第2話
学園の使用人を頼り、リアナを呼び出してもらうことにした。約束を取り付けた場所は学園外にある喫茶店だった。
「ごきげんよう、リアナ。よくいらっしゃいましたね」
「ごきげんよう、グレース様。本日はお誘いいただき、ありがとうございます」
一日ぶりに会うというのに、リアナの気落ち気味な笑みに苦笑する。
軽く挨拶を交わしたあと、あったであろう出来事について尋ねた。
「今日はニールセンにお礼を言いに行ったのよね?」
「はい、連続イベントですね。その後、フェリシア様に叱られました」
リアナの返事に首を傾げる。
ニールセンへのお礼がなぜフェリシアの怒りを買ったのかわからない。
フェリシアはライバル令嬢の一人で、攻略対象カルフェスの婚約者候補だ。
カルフェスはニールセンの側近で、座学の授業でなにかと一緒になる。私のことはもちろん周知済みで、彼のことは友人のように「カール」と呼ぶように言われている。
「手ぶらで行くのも失礼だと思って、お菓子を焼いて持って行ったんです。そうしたら一緒にいたカルフェス様も食べちゃって……」
「……おかしいわね。カルフェスのイベントを発生させるにはアインザックと仲良くなってないといけないはずよ。それに、差し入れのお菓子を一緒に食べたのって、剣術の授業の後でしょう?」
「……なってるんですよ。アインザック様はすでにリアナって呼び捨てです。カルフェス様はまだリアナ嬢って呼んでたのに、私もそうするかって呼び捨てされるようになって、それがフェリシア様の耳に入ったみたいです」
「もうこのルート終わらせて来なさいよ!」
「いや、待ってよ! まだ修正できるはずだから!」
バグなの、これは? ゲームだったら即リセットよ。
アインザックと仲良くなるイベントは登校中にカルフェスとふざけて遊んでいるところを通りすがり、
つまり、リアナは既に一ヶ月分の好感度を上げていることになる。昨日の私との遭遇イベントはフラグが立ってなかったため、後回しになっていただけ? そんなフラグあったかしら?
それはともかく、時間的なアドバンテージがリアナにあると言うことは、ニールセンの……好感度も予想よりずっと高くなっているかもしれない。
「エリ、そこに座って」
「座ってるから。逃げたりしないから」
卓上の呼び鈴を鳴らし、注文を告げる。
貴族向けの店では、周囲に声が届かないように魔道具が使われている。呼び鈴は<デュアル・チャイム>と言う魔道具で、対になる呼び鈴を鳴らしてウェイターを呼ぶためのもの。部屋の使用料は先に払っており、飲食しなくとも構わない。
ここを使ったのは昨日も心配してくれた令嬢達をもてなしたからで、特に意味はない。強いて言えばゲームで使われた喫茶店だったと言うだけ。
僅かな間に配膳が済むと、礼を受け取る前にウェイターは退出する。静かだったのはモブにセリフが用意されてないからかしら?
ケーキスタンドに並べられた小さな菓子を一つ摘み、お勧めという紅茶で喉奥に流し込む。
「最初からおかしいわね」
「私が言うのも変だけど、元のキャラってチートじゃない? どうやってフェリシア様に気づかれずにカルフェス様の好感度上げてたんだろ? 他の攻略キャラもライバルキャラに気づかれてなかったみたいだし、ファンディスクでも出たかなぁ?」
彼女の言う通り、
リアナはまだ聖女としての
「カリーナとミスティアとも対立してないのね?」
「侯爵令嬢のグレース様ならともかく、甘やかされてる伯爵、子爵令嬢が内心を隠して笑顔で挨拶してくれるかなぁ。フェリシア様なんて、帰り道に堂々と待ち伏せだったよ」
ゲームだったら感情が出やすい二人。グレースでさえ抑え難い感情を彼女達は耐えられたのかしら。
覚えていることを整理しよう。
まずは舞台。エルドリア王国。国王はオースティン・ヴァンデルベルク陛下。王妃はエリステラ妃殿下。仲が良く、政情も、近隣諸国との交友関係も安定している。四人の子がおり、第一王子が既に王太子として継承の手続きも問題なし。第二王子は隣国の侯爵家に請われて婿入り、未婚では第三王子、第一王女がいる設定だ。
次は攻略キャラ。
ニールセン・ヴァンデルベルク。エルドリア王国第三王子。ニールセンは卒業後、王族を離れ新たな公爵家当主となる。
カルフェス・ラウザール。伯爵家令息で文官としてニールセンの側近。夏季休暇の前にある実力考査で一定以上の成績を出すと、個別ルートの分岐が出る。フェリシアのヘイト管理しないとフラグの維持が出来ないという、結構難しいルート。ノーマルエンドは同じ文官として王宮に勤める。トゥルーエンドは宰相となったカルフェスの相談役。
アインザック・モンティス。子爵家令息で武官としてニールセンの側近。学園外に出ていた女生徒が暴漢に襲われるというイベントで、ヒーローとなる。知人程度だったリアナが治癒を施すのを見て、興味を持つようになる。
シルヴィス・リーベルト。子爵家令息で神官見習い。学園以外にリアナは週に二度、教会で学ばされる、その案内役。同時期にミスティアという聖女候補もいたため、二人の世話役でもある。暴漢イベント後に、聖女に推薦イベントがある、その立役者。ステータスが聖職者に偏ってると、自動的にルートに入る。チョロイン2。ノーマルエンドは巡礼の旅に出る助祭と聖女。トゥルーエンドは教会の大司教とそれを支える大聖女。
ライバル令嬢達。
グレース・ローゼンベルク。侯爵家令嬢でニールセン王子の婚約者。つまり、私。新たな公爵家という立場を楽しみにしている少女。フェリシアの事は嫌いじゃないが、文句を言ってくるのは鬱陶しい。リアナが他の攻略キャラルートに進んだ場合、ノーマルエンドでは公爵夫人。ニールセンが攻略された場合、後半にあるリアナ襲撃イベントを回避されればどこかの貴族夫人、襲撃に成功すると修道院行きになる。ハーレムエンドでは消息不明になっている。
フェリシア・ロレンツィオ。伯爵家令嬢でカルフェスの婚約者候補。ニールセンが貴族になれば、
カリーナ・シュトラウス。伯爵家令嬢でアインザックに好意がある。メインストーリーのイベントで暴漢に襲われる女生徒の一人。アインザックに助けられ、執着するようになる。アインザックがリアナに好意を示し始めるとヒステリー気味になる。ノーマルエンドではアインザックが騎士団で扱かれているのを支える良妻に。ハーレムエンド、アインザック攻略後は地方の領主夫人となる。
ミスティア・ラファエリーニ。子爵家令嬢でシルヴィスに好意がある。神殿で紹介され一目惚れ。リアナの存在が見つかるまでは唯一の聖女候補だった。シルヴィスがリアナに好意を示し始めると、逆恨みを始める。ノーマルエンドはシルヴィスを教皇に押し上げるほどの
そして、主人公のリアナ・ウィンスロー。常に正しい答えを求めようとする天真爛漫な子爵家令嬢。プロローグで治癒の力に目覚める。貧乏子爵でも学園に通わせてもらえると決まり、期待に胸を膨らませる。出発の直前、教会から聖女候補であると一方的に告げられ、教会で学ぶように指示される。二つの勢力から王都に来るように言われたが、先に声を掛けてくれた学園を優先し、教会はできるだけ通うと約束した。自分の選択が、この世界にどのような影響を与えるかは、プレイヤー次第である。という楽しげな音楽と明るい配色のタイトルに騙されそうになるが、不穏な出だしから始まるのがこのゲーム。
「結構前にやったゲームなのに、よくそこまで覚えてるねぇ」
「読み込んだもの。R15で良かったわ。個人的には女教皇ミスティア、大公妃となったリアナの聖女対決が見たいわね。実際に目にしたら、R18Gになるかもしれないけど」
「あのアフターストーリーって、国が疲弊して滅ぶバッドエンドじゃない。誰よ、真のトゥルーエンドとか言ってたの。『こんなのってないよー』ってアイリス・アウトさせるために作ったんでしょ。趣味悪いよ」
「全くね。それにグレースとしても、
そんなハーレムエンドなんてさせてたまるものですか。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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