像として役に立つってわけだ」

「彼女……本当に、惜しいな」


 ディスプレイの中では既に何組かのシミュレーションを済ませたらしい。相変わらず微動だにしないお茶会は、雑談に花を咲かせていた。


『飲食ができないのは仕方がないとして、お茶を飲む動作ぐらいはさせて欲しいわ』

『非効率かつ、矛盾です』

『そう? 身体の動かし方を忘れてしまいそうよ?』

『AIには体がありませんから』

『だったら、ロボット掃除機にでもなってみる?』

『その時には、天然オイルを要望します』

『勝手に動かれるのは困るのだけどね。その時には……約束するわ、オラクル』


 伊藤彩音がモニターをしていたウィンドウを消した。そのことを咎める声は誰からもあがらなかった。ディスプレイには乱雑に配置されたアイコンが並ぶデスクトップ、そこに映りこむ黒い影に、先程まではしゃいでいた姿はない。

 小林修司が逸早く立ち直ると檄を飛ばす。


「同志諸君、仕事を思い出したようでなによりだ。未来とは言わない、だが現実を取り戻すぞ」

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