第3話
「エリ、本当に、ハーレムエンドは望まないという事で良いのね?」
「あ……うん……」
エリが煮え切らない態度をするのは今に始まったことじゃない。特に異性については。彼女は希望を捨てていないからだ。
残念ながら中学、高校時代に華やかな青春というものはなかったけれど、私は知っている。
「アインザックは大きくて格好良いものね」
「……うん」
「カルフェスの整った顔、綺麗だものね」
「……そうね」
「シルヴィスなんて、甲斐甲斐しく尽くしてくれそうよね」
「……たぶん」
「ニールセンと話をして、どうだった?」
「……!? ごめんっ!」
そうして、顔を真っ赤にして、伏せてしまった。
ご覧の通り、エリはとてつもなくチョロい。壁ドンなんてされたら、一度で落ちる。リードできるお姉さん役じゃなければ、都合のいい女になってしまうのは丸わかりだ。
物語の強制力でリアナの演技ができている間は良いけれど、エリになった途端こうなのだ。エリの姿を登場人物の視点から見るとどう思う?
「やっぱり、早めにライトくんのフラグを立てないと、エリが危ないわ」
「んん? 今、私が危ないって言った?」
何を驚いているの?
「乙女ゲー主人公であることを自覚してるんでしょう? このゲーム、ちょっと粉かけただけで、後のイベントは入れ食いよ? 今は攻略対象だけだけど……一人で歩いてみなさい、モブまで釣れるわよ」
「それは大袈裟じゃないかなぁ」
「なら、どうやってあのフェリシアから無事に逃げおおせたのかしら。説明してくださる?」
「グレースみが強いよ、みよちん。えっと……ニールセン様に退出の許可貰って……次もお菓子持ってきてと催促されてたっけ。お菓子作りが上手なのは、リアナのおかげね。私は
「ええ、とても頭が痛いわ」
きっとその男子生徒は、最初は本当に足止めに使われたのね。でも話しているうちに、籠絡された。フェリシアの行動を止めただけなら、正義の人だったろうに、欲が出たのね。リアナがエリになったことで、オリジナルより
高校に上がる頃、エリは猫背で似合わない丸眼鏡をかけていた。それにいくら注意しても、朝から本を読んだりスマホを見ているから髪の手入れが足りていない。化粧も覚えれば雰囲気も変えられただろうに、『今の自分を好きになっているくれる人がいればいい』と言って、取り合わなかった。
それが今では背筋が伸び、手入れの行き届いた長い髪の美少女だ。自分の魅力を知り、化粧も手を抜かない。所作も拙いながら貴族のもの。
「私はあなたが心配よ、エリ」
「みよちん……」
「エリが自分から誰かを攻略したいと言うのなら、全力で協力するわ。それがライトくんじゃなくてもね。だから本命が見つかるまでは傍に人を置いて欲しいの」
「んん? なんか、矛盾してない?」
「矛盾しない。私達がこれからすることはひとつ。女子を攻略するわよ」
「みよちんが何言ってるかわかんないんだけど? これ男子を攻略するゲームじゃなかったっけ?」
男子の攻略はルートが決まってるんだから、考える必要なんか無い。女子については
私の立てた計画を説明すると目を丸くして驚いた。
うまく行くかどうかは全員の協力が必要なのよ。
「私はフェリシアを攻略するわ。あとの二人はよろしくね」
「フェリシア様が手強いのはわかるけど、一人と二人じゃ、ちょっとずるくない?」
「そんなことはないわよ。だって一番難しい一人は攻略済みだもの」
「んん? カリーナ様とミスティア様以外、他に誰かいたっけ? 追加キャラ?」
「追加キャラはあなたよ、エリ。私を裏切ったりしないでしょう?」
「……あははは。やっぱりずるいじゃん。わかった。私は絶対に裏切らないよ。だって、みよちんのこと大好きだもん」
◇◇◇
「みよちん、これ、わざとじゃないよね?」
いつもの喫茶店。報告に訪れたエリに睨まれている。といってもリアナの姿では迫力に欠ける。けれどなるほど、主人公らしい愛らしさである。その不満を浮かべた顔は、別の少女に腕を絡められることで困惑に変わる。
「お姉様。グレース様に対して、敬意をもって接してくださいませ」
「……はい。わかってます。ミスティア様」
「お姉様。私のことは、呼び捨てで結構です。そうご納得頂けたのではなかったのですか? やっぱり大聖女様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「それはやめて! わかったから。ちゃんと呼ぶから……ミスティア」
「ありがとうございます! もう少し気軽に、ティアと呼んでくださっても結構ですのよ?」
「それはまた今度ね。でもって、みよ……グレース様、これ、どうしたらいいの、ですか?」
リアナと最も血みどろの争いをするはずのライバル、ミスティアはエリを逃がさないとばかりに腕にしがみついている。「妹みたいに扱ってあげたらいいんじゃない?」と言えば、一方は喜び、もう一方は肩を落とす。
ミスティアはシルヴィスを挟むことで感情を激化させるものの、彼を通さなければとても可愛らしい少女だった。その彼女を攻略するのは酷く簡単なもの。聖女を目指して率先して教会の勤めに向かうような子に、過去に聖女だった記憶があるからと手解きをすれば、訝しげな表情は瞬く間に尊敬に変わる。今生は聖女ではなく、民……は無理でも、貴族としてのんびり暮らしてみたいと囁けば、コロリと落ちた。
そして、ミスティアにとっての私は、リアナに聖女の記憶を取り戻させた恩人と言うことになっているそうだ。エリ、みよちんと奇っ怪な呼びかけをする私達をどう感じ取ったかはわからないけれど、時折『賢者様……』と呟いている様子から、ろくでもないのはたしかね。
「リアナ様、そろそろお時間です」
「ありがとうございます、カリーナ様。今日はもう帰ってくださっても——」
「いえ、教会まで随伴させてください。リアナ様は仕事を押しつけられると、断ろうとはされませんから、寮に帰るのが遅くなってしまいます。今もミスティアの好きにさせているでしょう。明日もきちんと授業に出られませんと、グレース様を心配させてしまいます。それに、道中に不躾な殿方に何をされるかわかりません。せめて、身代わりにお使いください。それから——」
「はい! 身代わりはだめだけど、了解しました!」
もう一人のライバルキャラのカリーナ。彼女もアインザックのイベントが発生していないので、身軽な立場だった。エリはミスティアを手懐けたものの、カリーナ攻略の手段が思いつかなかったようで、だったらと私が個人的に雇い入れると打診した。エンディングでも分かるとおり、彼女は嫁ぐしか居場所がない。呼びかけに応じた彼女は、仕事の内容を聞いて即座に頭を垂れた。隠しているとはいえ、
「みよちん……あとで話あるから……」
「では、グレース様、御前を失礼致します!」
「グレース様、御報告はまた後ほど。失礼致します」
すでに使い慣れた喫茶店をエリは腕にミスティアをくっ付けて退出する。扉を閉めるカリーナの丁寧に頭を下げる様は、教育を施された侍女と言っても間違いは無い。私が計画したことだけれど、余計な
そして、エリに妬まれている理由がここに存在する。
「グレース様、姉のところに向かわれますか?」
「ライテリック・ロレンツィオ。あなたの姉と親しくなりたいとは言いましたけれど、そのためだけにあなたに来てもらったのではありませんよ」
「そうなのですか? だったら、僕はどうしたらいいですか?」
焦げ茶の髪を短く刈り上げ、センターで分けたマッシュルームヘア。少し大きな黒い瞳が興味深そうに私を覗き込もうとする……いえ、じっくり見ていたのは私の方だったかもしれない。
この愛らしい少年はライテリック・ロレンツィオ。ゲームではライトくんと呼んでいた、隠しキャラにして、フェリシアの弟。そして、エリの本命でもある。少年は
少年はフェリシアの
このイベントでは、「もっと寄付がたくさんあれば良いのに」と余裕のない子爵家を思い出して辛そうにするリアナと、「僕は出来るだけのことをしている」とちょっと生意気なライトくんとの出会いでもある。一緒になって遊ぶことを選べば「話のわかるお姉さん」、本の朗読を選べば「素直じゃないお姉ちゃん」と呼ばれる。背伸びした少年と生意気な少年とルートが分岐する。
本当ならエリに選ばせてあげたかったが、遭遇そのものがランダムであるから仕方がない。
少年が現れたのは驚いたけれど、『あなたにお願いがあるの』と声をかけ、連れ出すのは成功した。無論、名前は出さなかったけれど、正体がバレたと、気まずそうだった。その後ろめたさを少しでも和らげるのに、孤児院への寄付は今までの倍を約束した。
「あなたの姉とは、少々行き違いがありますが仲違いしているわけではありません。どちらかと言えば、話を聞いてもらえない、でしょうか」
「申し訳ありません。姉は思い込みが激しいので……きっと、義兄についてでしょう」
これはちょっと意外だった。ゲーム開始時では十二歳、あと数年もすれば成人、なのに行動が幼いと思っていたけれど、案外とまともね。ならば、手駒に……と思ったけどやめた。少年には自由意志で動いてもらおう。彼もまた、攻略されるキャラでもあるのだから。
「受け取ります。それで、あなたにして欲しいことですが——」
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