第11話
「モブが引き出せない? 言っている意味がわからないのだけ……あ!」
「すぐに思い浮かぶのは、さすがAliceだな。see-nessに話しても、追加で出せば良いだけじゃないって、納得させるのは骨だったぞ」
「え、えぇ、そうね。思い当たることがあったから……」
last_orderに褒められたけれど、素直に頷けるはずがない。原因は私だ。オラクルに登場人物が増えたらどうなると尋ねたことがある。あの時は実感していなかったけど、まさか本当に影響が出ていたなんて……
「シナリオライターにプログラムのこと言われたって、わかるわけないじゃない。でもすごいわね。あなた本当に……っと、ごめんなさいね」
「? あぁ、守秘義務ですね。構いませんよ。私は一般人ですから」
see-nessが言葉に詰まる。それから「Aliceちゃんは一般人じゃない!」と興奮されても、私、ゲーム業界の人じゃないし……だったら、私に関わる守秘義務ってなんだろう。この開発サーバーに連れてこられたこと? それともあのゲーム世界のこと? でもこの人達、話す気はなさそうなのよね。
「それはともかく、モブが引き出せないのでしたら、ガヤに使えないということですか? 意識持った女生徒に代わりをさせるとか、代用はないのですか?」
「そんなことしたら……あれだな。乙女ゲーが百合ゲーになるな。若しくは生き残ってる男たちによるサバイバルが始まりそうだ」
「それって——」
「last_orderが言うと洒落にならーん! えぇと、まぁつまり、女生徒が自由を謳歌する世界になっちゃって、端役だった男連中が
「?? おかしくないですか? 私、今朝は別邸から通学しています。行方不明になっていたら、もっと騒ぎに……」
なっても気付くだろうか? そもそもどうしてグレースは別邸にいる? ゲームでは「ごみごみした寮生活は無理。だからあなたとは違って本邸から通学してるのよ」とリアナを貶す台詞があったはず。どこからおかしくなった?
「薄々気づいていたと思うけど、Aliceちゃんがゲームの中で強制力と言っていたのはゲームバランスの補正プログラム……よ……たしか。ほとんどのキャラはAIで動くんだけど、AIって簡単にシナリオから逸脱しちゃうのよね。なんか学習するのが多いと人のように振る舞うには最適行動じゃなく、二つ目か三つ目の行動を選択するんだって、それでえーと……」
「see-ness、おまえは下書き書いてから喋れ」
「つまり、各キャラに自己で選択するマージンがあるおかげで、余剰のキャラに割り振るだけのメモリ?ストレージ?の容量が足りなくなったと言うことですか? 私が行動したことで、カリーナとミスティア、フェリシアはシナリオとは別の人格を持ったことで圧迫している、みたいなイメージでしょうか」
「……わかったか、see-ness。理解するとはこういうことだ」
「Aliceちゃんだって、私の説明があったから辿り着いたんでしょう!」
「きっと、そうですね」
本当はオラクルに教えてもらったのだけど。対話しているうちに、グレースの中に私が入っていた事を説明した。すると「他のキャラにも複数の人格がある設定で検討しますか?」と言われて気付いた。女郎蜘蛛の会によって、本来はモブだった百八人に人格が
グレースの中にはシナリオ通りの行動をする一人、私が居ることで発生した一人、そして私を入れて三人がいる。少なくとも最初のグレースと後のグレースでは歪さが違う。それなのにシナリオに沿って動こうとするのは最初のグレースがいるからとオラクルは説明した。
でも、なぜそんなに危なげな設計にしたのかはわからなかった。オラクルはいつでも最初に戻せるようにオリジナルを確保してると推測していたけれど。
「さくら、peace_makerよりコメントが付きました。『オラクルの推測通り、オリジナルを残しているのは再利用するためだ。上書きしてしまうと、次会った時、別人になるからな』」
「ありがとう、オラクル。peace_makerも教えてくれて助かるわ」
『どういたしまして、お役に立てたのならなによりです』
少し熱くなっていた頭が落ち着いた気がする。安心して話ができる相手がいると言うのは貴重ね。
なにしろ、彼らはずっとテンションが高いままだもの。
「え……なんでAIとお互い名前で呼び合っているの? 私なんて、Aliceちゃんとしか呼べないのに……」
「諦めろsee-ness。Aliceの好感度はオラクルがトップだ。俺達はせいぜい横並びだろうよ」
「test_user、勝手に並べないで。あなた最下位でしょ。peace_makerと張り合ってなさいよ。あれ? オラクルの言うとおりって事は、もしかして……」
「大丈夫ですよ。see-nessが話してくれたのでオラクルの話と結び付いたんです。私も興味ないことはさっぱりで、車の判別もつかないの?って笑われるぐらいなんです」
「本当!? 良かったぁ。あ、ごめんなさい、車の事じゃないのよ」
「おまえが靡いてどうする。俺たちは中立だろ」
「last_orderが言うな。それに言っただろ、こいつに興味持ったら口説かれるって」
「あら? 私はtest_userに口説かれそうになりましたけど」
「ちょっと、あんたなにやらかしてんのよ!」
「くそっ、相変わらず攻撃力高いな! Alice! 土下座か? 土下座したら許してくれんのか?」
「あんたなんか床よ床。そのリノリウムみたいなテッカテカの体でへばりついて、蛍みたいに光ってなさい!」
傍目には床に正座した銀色の人形に、イエネコがネコパンチ。どちらもアバターのデザインは可愛くないのに、コミカルな動きで心が軽くなる。
「ふふふ、それぐらいで許してあげてsee-ness。私が動けたら、お礼に猫の体を撫でられたのにね」
「Aliceちゃん……! 抱いてもいい?」
「オラクルがいますので、結構です」
「ほらみろ、言わんこっちゃない」
「……そうだな、上に残しておけばよかったな」
騒々しく、それでいて笑みも浮かぶのにあなたがいない。
あぁ、エリ、あなたは今どうしているの……?
▽▽▽
「えーと、今日はなんだって……はぁ、愚痴ぐらいで紙面埋めないでよ」
リアナが目覚めてから、私とのやり取りは専ら手紙だ。私達は一日に何度も交代している、その情報共有の手段だったのに、みよちんが消えてからはもっと交代して、もっと甘やかしてとねだる。グレース様の当たりが強いのは今に始まったことじゃないのに。
「甘かったかなぁ。代わってあげるんじゃなかったかなぁ」
みよちんに会ってみたいと書かれた手紙を貰った私は、成績優秀者の掲示イベントをリアナに任せてみた。結果リアナはみよちんの演じるグレースを気に入ったらしく、何度も会いに行こうする。その度にニールセン様の突発イベントでデートに連れ出されたり、シルヴィス様から庭園に行こうと誘われる。アインザック様は訓練に付き合えと追いかけてくるから逃げるのも大変。カルフェス様だけは追いかけてこないんだけど、図書館に先回りされていたり、お気に入りの東屋にいたりする。それはそれで十分楽しんでいるんだから良いんじゃないって思うのに、不満を零す。一度なんかは女郎蜘蛛の会に潜り込もうとしてカリーナ様から追い返されていた。私だって結成式だけで、参加したことないのに……好奇心旺盛な主人公は時に厄介だ。
「まぁでも、半年だもんね……」
みよちんが不在になって半年。グレース様が学園を支配しつつある。私はそういうシナリオだからと納得できるけど、リアナからすると恐怖なのよね。けどこれ、みよちんが居なかったら三年間ずっとあったことだからね。これまでのグレース様は色んな派閥の子女に働きかける。一人一人には酷いことは考えてはだめよ。と言いながら、聞き耳を立てている者に届くようにする。ずるい手だけど、影響の大きな人物だと厄介なのよね。
「ま、私が出来る事は、まず勉強かな」
リアナは
「やっぱり、みよちんには褒められたいもんね」
▽▽▽
お姉様が悪いはずないのにどうして誰もわかってくれないの?
自分は聖女になりたくないと言って私を推してくれたのに
それでも見過ごせないからと治癒の力を使う
私の手柄にしていいからと言って誇りもしない
祝福を祈って失敗した時は考え方を変えればいいと教えてくれた
難しい治癒もできるところからひとつずつ施していけばいいと教えてくれた
声をあげて崇めたいほどなのに誰も理解してくれない
異性が惹かれるのはそれだけ魅力があるということでしょう?
魅力、魅力……
あぁ!
ああっ!
さくら様!
さくら様がいないの!
どうして!?
どうしてですか!
突然わたしの前から消えたの!
何故!
何があったの!?
本当のグレース様なんかいらない!
返して!
返して下さい!
さくら様といたあの時間は楽しかった!
褒められて嬉しかった!
ずっとずっと一緒にいられると思ったのに!
大事な記憶……なんかにしたくない!
どうしたら帰ってきてくれますか?
何を捧げれば戻ってきてくれますか?
さくら様……
私を……
そうだ……エリ様を……
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