第6話 「攻略開始」

第6話 「攻略開始」


「エリ、本当に、ハーレムエンドは望まないという事で良いのね?」

「……えっ!? そ、そりゃまあ、ハーレムはいいけど、私がやるのは違うかなって……な、なんでそんなニヤニヤしてるの!? その顔怖いんだけど!?」


 エリの煮え切らない態度は、いつものこと。さっきも髪を弄っていたのは、色々思い返していたんでしょうね。異性に対して慎重だけど、心の奥底ではまだ好意に——告白されることを——期待している。

 目を逸らしてしまった彼女に、そっと問いかける。


「アインザックは大きくて格好良いものね」

「……うん」

「カルフェスの整った顔、綺麗だものね」

「……そうね」

「シルヴィスなんて、甲斐甲斐しく尽くしてくれそうよね」

「……たぶん」

「ニールセンと話して、どうだった?」

「……!? ごめんっ!」


 エリは顔を真っ赤にして伏せた。彼女こそ、とてつもなくチョロい。壁ドンなんてされたら、一発で落ちる。自分からリードできる立場でないと、流されるままになってしまう。


「やっぱり、早めにライトくんのフラグを立てないと、エリが危ないわ」

「んん? 今、私が危ないって言った?」

「何を驚いているの? 乙女ゲームの主人公であることを自覚してるんでしょう? このゲーム、粉をかけただけで後のイベントは一気に進むのよ。今は攻略対象だけど……一人で歩けば、モブまで釣れるわよ」


 エリは不思議そうに首を傾げて腕を組む。リアナの愛らしい容姿が、今は自分のものであることを忘れてしまっているのかしら。


「それは大袈裟じゃない?」

「なら、どうやってから無事に逃げおおせたのかしら。説明してくださる?」

「うわっ、グレースみが強いよ、みよちん。えっと……ニールセン様に退出の許可貰って……次もお菓子持ってきてと催促されてたっけ。お菓子作りが上手なのはリアナのおかげね。私は一人飯インスタントしか作れないし。それで、談話室を出た後、変なことがあったの。突然、男子生徒が話しかけてきて——すぐに『なにかあるな』って身構えた。だって、イベントでもないと、私に用事があるはずがないもの。最初は生徒会がどうの、勉強がどうのって、まるで普通の雑談だったんだけど、なんだか話が長いのよね。妙に私を引き止めるような感じがして、ますます警戒していたら、玄関でフェリシア様を見かけたの。……そこでやっと気づいたのよ! たぶん、私を足止めする役だったんだって。フェリシア様のイベント内容は知ってるよね? 本来なら、『機嫌を損ねて叩かれる』シーンのはずだった。でも、男子生徒が近づいた途端、フェリシア様は『次は注意だけでは済みません』と言い残して去っていったの。これってバグ? そう思っていたら、その男子生徒が今度は私にぶつかってきて、『お詫びにデートしよう』なんて言い出したのよ。びっくりしたけど、みよちんとの先約があるからと急いでここまで来たってわけ。これで——なに? みよちん頭押さえて……痛いの?」

「ええ、とても頭が痛いわ」


 でも、いい情報が聞けたわ。

 不可避だと思えたイベントが、実は回避することが出来たなんてね。

 きっとその男子生徒は、最初は本当に足止めに使われたのね。でも話しているうちに、籠絡された。フェリシアの行動を止めただけなら、正義の人だったろうに、欲が出たのね。リアナがエリになったことで、オリジナルより主人公悪女になってないかしら?


 高校に上がる頃、エリは猫背で朝から本やスマホに没頭していたため、髪の手入れが疎かだった。それが、今では背筋が伸び、手入れの行き届いた長い髪が輝いている。自分の魅力を知り、化粧も手を抜かず、拙い所作ながらも貴族の風格をまとっている。その上、天然なエリの個性が加わると……


「私はあなたが心配よ、エリ」

「みよちん……」

「エリが自分から誰かを攻略したいなら、全力で協力するわ。たとえライトくんじゃなくても。だから、本命が見つかるまでは傍に人を置いてほしいの」

「ん? ちょっと待って、なんか矛盾してない?」

「矛盾しない。私たちがこれからすることはひとつ。女子を攻略するのよ」

「んん? みよちんが何言ってるかわかんないんだけど? これ、男子攻略のゲームじゃなかったっけ?」


 男子の攻略はルートが決まってるんだから、エリ一人でも大丈夫。女子については設定資料個人情報を参考に行動を決める。

 私の立てた計画を説明するとエリは目を丸くして驚いた。

 うまく行くかどうかは全員の協力が必要なのよ。


「私はフェリシアを攻略するわ。味方にすれば、このゲームの展開を大きく変えられる。だから、残りの二人はお願いね」

「フェリシア様が手強いのはわかるけど、一人と二人じゃ、ちょっとずるくない?」

「そんなことはないわよ。だって一番難しい一人は攻略済みだもの」

「んんん? カリーナ様とミスティア様以外、他に誰かいたっけ? 追加キャラ?」


 指折り数えても、ライバルキャラは増えたりしないわ。


「追加キャラはあなたよ、エリ。私を裏切ったりしないでしょう?」

「え? 私主人公じゃなくって、攻略対象だった? でもって、攻略済みとか……」

「そうよ、あなたを手懐けるの、どれだけ大変だったか、知ってるでしょう?」


 きょとんとしていた顔が、笑みを浮かびかけ、そして崩れていく。


「……あははは。やっぱりずるいじゃん」


 そう言いながら、エリはためらいもなく私に飛びついてきた。


「わかった。私は絶対に裏切らないよ」


 柔らかな感触とともに、彼女の体温が伝わる。

 そんなにぎゅっと抱き締められたら、どんな顔してるか見えないじゃない。

 かつての彼女はこんな風に人に触れることを怖がっていたのに。


「だって、みよちんのこと大好きだもん!」


 さらりとした真っ直ぐな青い髪が、まるで雨のように私の肩に降りかかる。

 彼女に甘えられるのはいつ以来だろう。

 込められた思いを返すように、ほんの少しだけ強く抱き返す。


 あなたはもう自由に生きて良いのよ。

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