第6話

「ノア、こっちだ、ノア」


 ……力強い声、自分より少し大きな手、時空双子の少年に感じるのとは違う面映い感情、なんだろう、誰なんだろう……ああ、思い出した、彼は……


 ノアは前の時のように、ゆっくりと目をあけた。


 ざらざらした感触。


 頬に。


 ポアゾン?


 ポワゾンはノアの足にしっぽで触れて、にゃっ、と小さく鳴いてソファの端に飛び乗って丸くなった。




「おかえり」


 ぶっきらぼうな声がした。

 それから、うっすらと開けた目に映ったのは、四つの目。

 心配そうな礼基と、安堵の微笑を浮かべた夢惣。

 それから、二人の後ろに、凍汰の横顔。


「夢惣おじさん、礼基さん」


 そう口にして、途端にどっと力が抜ける。

 ポアゾンが、にゃっと鳴いた。


「だいじょうぶかい。ノア、一人で行ってしまうなんて、ひどいなぁ。おいてかれて、しょんぼりしてたんだよ、私は」

「おじさん、ごめんなさい」

「ノアちゃん、先輩、すっごく心配してたんだ。なかなかもどってこないって」


 言われてみれば、にこやかだけれど、夢惣の目は心配そうにノアを見つめている。


「一人じゃ、まだ無理だって言ったのになぁ」

「ごめん……なさい」

「でも、したくなる気持ちもわかる」


 夢惣はノアの前に跪いた。


「で、どうだったのかな」


 夢惣の穏やかな視線がノアに注がれる。

 叔父にこんな風に見つめられると、周りが消えて二人だけになったような気分に陥ってしまう。

 そこは、さすがプロなのだ。

 相手を惹き込む能力は、到底ノアの及ぶところではない。


「夢惣さん、おれ、そろそろ、」


 と、その状況は凍汰の声で打ち崩された。ノアは、助かった、となぜかほっとした。


「ああ、ごめんごめん。凍汰くん、引き止めてしまったね。今日はおつかれさま」

「しつれいします」


 軽く夢惣に会釈して行きかけてから、凍汰はノアを振り返った。


「指輪」


 ぶっきらぼうに言うと、手を差し出した。


「指輪?」


 ノアは自分の左手のクリサリスのリングを見た。


「クリサリスのリング、欠けてる」


 そう言われてよく見ると、本当に欠けていた。触覚の先が何処かで欠けてしまったらしい。

 そこが欠けるとバランスがとれない上に相手を見極めるのも鈍る。

 よく無事に戻って来られたものだ。

 磨いて整えるとひとまわり小さくなってしまう。

 ゆえに相性の合う石を探しだしてそれを嵌めこむ。

 それには熟練の技が必要だ。石の声を聞くことのできる指が。

 その指を凍汰は持っているのかもしれない。


「アロマダウジングは、資質もたいせつだけど、ある程度は鍛錬で培えるわざでもある。礼基くんの調合なんかは、それこそ鍛錬のたまもの。でも、凍汰くんのは、こればかりは授かりものだからね。鍛えてどうこうなるってわけじゃないから、貴重なんだよ」


 夢惣は目を細めて凍汰を眺めながら、うれしそうにノアに説明する。


「さて、では、ノア、何があったのか話してくれるね。アロマダウジングをした後の報告は義務だからね」


 今日あった一部始終を、夕食のテーブルでノアは夢惣に話した。


「ふうん、それはなかなか難題だな。彼はこちらへは精神体しか来させることができないってわけか。となると、こちらで頼まれたもの見つけたとしても、ノアが持って行ってあげないとね」

「だけど、わたしに、できるのかな」

「できるさ。ただし、ひとりでは難しいけどね。ノアには私たちがいるから、まあ、なんとかなるよ、ねえ、礼基くん、なんとかなるよね」


 明らかに同意を求める夢惣の口調に、


「調合の精度をあげることができれば、より微細な情報まで拾えるようになるはず」


 と、礼基は、少々渋い表情を浮かべる。


「とりあえず訓練を積んでから、もう一度やってみよう」

「まだまだ訓練不足ってことなんだ」

「心配かい?」

「うん。彼、せっぱつまってたみたいだし、それに向こうの神殿に仕える人が、彼はそこには今いないって。なにか、すごくよくないことが進められてるみたいで、心配で、こうしてここにじっとしてるのも、つらい」


 ノアは、自分の言いたかったことを言ってしまったら、ずいぶんとすっきりした。

 かといって、問題が解決したわけではない。

 なにもかも、手探り状態のままだ。

 それでも、自分が言いたかったことが口に出せてにわかに現実感がもどり、それから疲労が押し寄せてきて、切れた緊張がぼろぼろと涙を溢れさせた。


「ノアは、泣き虫なんだよね、昔から」


 夢惣が頭をかきながら苦笑いする。


「とにかく、今日は、休むんだよ。休んで、頭をすっきりさせてから、もう一度、だ」


 夢惣の声はいつも通りにやさしかったが、それだけではもう自分は癒されないんだ、と、ノアは涙をぬぐいながら感じていた。





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