第6話

 三人はぎこちない笑みを浮かべながらも、「シャル様」と呼び始めた。

 喜んだ彼女は持ち前の物怖じの無さで、真っ先にミスティアに抱き着いた。そして事もあろうか「お義姉様より、おっきい!」と童のように宣う。そうね、ミスティアは製作者に最も愛されてるキャラですもの。他者より秀でているのは賢さや聖女候補と言うだけじゃない。所謂妹系ロリ巨乳。おまけに少し抜けたところがある。対照的に、カリーナは背が高くスレンダー体型。どちらかというとお姉さんタイプね。主人公のリアナは程よく成熟した体型。あまり色付けすると、ゲームに集中できなくなるからでしょう。男子を攻略するゲームですもの、余計な記号は必要ないのよ。でも、悪役令嬢って主人公に勝てないと思わせる要素をふんだんに散りばめるものじゃないの?


「グレース様、何か心配事が?」

「カリーナ? たいしたことじゃないのよ。今日はエ……リアナに会っていないと思っただけ。あなたもシャルの機嫌を取ってあげて」

「それは構わないのですが……リアナ様はあの方々と、ダンジョンに向かう準備をしているそうです」


 声を潜める理由はミスティアに聞かせたくないからかしらね。

 教会では聖女の選定を終え、ミスティアとして内定している。なのに、シルヴィスがリアナを聖女に推しているらしく、他にも同調する人員が少なくないことから、内部で派閥が出来てしまっている。そんな中、リアナがダンジョンで功績を残せば派閥に勢いが増す。ミスティアの耳に入れば、エリを聖女にしたくない彼女は奮ってダンジョンに挑もうとするでしょうね。

 順調にハーレムルートの下準備が進んでいる。


「そう……思ったより早いわね。生徒会から何か言われたのかしら?」


 生徒会室に集められたあの日、成績優秀者の一部は初めから辞退していた。それはそうだろう。誰だって、避けられる災難からは逃げ出したい。

 ニールセンがいる以上、選択肢は彼だけが持つはずだった。それなのに、上位四人は全て女生徒。例年通りであれば、ニールセンは候補から外れる。けれど王子だから推薦が来てしまった。それも特別に生徒会長として任せたいというイベント付き。リアナ一人が一位だった場合には、ニールセンに譲って好感度を上げられる。けれど、ファンディスク好感度が高い仕様なら、その意味は初めからない。フェリシアがいない今、グレースが譲ればニールセンが生徒会長になれる。四位のカリーナでは荷が重すぎるものね。けれど、これまで放置してきたグレースに譲られることを良しとするかしら?

 私としてはニールセンの選択に興味をもっていない。エリをどのように巻き込むのか、その課程を把握できれば良かった。

 待たされた時間のわりに、吐き出された言葉は短いもの。


「少し時間をくれないか?」


 ニールセンの答えは酷くつまらないものだった。


◇◇◇


「グレース様、シャンティリー様のお迎えの方が来られました」

「そう。それなら……いえ、私が応対するわ」


 個室の片隅、ソファーを並べた簡易のベッドに、二人の美少女が抱き合うように眠っている。ミスティアも癒やしを使えば良かったはずなのに、日頃の疲れが溜まっていたのでしょうね。シャンティリーに膝を貸していた彼女は、少し前から可愛らしい寝息を立て始めた。カリーナは座位では辛そうだからと横たえさせ、今はお互いを抱き枕にしていた。女性の寝所にいるのは良くないと、少し前には小さな紳士も部屋を辞している。


 迎えに来た護衛と若い侍女には、王女は眠っているからと侍女のみ入室を許可した。渋る護衛だったが、未婚の貴族子女の寝所に入る勇気まではなかったようで、中を見ないよう扉の脇に控えている。


「次はあなただけで来なさい」

、新米の侍女に行動の自由なんてありませんよ」

「フェリシア様!?」

「ふふ、カリーナは元気そうね。でも、大きな声は出さないで。シャルが起きてしまうわ」

「そういえば、あなた。シャルを抱きかかえられるの? 本より重い物を持ったことがないのではなくて?」

「さくら様こそ、その知識があれば、本を持つ必要もなかったでしょう……っと、あまり話をしてると護衛が覗いてきそうです。シャンティリー様をお預かりいたします」

「ええ、可哀想だけど、起こしてさしあげましょうか」


 声をかけ、肩を揺すり、頬を突いてようやく目を覚ましたシャンティリーは、ミスティアを連れて帰ると駄々をこねた。そこに寝ぼけたミスティアがはい、行きましょうと応えたものだから、カリーナが大慌てだった。


「申し訳ありません、シャル様。私には聖女になるためのお勤めがあります。ずっと一緒には居られないんです。またいつか、ご一緒しましょうね」

「お義姉様……だめですか?」

「シャル、あなたのお気に入りばかりお城に入れてしまっては、陛下や他の方々が入れなくなってしまうでしょう? 代わりに、この部屋をあなたにあげるわ。ここはあなたのお気に入りが集まる秘密のお部屋。ミスティアに会いたくなったら、ここにおいでなさい。その時はフェリシアを先に遣いに寄越してね」

「秘密のお部屋! お義姉様、ありがとうございます!」

「フェリシアも頼んだわよ」

「はい、グレース様……相変わらず、人誑しがお上手なことで」

「そんなつもりはないわ。私はしたいようにしているだけよ」


 突然の訪問に十分満足した小さな侍女は、王女様らしく朗らかな笑みと綺麗なカーテシーを私に見せる。そして、最近お気に入りになったフェリシアの手をしっかりと握って去って行った。護衛にはチラリと中を覗かれたけれど、不審なは何もなくてよ。


「さくら様! どう言うことなのか、説明していただけませんか!?」

「そうです! フェリシア様が学園からいなくなったと思ったら、シャンティリー殿下が侍女で、フェリシア様がその侍女で……えっと……」


 護衛の不審をやり過ごしたら、次は貴女達ね。


「慌てないで。本当なら、エリがいるときに説明したかったのよ」


◇◇◇


 新しく手配したお茶の用意が整う頃には、二人は話ができるほど落ち着いていた。


「考査の日、フェリシアが私に言ったの『グレース様に勝てたら、褒美が欲しい』ってね。彼女はさくらである私が上位に就くことは疑わなかったようだけれど、シナリオのグレースには勝ちたいと思っていたみたいね」

「その、シナリオのグレース様は何位だったのですか?」

「三位よ。リアナ、ニールセン、グレース、同位のカルフェス、そしてフェリシアね。二人は八位、九位だったから、よく頑張ったわね」

「ありがとうございます!」

「ありがとう存じます」


 ミスティア、あなたシャンティリーに感化されすぎよ。お飾りの聖女ならそれでいいけど、仲良くなるのは程々にね。そうじゃないと、あなたが国を滅ぼしてしまうのよ。


「結果は二人の知るとおり、フェリシアは私と同位の一位。私はまだシナリオの強制力を信じていたから、フェリシアは五位になると思っていたの。だからちょっと意地悪したのだけれど、負けてしまったわ。彼女は発表の日、ローゼンベルク邸に来て褒美を強請った。私の侍女になりたいと言ってきたの」

「さくら様の侍女ですか?」

「強制力を信じていた……?」

「まず、私の侍女のことだけど、成績優秀な令嬢を迎え入れるのは難しいの。考えてもみて。ニールセンより優秀な成績を残した私がどんな立場になっているのか。別邸に蟄居。私に一族、家族への愛情はないのかと聞くの、おかしいわよね。ニールセンに見限られた私を跪かせたかったのかしらね。私を退学させてしまえば王族に疑いがかかる。それぐらいは冷静だったようで、学園には通うことはできる見て見ぬ振りをする。けれど、孤児院や外回りは許されなくなった。そんな時にフェリシアが来たものだから、シャンティリーに贈ったの。フェリシアとしては私の専属となって、このシナリオの顛末を見たかったのでしょうけれど、そんな怠惰な選択は認められない。貴女達も途中退場はできないと思いなさい」

「はい!」

「勿論です」


 まだ彼女達にはやってもらわないといけないことがある。エリの選択がどのようなものになっても、エンディングは改変する。ファンディスクだからエンディングが変わってる? そんな期待で、断末魔をあげるなんてまっぴらよ。


「それから、強制力の話だけれど……グレースの意識は殆ど無いと言えるわ。貴女達から見て、今のグレースをどう思う?」

「私はさくら様になられてからのグレース様しか知りませんのでなんとも……」

「私は、お優しくなられたと思います」

「はぁ!? ……んん、気にしないで、続けて」

「はい。シュトラウス家から見た、ローゼンベルク家の感想も混じっておりますが、ご理解ください。かの家は侯爵家とは名ばかりで、広大な領地がありながら代官に任せっぱなしと聞いております。領主たる方々は殆どが王都住まい。そんなところで育てられたグレース様は、たまに領地へ視察に同行されると、まるで全ては自分のものとばかり横暴に振る舞っていたそうです。それを否定するつもりはありません。領地の運営は各貴族に任されているのですから。ただ、王族との婚姻を望んだ頃から、態度が変わります。お優しくなり、孤児院にも寄付に訪れるようになりました」


 確かにそういう設定ね。ちゃんとした悪役令嬢にするため、領地には重税、管理は代官任せ。徴収した税は維持に必要な分だけを残し、王都の本邸に納め、その何割かを国に納める。上前をはねるだけの侯爵家なら必要ない。断罪されてもしょうがない。ゲームの設定だからだろうけど、グレースは悪事がバレると修道院行き。ハーレムルートではおまけに領地没収だものね。きっと芋づる式に調べられたのだと思うわ。

 それでも、公爵夫人王子の妻になるには人気取りも必要だと、孤児院へは行くのよ。お金だけはあるものね。


「良いことではなくて? 私も継続するつもりだったのよ」

「はい、ご立派だと思います。ですが、以前のグレース様は『その方が良いからそうするだけ』と、寄付の額は常に同じ、顔を見せてはすぐに帰るという話を聞いています」

「そうですね。貴族の方々はそうされる方が多いです」

「わからないわ、私も同じことをしてるじゃない」

「いいえ。さくら様は孤児達に顔を見せ、一言二言でも御言葉を掛けられます。それに子供達が近寄っても嫌がろうとしません。ましてやお菓子を御用意されるなんてことは、これまでのグレース様では一度もありませんでした」


 なるほど、少し事情がわかってきたわ。孤児院で子供達が近寄ってこなかったのは、貴族が怖かったのでは無く、グレースが怖かった。すると、ライテリックが孤児達に混じっていたのは、態度が変わったグレースを観察するため? しくじったわね。こんなことなら、これまで通りに無視を貫いていれば、エリとライテリックのイベントを邪魔しなくて済んだのに。


「そういうことね。既に本来のグレースとは乖離してしまっている。強制力が働かないのは……小さな補正より、この先に大きな揺り戻しがあるかもしれない。それこそ、さくらが封印されて、記憶の欠落があるグレースが表に出て来れば、本来のエンディングになるでしょうね」

「そんなっ!? さくら様がいなくなるのは嫌ですっ!」

「私も、以前までのグレース様より、さくら様の方が好ましいと思っております。その……揺り戻しは本当にあるのでしょうか?」


 あり得るとするならば、今回のタイミングだったはず。それが起こらないのであれば、まだ何かギリギリで踏みとどまっているのかもしれない。今は様子を見るべきかしら。


「ありがとう、二人とも。揺り戻しはわからないけれど、今回の実力考査はやりすぎたわ。言っても遅いのだけど」

「それでは、今後はどうされるのですか? まさか、フェリシア様のように——」

「退学はしないわ。けれど、そうね……生徒会はニールセンに差し上げましょう。その代わり……」

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