第4話 「お茶会」
第4話 「お茶会」
窓の外に広がる美しい庭園を眺めながら、ゆっくりと紅茶を口に運ぶ。
午後の日差しがカップに反射し、淡い金色の輝きを生み出していた。
——もちろん、どちらも幻影。
ここは貴族たちの社交場としても利用される静かな喫茶店。
案内された個室には窓がなく、視界に映る庭園も、室内を包む暖かな光も、すべて魔道具によるものだった。
たとえ、それが幻影だとわかっていても、心を落ち着かせるには十分だった。
燭台が小さく揺れ、来客を告げる音が響く。
「ごきげんよう、リアナ。よくいらっしゃいましたね」
私は優雅に扇を開きながら、軽く微笑む。
対するリアナは、慌てた様子で息を整え、ぎこちなくカーテシーをした。
「ごきげんよう、グレース様。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
——悪くない。
けれど、まだどこか硬さが残っているわね。
「ふふ、とても様になっていてよ」
「いやもう必死! そっちは余裕すぎない? ちょっと不公平でしょ!」
「あら? これぐらいは嗜みではありませんこと?」
「くっ……これが、格の違い……!」
「地が出ていてよ」
リアナは席に着くなり、ふぅっと小さく息を吐いた。
「こういうのってすごく緊張する……学園の授業より難しいよ」
言葉に疲れが滲んでいる。
そんなエリらしい姿を見て、私も肩の力が抜ける。
「焦らず、少しずつ慣れればいいのよ」
微笑みながら、静かにカップを置く。
リアナの所作を観察すると、ぎこちなさは残るものの、以前より確実に洗練されてきていた。
私の周囲には優雅な令嬢が集まり、自然と振る舞いを
一方で、リアナは主人公ゆえに異性との交流が多く、このままでは社交の場で浮いてしまう。
それでも、彼女は必死に食らいつこうとしている。
これまでの出来事について尋ねてみると、彼女の奮戦ぶりに再び笑みがこぼれた。
エリも頑張っているものね。
私はといえば、昨日今日を使い、強制力について調べていた。結果、衆目の影響は思ったよりも小さい。令嬢たちに囲まれて戸惑うことになっても、なんのアシストもなく、しかしながら、挙動不審でもない限り誰も気に留めなかった。
ならば試しと、令嬢たちとの会話でオートモードを使ってみれば、普段の私よりも無駄のない所作で身体が動く。あまりに差異があると違和感を覚えさせてしまう。すぐに終わらせようとしたものの、余韻のような抵抗があるらしく、スイッチのオンオフのように簡単には切り替わらないところまでは確認ができた。
「不公平だと思わない? そっちの礼儀作法、こっちにもインストールしてよ!」
不満げなリアナをなだめるため、特別に侯爵令嬢手ずからお茶を淹れる。
拗ねた彼女がカップを手にすると、ようやく落ち着いたようだった。
私の言葉にリアナは姿勢を正した。
「今日はニールセンにお礼を言いに行ったのよね?」
「はい、連続イベントでした。その後、フェリシア様に会って叱られてしまいました」
「フェリシアに? 何があったの?」
リアナの返事に首を傾げる。
なぜ、ニールセンへのお礼がフェリシアの怒りを買ったのかがわからない。
フェリシアはライバル令嬢の一人で、攻略対象カルフェスの婚約者候補。本人は既に婚約者のつもりでいるが、シナリオ中盤まで確定しない。そのカルフェスはニールセンの側近で、文系を選ぶと授業が一緒になる。彼のことは「カール」と呼ぶように言われているが、グレースは一度も名前で呼んだことはない。
「手ぶらでは失礼だと思い、お菓子を焼いて持って行ったんです。そうしたら、一緒にいたアインザック様とカルフェス様が毒見だと言って食べちゃって……」
……おかしい。
この時期はまだ、ニールセンとアインザックは知り合い程度のはず。休憩を共にするのはカルフェスだけだったと記憶してる。
それに、アインザックは人からの貰い物に躊躇なく食べるが、カルフェスはすぐに手を出さない。リアナと親しくなってからは毒見だと言って、ニールセンに差し入れられたものを横取りするようになる。
お菓子を持っていったのは、彼女なりに進行状況を確認したかったのね。
でも——
「それってカルフェスのイベントでしょう? 本来ならアインザックのイベントの方が先よね? 昨日の今日で条件満たした? それとも順番が前後している……? それに、差し入れのお菓子を一緒に食べたのって、剣術の授業の後。疲れた身体に甘いお菓子は助かるって——」
リアナは勢いよくテーブルに両手を突き、勢い余ってスプーンを跳ね飛ばした。
「いやいやいや、なんでそんなに冷静なの!? どう考えてもおかしいでしょ!?」
私のカップの中で紅茶が波打ち、危うくこぼれそうになる。
「アインザック様なんて、昨日まで『ウィンスロー嬢』だったのに、今朝から『リアナ』呼びしてるんだよ? え、もしかして私のせい!? 好感度爆増? そんなスキルあるんなら、婚活……まずっ……じゃなくって、しゅ、就活……じゃなく、えーと、そ、その……」
相変わらず、ゲームに熱中するとテンションが高いわね。
だけど、貴族令嬢の婚活? 就活? そうね……そんなスキル持っていたら、普通の令嬢ならいいお相手が見つかることでしょうね。
でも、リアナの場合、どれを選んでも同じ答えになる。
私はゆったりとティーカップを持ち上げ、湯気の向こうからリアナの顔をじっと見つめる。
「たとえば、侯爵令嬢に成り代わるとか?」
「お゛ほ゛ほ゛ほ゛ほ゛!! ご、ご冗談をぉぉぉぉぉ!! 滅相もございませんわぁぁ!!」
同年代でもっとも価値があるのは第三王子、ニールセン・ヴァンデルベルク。伴侶として見た場合は、最上位よね。
聖女候補であるリアナは当然聖女という選択肢もあるけど、ニールセンを攻略すれば祝福され、教会のバックアップも受けられる、一挙両得のトゥルーエンドがある。
そして、その位置に立つにはたった一人、追い落とさなければならない人物がいる。それが私が演じるグレース・ローゼンベルク。
リアナは私の視線を避けるように、一つだけある扉を凝視する。
まるで誰か入ってくることを期待するように。
「そ、そう! 大事なこと忘れるところだった! カルフェス様もまだ『ウィンスロー嬢』だったのに、『私もそうするか』って、当然みたいに呼び捨てにしてきて……」
まるで悪いことをしたことを自覚しているように肩を窄めて椅子の上で小さくなっていく。
そして呟くような小声で言った。
「それがフェリシア様の耳に入ったみたい……です、はい……」
ため息を吐きたくなる。よりにもよって、カルフェスのイベントまで進めているなんて……これでフェリシアと友人エンドはなくなったのよ。
つまり向かう先は一つしかない。
「もう、ハーレム一直線じゃない! エスケープキーは? 電源ボタンはどこ? 強制終了するわ」
「ちょっ、それ、私も消されるやつ!? リアナ.exeが破損しちゃうってば!」
「迷惑メールに付いてるやつでしょ? 必要ないわ」
「リアナが消えたら、グレース様も——」
「ここで消えるか、ゲームエンドで消えるかの違いでしかないもの。あとはエリの決断次第よ。さぁ今決めて」
「待って待って、まだ修正できるかもしれないじゃん! ほら、バグ技とか、フラグ管理ミスとか! このゲーム、初回バージョンって一部のイベントが発生しなかったし!」
「ふうん、だったら、グレースの前で同じことを言ってごらんなさい。きっと私よりも公平に判断してくれるわ」
「そ、それは……公式のアップデート待ち、かな?」
「甘いわ。今すぐサポートに電話しなさい!」
「本気で言ってる!? このままじゃ……私、本当にエンド迎えちゃうかも……!」
懐かしくて、愛おしいやりとり。
こんな風に笑い合えるのなら、それだけで十分だったはずなのに。
ここがゲームの世界であることが、酷く残酷に思えた——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます