第7話 「フェリシア」
第7話 「フェリシア」
ゲームは主人公が学園に入学から卒業までの四年間が舞台となっている。そして、いくら貴族の令嬢と言っても、入学時は十四歳。生まれによっては一年ほどの成長差も見込める。おまけに、精神年齢は——たぶん——十八歳の私なら、手玉に取ることができる——
エリの前で大見得を切ったのに、このザマよ。
「わたくしとは話す言葉は同じでも、違う意味を持っていらっしゃるご様子。それが高みにおられる方、であるならば、私の未熟さを学ぶ良い機会となりました。誠にありがたく存じます」
キッチリと着こなした学園の制服は、見栄えが良いよう僅かに改造が施されているだけで、宝飾など殆ど見られない。それを誇るでもなく、これもまた見事なカーテシーを見せる。そうして伯爵家の令嬢は、最後まで慇懃無礼な態度を崩さないまま、私の前から退席した。
私はとりつく島もなく、フェリシア・ロレンツィオに振られてしまった。
ロレンツィオ家は代々文官を輩出する名門。しかしながら、伯父が政務から失脚し、緩やかに落ちぶれつつある。それを挽回するため、嫡男ヘルマンは同僚でもあるコリントス伯爵家の長女レイラと結婚した。
しかしながら、失った名声を取り戻すには機会が訪れなかった。そんな折に、第三王子の側近としてカルフェス・ラウザールが選ばれ、その婚約者の候補としてフェリシアの名前が挙がった。喜ばしいことだと浮かれていたが、それでもロレンツィオ家に安泰はなかった。
第三王子とグレースの婚約が発表されると、将来は王宮に務める王弟ではなく、新たに用意される爵位、初代公爵とすることが同時に明かさた。それはとりもなおさず、自治領主の貴族になるということであり、側近は爵位を持つ必要もない配下として扱われる。そうなれば、ラウザール家としても将来を見直さなければならない。しかし、現状は第三王子の側近であり、本人同士の関係も良好なことから無理に縁を切らせることも難しい。
そこで白羽の矢が当たったのはフェリシアだった。彼女にはラウザール家から直接話が持ち込まれ、カルフェスとの婚約を確かなものとするため、王太子の側近を目標に後押しをするように伝えられる。無理なようなら婚約はなかったことにする。その頃には好意をもっていたフェリシアは、迷うことなく頷き、了承した。
これに頭を悩ませることになったのが、ロレンツィオ家当主シュタール。フェリシアに王太子側近の伴侶が務まるのであれば、なにもカルフェスでなくてもいいのではないか、と打診した。未だ婚約が確定していないのであれば、貴族院への手続きも容易に行える。なにより年若い側近たちとは面識があったからだ。フェリシアも可愛がられ、好意を持たれていたことも知っていた。
あとのことは簡単に想像につく。フェリシアがシュタールを言いくるめ、学園にいる間にカルフェスに実績を作らせる。それまでの時間を確保した。
「それで、なんて言ってダメだったの?」
「…………カルフェスは諦めなさいって」
「全然ダメじゃん!」
エリにダメ出しされるのも仕方がない。とはいえ、直接言ったわけじゃない。迂遠に迂遠に、さらに迂遠にニールセンは貴族になりますよーと仄めかしただけ。リアナが逆ハーレムルートを進んでいる以上、それは確定事項なのよ。
まぁ、最初から簡単に行くとは思っていなかったけれど——ここまでスパッと切られるとは思わなかったわ。
「原因のグレースに言われれば、拒絶も致し方なし。むしろ私が声をかけて、『はい。わかりました』と言われる方が何か企んでいるようで怖いわ」
グレースにも公爵夫人になるべき理由がある。
ローゼンベルク領で実子庶子をどれだけ探しても、グレース唯一人。当主であるテオドールは、グレースの母アデリーナを失ってから新たな夫人を迎え入れなかったからだ。設定資料に理由は書かれていなかったけれど、そのことが公爵家を必要とする理由になっている。
王家とローゼンベルク家、両家はハードルの高い条件を提示したにも関わらず、合意、つまりニールセンとグレースの婚約は成った。
その条件とは、男女問わず、第一子をローゼンベルク家の養子とすること。王家、侯爵家とは適切に距離を置くため、王子の爵位を公爵とし、直轄地から領地を用意すること。また領地の運営には侯爵家が支援すること。
主にローゼンベルク家に配慮した条件だったが、グレースが他の貴族子息に嫁げるような性格でもないことから、大金が動いたのではないかと噂される。
「高慢な悪役令嬢グレース様だものね。私はまだ虐められてないけど」
「結構大変なのよ? ジュリエットは気が弱いからすぐに気がつけるんだけど、ガブリエラは人を使うのがうまいの。目を離したらいつの間にか教室の隅で話してたりして。レオノーラは……この間からぴったりくっついて離れないわね……」
モブキャラクターたちについては設定資料に詳しい記載はない。けれど、彼女たちにも家の都合や性格的な設定があるのだろう。
リアナは躾けたから今は手を出さないように伝えている。それも時間の問題かもしれない。
「言い訳になるけど、リアナの性格が出てくるから、人を助けずにいられないし、自分からは人に頼らないんだよね……」
「その結果、男子たちが群がってくると」
「表現はアレだけど、まぁそんな感じ」
今のエリ——リアナは順調に注目と嫉妬を集めている。爵位が低いこともあって、子息たちは話しかけやすい。おまけに美少女で気立もよく、いろんなところで見かけるものだから、目で追ってしまう。そのことが嫌がらせを始めさせる下準備になるわけだけど、シナリオ通りに進んでいるから拒むこともできない。
エリとしては、令嬢たちと仲良くなりたいと思っても、引っ込み思案で内弁慶な性格が出てしまうので、オートモードに頼ることが多いのだとか。
「早く、リアナであることに慣れるといいわね」
「みよちんは慣れすぎじゃない?」
「エリもやってみる? 案外楽しいわよ」
グレースは普段は黙っているだけ。表情を変えるとそれだけで周りが忖度してくれる。ただ意見を求められた時に下手をするわけにはいかないから、自力で頑張っている。オートモードに頼るのは最終手段として、あれ以来使用は止めた。
ぷくっと頬を膨らませたリアナの頬を指で押すと、小さな息が溢れた。
「ふふ、ご苦労様。ミスティアとは友好的な関係が築けているのでしょう?」
「うーん、まだ警戒されてる感じなんだよね……あと一押しが欲しい」
リアナは聖女候補でもあるため、週に二度、教会で学び、そしてお勤めがある。それが面白い。
高位の神官が——中盤からは聖女が——早朝に一日の安寧を信徒と共に祈る。それがパズルゲームになっていた。順番を入れ替えられた祈りの言葉を、制限時間内に正しい順番に並び替える。無事に達成すると一定のお布施が得られて、タイムオーバーやミスがあるとお布施が減る。貧乏な主人公はその一部を授けられ、孤児院に持ち込むお菓子作りの基にするので、結構重要な稼ぎになる。
ただ、そのパズルに熱中して、何度聖女ルートに入ったか数えきれない。
この世界でも祈りの時間はあるらしく、一言も間違いもなく誦じられるリアナは優秀な聖女候補と評価されている。ミスティアとはその場で交流があると言っていた。
でもなるほど、これは使えるわね。
フェリシア攻略より、ミスティア相手の方が楽しそうよ。
「エリ、こういうのはどうかしら?」
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