第8話
「ほ、本日は、お招きいただ、だきまして、誠にありがとう、ございます!」
「よく来て下さったわ、マリアンナさん。アルコル子爵のお嬢様でよろしかったかしら?」
「は、はい! マリアンナ・アルコルです! グレース様にお会い出来て光栄です!」
ふわふわの金髪を肩口で揃えたお嬢様はとても愛らしく、頬を染めてはにかんでいる。笑みを浮かべて目を合わせれば、更に赤みが増す。倒れてしまわないか心配になるわね。
その隣には真っ直ぐな銀髪を持つ、綺麗な顔立ちをした少女。
「お初にお目にかかります。セリーヌ・フィオレンです。父はウルリッヒ、子爵位をいただいております。この会にお呼びいただき、とても光栄です。あっ! グ、グレース様にお会い出来、こ、幸甚の至りであります!」
「ありがとう、セリーヌさん。そんなに緊張しなくても平気よ。ここは爵位など関係ない、ただの女子の集まり。楽しく過ごしてもらえると嬉しいわ」
「はい! ありがとうございます!」
「さぁ、お二人は先に座って。冷たい果実水があるわ。たくさんお話が出来るよう、喉を湿らせておいてね」
マリアンナとセリーヌは顔を見合わせて頷くと、横に並んでテーブルに着いた。そこでは小さな声で言葉を交わし、頬を染め、顔を手で覆っている。
女郎蜘蛛の会を始めてから、幾人もの女生徒をこの喫茶店に招いた。主には学園の情報を集めるためだったけれど、今では苦手な勉強をみたり、お茶会の練習の場ともなっている。そうして、全く学園に出席しないグレースは、シナリオに悪影響を与えないよう女生徒達の口の端に上がる存在を維持している。
これはダンジョン攻略がシナリオに組み込まれているおかげ。その間、学園のことはおざなりになっているものね。
「お待たせしてしまったかしら?」
「大丈夫よ、グレース。今日は招待してくださってありがとう」
「よかったわ。あなたと会うのも久しぶりね。カタリナ」
カタリナ・ランデンベルク。伯爵家の令嬢で、グレースの従姉妹。成績優秀者の第十位、男性に混じって武を競う。文武に秀でる才女。と書かれる程度の設定しか無いのよね。
かすかに首を傾げるカタリナが、少しばかり目を細める。
「何かあったかしら?」
「あなた、柔らかくなったものね。以前の……私のものを取らないでって顔のお姫様を思い出しただけよ」
「幼馴染みって、嫌なものね。悪評を広めに来たのかしら?」
「いいえ、お姫様の気を引いて、取り入ろうとしているだけよ」
「なら、ご友人の紹介をしていただけるかしら? 騎士様」
「従士より格を上げてくれたのね。嬉しいわ」
……あぶなかった。侯爵家の令嬢がお姫様ぶるのは納得できても、従姉妹に見せる態度までは想像の埒外よ。乙女ゲーだから、呼ぶならきっと騎士様だと考えたけれど……従士とは酷い言い草ね。
「彼女は、エミリア・モンティーニ。私の同輩よ」
「グレース・ローゼンベルク様。お初にお目にかかります。私はモンティーニ伯爵家の次女、エミリアと申します。この度は女郎蜘蛛の会にご招待いただき、誠にありがとうございます。名代を名乗れる者ではございませんが、父、ギルベルト・モンティーニ伯より伝言を預かっております。お伝えしてもよろしいでしょうか?」
「あなたについてのことなら聞くわ。それ以外なら持ち帰りなさい」
女郎蜘蛛の会ではルールを定めている。参加するには招待される必要があること。同伴者は一名だけ。招待されたことは話しても良いけれど、中で話されることは秘密にすること。そして、必ず個人で参加すること。家の都合は持ち込まない。
カタリナが私に取り入りたいと言ったのが本心かどうかわからないけれど、家の安堵を求めるものでなく、ただの社交辞令のようなもの。グレースはニールセンの婚約者であり、将来の権力者になり得る存在だけに、媚びを売る者は学園の中にも多い。そのことがこの会に影響するのは好ましくないのよ。
「ご安心ください。ルールは存じております。では、失礼しまして……『グレース様、娘エミリアを差し上げます。どうぞ、下働きにでもお使いください』とのこと。如何でしょうか!?」
そのキラキラと目を輝かせるのは辞めてもらえるかしら。
「却下よ。あなたはただのゲスト。分かったら着席なさい、エミリア」
「はい! グレース様!」
誰が始めたことなのか、私にぞんざいに扱われたい令嬢が、立腹させるという手段を取り始めた。他愛のない要望に本気で怒ることはないものの、窘めているうちにいつの間にか裏ルールとして定着してしまった。今回もこれが嘘であれば良かったのだけれど、親の名前を出して告げる以上、本当である可能性があるのよ。安易に受けるわけにもいかない。それを断っていただけなのに……おまけに、優しくされたい令嬢よりそっちの方が人気があるというのはどう言うことかしら。呼べば必ず一人はいるのよ。
先に席に着いた下級生達が羨ましげに見てるのも、意味が分からないわ。
「ふふふ、本当に柔らかくなったのね」
「笑わないでいただけるかしら?」
◇◇◇
カチャカチャと音を立てて新しく用意されたソーサーが配られる。丁寧に運んでいるつもりなのだろうけれど、小さな指でテーブルにそっと載せるには少しばかり力が足りない。一組のソーサー、カップの向きを揃えると、侍女服の少女はニコリと微笑んで次の席に移動する。そしてまた、同じ配膳を繰り返す。その様子をマリアンナとセリーヌは懐かしいものを見るように眺め、カタリナとエミリアは顔を青くして強張らせる。
「ありがとう、シャル。休んでいいわ。隣に座る?」
「はい、お義姉様!」
その声が届けられたように、もう一人の侍女が空いたカップに紅茶を注ぎはじめる。その丁寧な仕事に子爵令嬢の二人は感心し、ありがとうと声を掛ける。侍女は微笑み、軽く頭を下げるだけ。そして、カタリナのカップには半分ほどしか紅茶が注がれなかった。
「心も仕事も狭量ね、フェリシア」
「ランデンベルク伯爵家では、御令嬢自ら指導されるのですね。おおらかなグレース様を見習ってはいかが?」
そうね。出されるものに一度でも注文を付けた記憶はないわ。満足したというより、そういうものだと思っているから。考えてみると、私自身は貴族の教育は受けていないのよね。でも、どうしてかしら、そうすればいいと言うことはわかるのよ。
「フェリシア、冷めたお茶を私のテーブルに出すつもり?」
「申し訳ありません、グレース様」
私には肩ほどまで頭を下げて謝意を表すと、カタリナのカップに少しだけ注ぎ足し、エミリアのカップへと移る。その姿を見て、シャンティリーはクスクスと笑う声を隠しきれていなかった。
「淑女の皆さま、女郎蜘蛛の会へようこそお越しくださいました。ここで身に付けた物はお好きにお持ち帰りいただいて結構です。ですが一つだけ御約束があります。この場あったことはここだけの秘密。
私の口上が終わると、カタリナは儀礼的に一口を飲み込み、すぐにソーサーに戻すと、フェリシアを攫い、右奥のソファーへと連れて行く。まあ、まあ、はしたないこと。
そうして残された少女達の興味は一つに絞られる。
「グレース様、そちらの可愛らしい御子様について、御紹介いただけないでしょうか」
「私も気になってました!」
「グ、グレース様、あの方は——」
「シャルは可愛いものね。私の手の中に隠しきれなかったわ。一人で御挨拶、出来るわね?」
「はい、お義姉様」
シャルは椅子からぴょんと降り立つと、マリアンナ達に侍女服でカーテシーを見せる。
「皆さま、ようこそ女郎蜘蛛の会へ。わたくし、シャルと申します。本日は皆さまとお近づきになりたく、参加させていただきました。ぜひお友達になってください!」
「シャルは私が預かっている御子。事情があって家名は明かせないけれど、仲良くして下さると嬉しいわ」
「はい! シャル様、私はマリアンナと言います、こっちは友達のセリーヌちゃん。何かお好きな遊びとかありますか?」
「もう、マリったら……シャル様、セリーヌです。一緒にお話しましょう」
「マリアンナ様、セリーヌ様、どうぞよろしくお願いします!」
「エミリア、あなたも挨拶なさい」
「は、はい! シャル様、エミリアと申します。御一緒させていただいても……よろしいのでしょうか?」
「ありがとうございます! では、エミリア様もあちらへ行きましょう!」
「えっ!? お、御手を!? わ、わたくし——」
今日は珍しく左右のソファーが埋まったのね。最初のテーブルには私一人が着いているだけ。たまにはそういう日があってもいい——
「グレース!!」
「カタリナ、はしゃぎすぎよ。歳下の子達に見せる姿ではなくてよ」
「かまわない。ここでのことは、秘密なんだろ。それより、シャ——あの方が、どうしてここに居るんだ! フェリシアも機嫌が良すぎて気持ち悪い!」
「そう。皆、この会を楽しんでいるようで、なによりね」
◇◇◇
「さくら様、今回はどうでしたか?」
「残念だけど、彼女達は違うわね」
無邪気なマリアンナ・アルコル、真面目なセリーヌ・フィオレン、偏った趣味のエミリア・モンティーニ、そして騎士を目指すカタリナ・ランデンベルク。彼女達は真っ直ぐすぎる。いえ、歪んでいるかもしれないけれど、見ている先までは歪んでいない。あの様子では友人関係も励まし高め合う、善きものなのでしょうね。
「そもそも、グレース様に対して、害意を持つほどに敵意をもつ令嬢なんているのですか? リアナ様は順調に批難や嫉妬を集めておりますが……」
カリーナの言うとおり、学園内に私に敵する存在は見つからず、反対にリアナの逆ハーレムは嫉妬を集めている。そもそも物語として、虐めるだけの令嬢が悪行がバレたからと学園全体から批難を受けるというのがあり得ないのよ。けれど、
「シナリオではそうなっているの」
卒業式、その場で答辞を述べる代わりに行われる断罪。ニールセン達が敵意を向けるのは構わない。私が問題にしているのは、ニールセンの暴言を信じ、賛同を促す人物がいる。おそらくは女生徒、一般の男子生徒では圧に欠ける。
「取り巻きをしていた令嬢では……」
「真っ先に呼んだ彼女達ね。あの謝罪と涙が嘘だというのなら、私の負けでいいわ」
女郎蜘蛛の会では最初に彼女達を招待した。あの日、他に不平はあったのかと聞いてみると、私に構って欲しかったと縋られた。エリと協力することで秘密が増えると考えた私は、取り巻きは不要と追い払ってしまった。本当は周りに目を向ける余裕がなかったのかもしれない。そこは反省すべき点だった。お詫びに彼女達にはグレースの私物を持たせた。それを断絶だと受け取られたときはさすがに慌てたけどね。
そんな彼女達も最後は憑き物が落ちたように朗らかな笑顔を浮かべ、胸を張って退席した。
おかげで女郎蜘蛛の会は名前の印象とは裏腹に、私に甘やかされる会だと認識されている。
そんな会合に敵意をもつ人物が参加するわけがない、故に招待を断った人物の交友関係を探り、敵意がないことを再確認しているようなもの。たまにツンツンしている子もいるけれど、目を合わせれば可愛らしい嫉妬を教えてくれる。
「そろそろ会も休止かしらね」
これまでに招いたのは百八人、学園の全生徒のおよそ三分の一。彼女達に連なる友人関係は目を瞑れる程度のもの。残りの令嬢はまだそれなりいる。ただ最後まで招くと断罪の前に追い詰めてしまうかもしれない。
結局、最も強い感情を持っていたのは虐めをしていた彼女達だけど……あのまま続けたとして、私や他の三人に罪をなすりつけるほど、その嫉妬が成長するのかしら?
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