第7話

「みよちーん! なんだかすっごく久しぶり!」

「あら、副会長様。ご機嫌麗しゅうございます」

「うんうん、みよちんに会えたからとっても麗しゅうございます!」


 エリは私を見つけた途端、跳ねるように駆けて抱き締めてくれた。ぎゅっと力を込めればそれ以上に返してくれる。なんだかとても報われている気がする。

 いつもの個室にはエリと私、カリーナとミスティア、そしてフェリシアが集まっていた。シャンティリーは外出許可が下りなかったらしく、『お義姉様に嫌われないよう、わたくしの代わりに機嫌をとってきて』とフェリシアを遣わしてきた。「王女らしい人使いね」と言ったら、「さくら様を真似ているのよ」と返された。私を真似るだなんて……悪い王女様になりそうね。

 抱き締めていた腕を離して、エリはキョロキョロと周りを捜す。


「今日はライトくんいないんだ?」

「ええ、今日は淑女だけの集い、女郎蜘蛛の会ですもの」


 エリは「蜘蛛は苦手なんだけどなぁ」と言いながらも、「ちょっとわくわくする名前」と気に入ってくれている。少年が参加するときは野薔薇の会と決めた。少年曰く、「深入りすると危険ですね」とは言い得て妙ね。

 その後、カリーナと挨拶を交わし、ミスティアには腕を絡め捕られている。そして、フェリシアとは——


「相変わらず、良いご身分ね」

「ええ、みよちんが護ってくれているもの」

「殿下には頼らないのかしら?」

「自立した女性に見せてるからね。それより、みよちんの侍女になろうとしたそうじゃない。どういうつもり?」

「あら? さくら様は私の事をお話して下さったのですね。光栄なことですわ。でも残念ながら、フラれてしまいました。今は王女殿下との橋渡しに使っていただいております。我が主に御用の際は、さくら様にお伝え下さい。さくら様からお呼びいただければ、何なりと御用向きをお伝えさせていただきます」

「さくら、さくらって……グレース様って言いなさいよ! それに、あなた、そんなに従順なキャラじゃないでしょ!」

「心外ですわ。リアナ様こそ、謙り、グレース様とお呼びするべきではなくて?」

「ムカつくっ! みよちん! この子、性格変わりすぎてない!?」

「ふふふ、エリ、フェリシア、そろそろお茶にしましょう」


 二人の愉しげな会話に胸がザワついていたけれど、名前を呼ばれたことでホッとする。記憶の世界のエリがこんなに声を荒げたのを見たことがない。私との喧嘩でも、折れるのはいつもエリの方だった。そんな態度を引き出せるフェリシアが少しばかり羨ましい。


◇◇◇


「前回から少し時間が空いたので、情報共有をしましょうか」


 温かい紅茶を喉に通し、甘さを抑えめにした菓子を摘まめば、気持ちも落ち着いたころ。真っ先に、エリが質問を投げかけた。


「みよちん、なんでニールセン様が生徒会長になってるの? 私達、準備が終わって、さぁダンジョン行くぞって話してたところなんだけど?」

「そうね……ちょうど集まっているから、先に一つ話をしておくわ。エリ、フェリシア、最上位の優秀な成績を納めたこと、本当に素晴らしかったわ。もう一度、おめでとうを言わせて。エリはシナリオ本編もあるのに時間が少ない中、とても頑張りましたね。フェリシアは貴族女性らしく、本来なら身を引いていたことでしょう。それを乗り越える勇気を持ったこと、尊敬に値します。カリーナ、ミスティア、本当なら貴女達も並んでいたことでしょう。次からは遠慮することなどありません。是非ぶつかってきてください。それでこそ友人であり、ライバルでもあるのですから。改めて、皆、本当に、おめでとうございます」


 ここで万雷の拍手が……と思ったのに、誰も顔を伏せ、手は膝の上から動かない。ミスティアからほろりと落ちるものがある。貴方、貴族の子女でしょう? お世辞など聞き慣れているのではないの?

 そしてパチリパチリとカリーナから拍手が始まる。潤んだ目で見つめられると、なんだか大層なことをしでかしたみたいじゃない。

 椅子に少し深く腰を落ち着けると、軽く咳払いをして本題に入ることを告げる。


「……みよちん、もう少し感動に浸らせてくれても良くない?」

「終わりよ終わり。そんなに浸りたいなら、自室に戻ってからにして」

「おぉ、グレース様のそんなシーンは無かったからレアね。スクリーンショットが撮れないのが残念だけど」

「くだらないことを言ってないで、話を続けるわよ」


 エリからすると、私もグレースと言うゲームキャラの一人。イベントシーンでは睨み、蔑み、媚び、落涙する。その程度しかグラフィックがない。そう考えれば良い見世物ね。私のおもての皮はそんなに厚くはないのだけれど。


「ニールセンが生徒会長になったのは、私が生徒会に入れないからよ」

「みよちん、侯爵令嬢様でしょ? 普通に譲るだけじゃ駄目だったの?」

「リアナ様、あなたがそれを言うのですか?」

「フェリシア、言いたいことがあるなら……今のうちに言ってくれていいよ。リアナがやったことだとしても、今は私だし。身を引いたからって気持ちが消えるわけじゃないしね」

「手に入れたいものと手に負えないもの、それを見極めただけです」


 エリが目覚めた時には既に引き返しが出来ない状況まで進んでいた。その情報と引き換えにフェリシアの未来は犠牲になり、私は彼女には別の道を示すことしかできなかった。

 だからフェリシア、もう無理に悪役になろう表舞台に立とうとしなくていいのよ。


 エリも打たれ強くなったものね。ニールセンの庇護下にあるリアナに、体面上王女の侍女が、直接言えないだろうからと「エリ宛だったら、好きに言えるでしょ」と名前で呼ぶことを許した。


「承りました、エリ様」


 フェリシアは表情を崩すこともなく、淡々と答えた。

 もう十分かしらね。


「ついでだから貴女達にも言っておくけれど、私はニールセンに対して好意はないわ。もし違和感を感じれば、それはグレースだと思って行動して」


 各々覚悟を決めた顔で頷いてくれる。今、グレースの意識が無いように、次は私の意識が消えるかもしれない。その時に嘆くことも迷うこともないよう、準備を整えるの。


「では、私も。ご存じの通りカルフェス様との約束は白紙にしました。エリ様、どうぞお好きにしてくださいませ」

「えーと、一応私もですね。シルヴィス様は教会でもほとんど顔を合わせませんので、元の? シナリオの通りではない、と思います」

「私は茶番に付き合わされ、怪我をさせられたようなもの。あれで好意をもつと言うのは女性として馬鹿にされているようで、不快です」


 フェリシアは自らくびきを断って自由を得た。ミスティアは仕様が変わったからでしょうね。そして、貴族の子息が女性に良い格好をしたくてやんちゃした。それを前もって教えられたカリーナの目には、救出劇は単なる茶番にしか映らなかったのね。


「そろそろ話を戻しましょう。私が生徒会に入れないのは、家の都合。蟄居を命じられているの。生徒会で役に就いても、不在では逆に迷惑をかけてしまうでしょう?」

「蟄居って、引き籠もることでしょ? ここにいるのはどうして?」

「なけなしのプライドね。学園に向かうときだけ見て見ぬ振りをするのよ。成績優秀だった娘を家の都合で拘束すれば、フェリシアと同じように越えられない存在にしてしまう。それなら失態を誘発して、王族の、ニールセンの面子を保たせたいのよ」

「でも、ここって学園じゃないよ?」

「お気に入りの喫茶店ね。彼らが私に失態を望むのなら、こちらからそうしてあげているの。学園には蟄居を命じられているからと休み、家からは蟄居の筈が勝手に外出していると、非難する言い訳を与えてあげるの。私がここに居ることは三者……いえ、複数の人にとって都合がいいのよ」


 そのおかげでシャンティリーが頻繁に訪れ、私にお茶を淹れる練習までする。普段できないことをするのが楽しいのでしょうけど、見つかってしまい、今日はここに来ることができなかった。そうさせたのはフェリシアなのだけど。


「うーん、わかったような、わからなかったような……」

「お姉様、最近はお忙しくされていらっしゃるでしょう? さくら様はいつでもお姉様に会えるように、この場におられるのです。言葉通り家で蟄居されてますと、会うことは叶いません」

「あ、そうか。そういうことね」

「それに、次の計画が始まります。エリ様を取り込めないのは残念ですが、リアナ様としてお勤めに期待しております」

「ごめんね、本当ならカリーナ様は私の庇護下にあると言えれば良かったんだけど……」

「構いません。最終的にお役に立てれば問題はないのですから。それに、今はミスティアに付いて聖女のお役目も勉強しております。必要があれば、私をお使い下さい」


 男達はどうしてだか、リアナ以外を側に置きたがらない。カリーナは付き添いだけでもと許可を求めたが、要らぬと追い返されている。

 これから先、強気な彼らによって、エリが聖女にされてしまうかもしれない。そう考えたのでしょうね。敵対派閥となるミスティアが直接協力することは難しい。だったらと、カリーナがエリの補佐を出来るようにと二人が提案し、好きにさせた。


「なんだか、たくさんの人に迷惑掛けてるなぁ……」

「あら、いいじゃない。迷惑掛けても、たくさんの人が助けてくれるのでしょう? だったら、それは期待やメリットがあるということ。でも、エリ様の場合はさくら様が指揮を執っているから。さくら様の期待を裏切らないのなら、主人公として堂々としていなさいな」

「遠慮がないわね。それぐらいわかってるわよ!」

「エリ、フェリシア。このシナリオのある世界では主人公が行動を躊躇えばどんな事になるのか、私にはわからなくなる。だから私は出来るだけのことをしているの。エリが道に迷ったら、その先に立って道を照らしてあげる。エリが道を踏み外すようなら、落ちる先で受け止めてあげる。だから気にせず選びなさい。その先に不幸は絶対にないから」


 ……いいこと言ったつもりなんだけど、二人して潤んだ目で見るのは止めてくれる? さっきより居辛いのだけど?


「みよちんが男だったらなぁ……」

「その意見には賛同致しますわ」

「酷いこと言わないで? まだ異性に肌を許したこともない生娘よ?」

「背約があれば、当然ですが、婚約は破棄されます」

「そうね……必要ならライテリックにお願いしようかしら?」


 なんだか緩みきっていた空気がピシリと張り詰め、皆の目が私一人に集まる。


「だ、駄目です! さくら様はそのままで居て下さい!」

「さくら様、弟は駄目です。あれに穢されるなんて、絶対に許せません!」

「みよちん、私はどっちに嫉妬するのが正解……?」

「貴女達どうしたの? 私が純潔を失うだけでしょう? それだけで平和的に終わるのだったら、安いもの——」

「『絶対に駄目です!』」


 いつの間にか取り囲まれているのだけれど、どういうこと?


「まだ——」

「『駄目です!』」

「落ち着きなさい! 必要なら、と言ったでしょう。貴女達が手伝ってくれているもの、まだそんな状況では無いわ」


 本当に大丈夫よ。だけど……信用が無いのね。いつもならエリに抱きつくミスティアが私にしがみついてるじゃない。


「さくら様、申し訳ありません。余計なことを口にしました」

「そうね、言葉は選んでちょうだい」


 カリーナはエリに付く時間を失ってから不安定な立場になってしまった。男達に囲まれるまでの防波堤モブの排除の役目は十分に果たしてくれた。なのにまだ役に立とうと行動する。普段はミスティアに同行し、皆が会する場では私の秘書のように振る舞う。そして、苦言を呈し、時には進んで叱責を受ける。自分に非が無いとしても。


「カリーナ、そろそろ始めましょうか」

「はい、さくら様」


 音もなく差し出された紙には、私達の名前の他に幾人もの名前とその家の爵位が記されている。今日はルールを説明するだけの予定だったのだけれど、手回しが良いわね。


「みよちん、何を始めるの?」

「これからが『女郎蜘蛛の会』よ」


 一通り説明した後、エリの顔に悪戯っ子のような笑みを浮かばせる。私はそれだけで満足してしまいそうだった。


△△△


「なぁ、シナリオライター。おまえ全否定されてんぞ」

「改変するって、指示出したのそっちでしょ。そもそもあのイベントを残すこと自体、無理があったのよ。男四人がきゃっきゃして、悪漢を倒すって、誰が必要としてるの? カリーナに不快って言われたの、ショックだったぁ……」

「あぁ、おまえクーデレが好きだもんな」

「やっぱ、ギャルゲーにしておけば良かったんじゃないか?」


「本末転倒だろ、それ」

「それはちょっと……」

「それよか、サブキャラの登場が早すぎないか?」

「あの女傑、引っ掻き回しすぎだろ」


「シャルちゃんがめっちゃ可愛い! ティアちゃんと抱き合う世界線が存在するなんて!」

「考えてみれば、王城へ行くのも、グレースなら容易なんだよね」

「だからって、なんで懐いてるんだよ。お兄ちゃん子って設定どこいった!?」

「ハーレムエンドだと、シャンティリーはニールセンと喧嘩する。だから揺らぎがある。それを利用してるんだな」


「じゃあ、そろそろ介入できるか?」

「メインシナリオに、全く影響がないのに?」

「なんでなんだろうな……」

「どうやってフラグ管理してるんだよ……」


「補正プログラムを緩めた途端、実力考査を蹂躙! これでメインシナリオが改変されて、介入の理由になると思ったのに……」

「綺麗に生徒会が王子に渡った。それも、王子が勝手に動き始めたのを抑制して……」

「結果、メインシナリオが元通り……」

「そして、サブキャラは自由を得た……」


「それが問題だな」

「えぇ、『女郎蜘蛛の会』、あれはやばい。すごく参加したい」

「名前しかなかったキャラが動くの面白いんだけどなぁ」

「だからだ。バグ……いや、エラーが発生する可能性が高い」

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