第5話 「ファンディスク」

第5話 「ファンディスク」


 私はカップを口元に運びながら、リアナの慌てふためく様子を横目に、イベントの流れを整理する。

 ソーサーに戻したカップがカチャリと音を立てた。


「アインザックのルートは、日数を稼げば簡単にフラグが立つのよね」

「相変わらず、切り替えが早いんだから……でも、アインザック様って、そんなチョロかったっけ?」


 リアナは私の気を逸らすように言葉をかけ、自分はテーブルに飛び散った紅茶を慌てて拭き取り始めた。


「説明してあげるから、聞きなさい」


 見た目は屈強な体格を持つアインザックだけど、内面は子ども。

——アインザックとカルフェスがふざけていたところ、貰い事故、フラグ1。

——暴漢から女生徒を助けた後、後始末に呼ばれる、フラグ2。

——何度も詫びに来るアインザックを適当に流すと、ルート確定。


「ほら、チョロインでしょう?」

「男子なんだから、チョローとかにしない?」


 リアナのむくれ顔に、つい微笑んでしまう。

 私は紅茶をひとくち含みながら、黙考し——


「却下よ」


 言い難いもの。


 リアナは真っすぐ伸びた髪を指先で弄ぶ。何かを深く考えるときの——エリの癖だった。


 カルフェスのルートは、単独では成立しにくく、尚且つフェリシアの邪魔が入る。最短ルートは、図書館での出会い、ニールセンの紹介、アインザックのフラグ成立。 他のキャラとの条件があるから、切り詰めても一ヶ月はかかるはず。


 つまり、リアナはゲームなら初期に時間のかかる好感度の積み重ねを、既に達成していることになる。

 時間の短縮をしたため、ライバルキャラとのイベントは後回しになった?

 グレースの叱責イベントは偶然の接触で強制的に発生し——

 フェリシアの叱責イベントは前のイベントが達成されたことで続いた。

 いえ、辻褄が合わない。ライバルキャラ同士の対立はあっても、紐づけはなかったもの。

 と言うことは——


「……条件未達成のまま進行してる」


 私がつぶやくと、リアナが椅子を引き寄せて身を乗り出す。


「でしょ!? 順番がぐちゃぐちゃで、ルート破綻してるんだけど!? 攻略サイトどこ!?」


 ともかく、リアナにとっては時間的なアドバンテージがある。これはニールセンのイベントに、引いてはグレースにも影響しているかもしれない。


「エリ、座りなさい」

「座ってるじゃない。逃げたりしないって」


 姿勢を正しても、どこか落ち着きがない。

 テーブルの下に手を隠してもぞりと動かしているのが肩の震えでわかる。

 じっと見つめれば、フイと目を逸らされる。


「グレース様に睨まれると、生きた心地がしないんだけど?」


 なるほど。


「代わりのものを頼みましょうか」


 卓上に用意された呼び鈴を鳴らす。

 貴族向けの店は魔道具で外に声が漏れないようになっているため、専用の呼び鈴が必要になる。呼び鈴は<デュアル・チャイム>と呼ばれ、各部屋の世話係と連動していて、呼べばすぐに現れる。

 間もなく、現れたウェイターに二人分の注文を告げた。

 この喫茶店を使ったのは、昨日も心配してくれた令嬢たちをもてなしたからで、特に意味はない。強いて言えばゲームで登場した喫茶店だったというだけ。


 配膳が済むと、ウェイターは黙々と退出する。モブキャラにはセリフが用意されてないのかしら?

 ケーキスタンドに並んだ——イベントスチルで美味しそうだった——小さな菓子を一つ摘み、紅茶で喉奥に流し込む。


「最初からおかしいわね」

「私が言うのも変だけど、元のキャラってチートじゃない? どうやってフェリシア様に気づかれずにカルフェス様の好感度を上げてたんだろ? 他の攻略キャラもライバルキャラに気づかれてなかったみたいだし、ファンディスクでも出たかなぁ? ワンチャン、グレース様の追加エンディングがあったり……?」

「ここの開発元がそんなシナリオ、考えるわけ無いでしょう」


 彼女の言う通り、この舞台はファンディスク最初から好感度が高い状態かもしれない。


 ニールセンはグレースを妹扱い、カルフェスはリアナを友人として、アインザックは兄のように接している。教会での世話役、シルヴィスでさえ、既に同僚以上の感情があるらしい。リアナは聖女としての活動イベントが始まる前だというのに。

 通常ではありえない親密さ、ライバルキャラとの衝突回避、まるで誰かがクリアした後の世界のよう——


「もう一度聞くけど、カリーナとミスティアとも対立してないのね?」

「侯爵令嬢のグレース様ならともかく、甘やかされてる伯爵・子爵令嬢が内心をうまく隠して笑顔で挨拶してくれるかなぁ。フェリシア様なんて、帰り道に堂々と待ち伏せだったよ」


 ゲームだったら感情が出やすい二人。グレースでさえ抑えがたい感情を、彼女たちはどうにか耐えているのかしら。


 覚えていることを整理しよう。

 『君と幻想の楽園で』では、エルドリア王国が舞台となる。国王はオースティン・ヴァンデルベルク陛下。王妃はエリステラ殿下。仲睦まじく、政情も、近隣諸国との交友関係も安定している。四人の子がおり、第一王子が既に王太子として継承の手続きに問題もなし。第二王子は隣国の侯爵家に請われて婿入り、未婚では第三王子、第一王女がいる設定。


 次は攻略キャラ。

 ニールセン・ヴァンデルベルク。エルドリア王国第三王子。ニールセンは卒業後、王族を離れ新たな公爵家当主となる。主人公リアナがほぼ最高ステータスになった場合のみ、攻略可能。何かと競争相手になるグレースに、一度でも負けると攻略不可となる。リアナが辿るノーマルエンドは公爵夫人。トゥルーエンドは大公妃となる。


 カルフェス・ラウザール。伯爵家令息で文官としてニールセンの側近。夏季休暇の前にある実力試験で一定以上の成績を出すと、個別ルートの分岐が出る。フェリシアのヘイト管理しないとフラグの維持が出来ないという、結構難しいルート。ノーマルエンドは同じ文官として王宮に勤める。トゥルーエンドは宰相となったカルフェスの相談役。


 アインザック・モンティス。子爵家令息で武官としてニールセンの側近。学園外に出ていた女生徒が暴漢に襲われるというイベントで、ヒーローとなる。知人程度だったリアナが治癒を施すのを見て、興味を持つようになる。素っ気ない態度おもしれー女だけで落ちるチョロイン。ノーマルエンドは騎士団部隊長の妻。トゥルーエンドはアインザックを補佐する副団長。


 シルヴィス・リーベルト。子爵家令息で神官見習い。学園以外にリアナは週に二度、教会で学ばされる、その案内役。同時期にミスティアという聖女候補もいたため、二人の世話役でもある。暴漢イベント後に、聖女に推薦イベントがある、その立役者。ステータスが聖職者に偏ってると、自動的にルートに入る。チョロイン2。ノーマルエンドは巡礼の旅に出る助祭と聖女。トゥルーエンドは教会の大司教とそれを支える大聖女。


 ライバル令嬢。

 グレース・ローゼンベルク。侯爵家令嬢でニールセン王子の婚約者。つまり、私。新たな公爵家という立場を楽しみにしている少女。フェリシアの事は嫌いじゃないが、文句を言ってくるのは鬱陶しい。リアナが他の攻略キャラルートに進んだ場合、ノーマルエンドでは公爵夫人。ニールセンが攻略された場合、後半にあるリアナ襲撃イベントを回避されればどこかの貴族夫人、襲撃に成功すると修道院行きになる。ハーレムエンドでは消息不明になっている。


 フェリシア・ロレンツィオ。伯爵家令嬢でカルフェスの婚約者候補。ニールセンが貴族になれば、側近カルフェスは不要になる。政略結婚させたがっている親は、フェリシアを王太子の側近に宛てがう可能性がある。ニールセンが貴族になってしまうのを恐れ、カルフェスの心を繋ぎ止めるのに必死になる。ノーマルエンドは無事に結婚、謝罪しリアナと友人になる。カルフェス攻略後は結婚したくないと、自ら修道院へ。ハーレムエンドではカルフェスと父親を見限り、伯父の元に身を寄せる。


 カリーナ・シュトラウス。伯爵家令嬢でアインザックに好意がある。メインストーリーのイベントで暴漢に襲われる女生徒の一人。アインザックに助けられ、執着するようになり、リアナに好意を示し始めるとヒステリー気味になる。ノーマルエンドではアインザックが騎士団で扱かれているのを支える良妻に。ハーレムエンド、アインザック攻略後は地方の領主夫人となる。


 ミスティア・ラファエリーニ。子爵家令嬢でシルヴィスに好意がある。神殿で紹介され一目惚れ。リアナの存在が見つかるまでは唯一の聖女候補だった。シルヴィスがリアナに好意を示し始めると、逆恨みを始める。ノーマルエンドはシルヴィスを教皇に押し上げるほどの献身煽動。シルヴィス攻略後は、リアナが聖女になるため、王都を離れ巡礼の修道女になる。ハーレムエンドの場合は女教皇になる異色のエンディング。わざわざアフターストーリーが用意されているほど製作者のお気に入り。もちろん、リアナの存在は許し難いというグレースとは別の意味でライバルキャラだ。


 そして、主人公のリアナ・ウィンスロー。常に正しい答えを求めようとする子爵家令嬢。プロローグで治癒の力に目覚める。貧乏子爵でも学園に通わせてもらえると決まり、期待に胸を膨らませる。出発の直前、教会から聖女候補であると一方的に告げられ、教会で学ぶように指示される。二つの勢力から王都に来るように言われたが、先に声を掛けてくれた学園を優先し、教会はできるだけ通うと約束した。自分の選択が、この世界にどのような影響を与えるかは、プレイヤー次第である。という楽しげな音楽と明るい配色のタイトルに騙されそうになるが、不穏な出だしから始まるのがこのゲーム。


「さすが、みよちん。結構前にやったゲームなのに、よくそこまで覚えてるねぇ」

「読み込んだもの。R15で良かったわ。個人的には王国を支配下に置いた女教皇ミスティア、大公妃となったリアナの聖女対決が見たいわね。実際に目にしたら、R18Gになるかもしれないけど」

「あのアフターストーリーって、国が疲弊して滅ぶバッドエンド。誰よ、真のトゥルーエンドとか言ってたの。『こんなのってないよー』ってアイリス・アウトさせるために作ったんでしょ。趣味が悪いったら」

「全くね」


 悪趣味な神の手初期設定によって、既に逆ハーレムルートが敷かれている。

 辿る結末なんて、嫌と言うほど知っている。

 そんなバッドエンドトゥルーエンドなんて、させてたまるものですか。

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