君と幻想の楽園で 〜悪役な私と、主人公な親友〜

西哲@tie2

第1話

第1話


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 壮麗な建物の中で響く女生徒の声が、我が物顔で歩き回る生徒達の足を止めさせた。視線が集まる中、床に腰を落とした二人の少女がいる。どうやら打ちどころが悪かったようで、乱れた髪を気にする様子もなく、華奢な手で頭を抑えていた。

 赤みを帯びた金色の髪の少女は、じわりと現実に返ると、同じように頭を抱える相手に目を向けた。背中まで届く濃い青の髪の少女に気づき、瞳を大きく見開く。そして、おそらく今まで口にしたことのないような言葉が、思わず口から飛び出した。


「リアナ!?」


 初対面のはずだったが、何故か名前が口をついて出た。彼女は取り巻きの令嬢達からリアナの噂を耳にし、その真偽を確かめに向かっていた。


「グレース様!?」


 リアナもまた、友人達からの不穏な噂を聞きつけ、教室を飛び出そうとしていた矢先、二人は思わずぶつかってしまった。


 言葉を失い、目を合わせたり逸らしたりする彼女達の不審な行動が、周囲の目を集める。

 グレースはようやく周囲を見渡し、声をかけようと近づく取り巻きの令嬢達を宥めた。

 今はただざわついているだけだが、やがてここにはいないが気づいて来てしまう。

 自ら立ち上がり、もう一度令嬢達に「大丈夫」と告げると、未だ腰を下ろしたままのリアナをひどく醒めた目で見つめた。


「……少しお時間戴けて?」

「は、はい!」


 グレースは取り巻きについてこないように命じ、二人は木々に隠れることができる場所へと足を進めた。

 そして、十分辺りに気を配ったあと、覚悟の決まった顔をするリアナを目に収める。


「リアナ、あなたよね?」

「グレース様はでしょ?」


 お互いを別の名で呼び合い、二人の少女は同意するように大きくため息をついた。


「「どうすんのよ、これ……」」


◇◇◇


 グレースは愛用の扇をパチリパチリと鳴らし、観念した。


「エリ、あなたどこまで覚えているの?」

「んー、二人で同人ショップを出たくらいかな。突っ込んできたのは新型のSUVよね。市街地での自動運転が下手だって――」


 エリは男友達と話ができるように、様々な話題雑学を集めていた。車の話題もその一つ。名車や排気量について語られても、私にはさっぱりだった。「タイヤが四つ付いていれば車でしょ?」と言ったら、「お子様ね」と返されたことは今でも忘れられない。そんな彼女も、男友達から声をかけられることはさっぱりだったようだけど。


「車の話はどうでもいいの。答え合わせがしたいのよ。そうね……あの時買った本、男の子が闇堕ちするストーカーになるわよ」

「ちょっと待って! 帰ってから読むから、ネタバレしないでって言ったじゃん!」

「お姉さんの手ほどきを受けたところまでは良かったんだけどね」

「ぎゃあああああぁぁぁ……んの原作者! 何してくれてんの! 神絵師に何を描かせようとしてるの!? いや見たいけど……あとで全部教えて! できればシーンの再現も――」


 エリの様子を見ると、私の記憶と大きく変わることはなさそう。つまり、あの交通事故は実際に起こったことで、私達は助からなかったということね。ちなみに、全年齢だった同人誌おねショタ本は、次からR18になるそうよ。


「やっぱりそうね。人と目を合わせられない、見られると下を向く、口に手を当てて考え事をする。リアナはそんなことしないもの。それに、私をみよちんなんて呼ぶのはあなただけよ、左藤絵里さとうえりさん」

「よくもまぁ……みよちんなんか、キャラに感情移入しないって言ってみても、設定全部覚え込むぐらい熱心だもんね。それでゲームが終わったら、『普通ね』なんて言ってたっけ。でもさ……人でなしと言わなかったのも、美良みよしさくらさんだけよ」


 この再会は久しぶりなのか、時間の感覚がなくてよく分からない。けれど、彼女を抱きしめるのに、なんの躊躇いも必要なかった。

 彼女とは中学校で同じクラスになり、ある意味目立つ存在だった。少しばかり調子に乗りやすいエリは、最初に印象を付けようとした。その自己紹介がまずかった。「左藤絵里です。甘くない方のサトウで、人偏にんべんがないんです」その日から、エリは「人でなしのサトウ」と揶揄されるようになった。あの頃はちょっとしたことで言葉遊びをする年頃だ。仕方がないで言い切れないことがたくさんあった。あれから六年間、親友と言ってもいい関係になったと思う。喧嘩もしたけれど……一度も言わなかった?


「そうだったかしら? 覚えてないわ。過去を振り返らないのが良い女でしょう?」


 抱きしめていた両手を解き、少しだけ距離を取ると豊かな金髪を風になびかせる。いつの間にか付いてきた花びらが目の前を通り過ぎていく。今の私は十四歳の少女。この学園でも一、二を争うほどの美少女、グレース・ローゼンベルク。


「でもグレース様は根に持つキャラよね」


 知ってる。

 そして彼女の姿はリアナ・ウインスロー。下級とはいえ、貴族の出。軽々な話し方をする登場人物ではない。


「エリ……やっぱりこれは同人ゲームの 「『君と幻想の楽園で』」よね」


 今度も二人同時にため息。

 認めたくないけれど、ここはゲームの世界だということ。


「聞いておきたいことがあるのだけれど?」

「言いたくないなぁ」

「そうも言ってられないわ。状況を把握しておかないと怖いでしょう。それで、どこまで進めたの? ってチュートリアルが終わってすぐよね?」


 グレースとリアナの最初の出会いは、登場人物の紹介が終わって間もなくのことだった。具体的にはday2で――


「……全員」

「は?」

「だから全員。隠しキャラまではフラグが立ってないからダメだけど、四人のルートはどれもチェック済み」


 バッチリなんて胸を張って言ってる場合じゃないわよ。


「逆ハーなんて、馬鹿じゃないの!?」


 耳を塞ごうが知ったことじゃない。このゲームの主人公は聖女リアナ、そしてライバルキャラとなる悪役令嬢グレース。他にも三人の令嬢達が競い、優秀な成績で卒業して、結婚籠絡に至るまでが本編だ。

 問題は、回避できたはずのフラグは達成済みと言うこと。このままシナリオが完遂されてしまえば、私は表舞台から消える。友人エンドはなかったと記憶している。その事をエリも知らないはずがない。


「さっきまでこの子自身が行動してたから、どうしようもないじゃない。それにこの子、自分の容姿を理解して動いているみたい。ふふん、我ながらこの美貌が恐ろしいわ」

「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ」

「ちゃんと聞いてよ。それに、私の本命が誰かって知ってるでしょ?」

「『ライトくん』でしょ」


 エリは年下が好きだ。同級生はもとより年上は名字で揶揄されたりいじめられたりするから、名前だけで呼んでくれる年下を好むようになった。決定的だったのは四つ下の従弟くんだったそうだ。だからといって付き合えたわけでもない。集めている話題がどう考えても年上向きだったから。それともう一つ、その子の前では大人の女性に見せていたのが敗因だったと思う。

 その本命はこのゲームでは隠しキャラで、ある程度物語が進行しないと接触の機会がないのよね。


「……どうするのかしら? 私の婚約者にまで粉をかけておいて」

「いや、本当に……話を聞いてください! グレース様!」

「こんなところで何をしている!」


 一際大きな木の陰から現れる男子生徒。木漏れ日を受けて輝く金髪は、まるで物語の王子様のように美しかった。

  同時に、こんなことも思う。


「『二枚目のスチルだ』」


◇◇◇


「はぁ……」


 ため息がまた一つ。

 どうして私はあの場所を選んだのかしら。今、思い返しても自然と体が動いたとしか思えない。エリが言いたかったことがよくわかるわ。


「これって物語の強制力よね」

「だから説明しようとしたんじゃん!」


 憤慨するエリは、さっきの出来事がまだしっかりと記憶に残っているらしく、頬を染めて早口になっていた。 男子生徒は私の……グレースの婚約者、ニールセン。廊下でぶつかった私達に諍いがありそうだと聞きつけ、仲裁に名乗りを上げた。

 見てないけど知ってる。

 まだ物語の序盤で良かった。


「そう……これから私はあなたに生殺の与奪を弄ばれるのですね。最初に言うセリフは『婚約者のある異性に近寄るのはよろしくなくてよ?』だったかしら?」

「ほんっっとう、ごめんって!」


 言葉遣いこそ馴染み深い軽いもの。だけどシナリオから逸脱していないのが恐ろしい。

 ニールセンに宥められたグレースはリアナをお茶会に誘い、詫びをさせられると言うシーン。そしてこの会話以降、二人の関係はどうしようもなく決裂していく事になる。


「いやだって、ゲームの看板キャラ、超美形のニールセン様が顔を寄せてくるんだよ? 照れるなって言う方が無理じゃん!」


 さっきのは三枚目のスチルね。

 グレースの行動を詫び、痛いところはないかと顔を寄せるニールセン。もう少し仲が良くなっていたら顎を上げさせていたかもしれない。

 胸の奥底で熱く燻る何かが、確かに感じられる。


「なるほど、グレースの気持ちが良くわかる。すごく嫉妬してる」

「いや待って! 本当に待ってよ! このまま進めたらまずいって! 私――リアナのせいなんだけどさぁ!」


 私とは敵対したくない、なんとか別のルートを探すと言うが、このゲームにそんなルートは用意されていない。

 リアナはテーブルに頭をぶつけそうになるぐらいペコペコと頭を下げている。ニールセンに仲裁された以上、グレースも謝罪しなくてはならない。声が届かない程度に離れているニールセンと取り巻きの令嬢達に、このシーンはどう映っているのだろう。主人公サイドの視点では見えなかったものが、今ならライバルキャラ悪役令嬢の視点で理解ができる。

 ぐっと力を入れようとしても、いつもなら風に揺れる髪すら動いてくれない。

 目を閉じ、口元を扇で隠す。


「エリ、人目があるところでは強制力に負けてしまうわ。明日、学園の外で会いましょう」

「うぅ、みよちん……お願いだからあの子らに注意してね」


 目だけを動かして見ると、不快そうに眉を歪める令嬢達の姿があった。

 余計なことはしなくていい、そう言えば済むのだが、それは逆効果になりそうだ。しかし、口の端が上がりそうになる。同意したがる意思グレースを抑えるのは難しかった。


「……善処するわ」

「グレース様!」


 席を立ち、リアナの縋る声を聞いても振り返ることはできなかった。

 私の元に来るのは心配そうな顔を見せる令嬢達。そしてニールセンはしょうがないと目配せをした後、リアナの元へと向かった。

 気づけばシナリオどおりのシーンを再現をしている。

 本当に、このままだとまずいわ。


————

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 更新のペースは週一を予定しています。


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 次は月曜日0時に更新を予定しています。

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