第5話
「王子、ようやく、おめもじかないましたな」
地下倉庫に威厳に満ちた声が響いた。神官長アンバーだった。
アンバーはひざまづくと、地に額をつけ深深と一礼した。
「王子、そして、王子の時空双子よ、非礼をお許しください。さて、このような場で執り行なわなければならないというのは本意ではありませんが、混乱を収めるためにも、今ここで、我が手をもって王子には初志を貫きいたいただくこと、その儀を執り行わせてただきたく存じ上げます」
「え、なに、なに言ってるの」
「彼は、取り憑かれたままだ。残念なことに」
王子がつぶやいた。
「この国の神殿を守る神官長。ぼくの国では、王と神官長は、同じ重さをもっている。地をはさんで、天を仰ぎみることができるのが王、地底を照らす影色の光を注ぐのが神官長。お互い、領分は、おかさない約束。けれど、ひとたび、王が寿命を迎えれば、そうではなくなる。王は、光そのものであるから、その王が死者をとむらうもがりの間は、地上の世界も地下に支配される。また、その逆も、ある。すなわち、神官長が亡くなれば、新しい次なるものがいなければ、地下も王のものとなる。もちろん、それぞれ、次期に立つものが決まっていれば、その限りではない。今までは、均衡を保ってきたんだけれど」
アンバーは、その視線を受けてなおゆるぎなく、支配の力への道を進もうとしているようだった。
「そろそろ、おしまいにいたしましょう」
アンバーの声とともに、何か奇妙な感覚が全身を走った。
ノアははっとして、アラバスターを見た。
それから急に感じた寒気に身震いした。
自分でも気付かぬ間にからだが冷えてきているのだ。
間接がきしる、動くのがだるい。
琥珀の衣が皮膚と同化しつつあるようだ。
なつかしい香りが記憶から沸き起こってきた。
カモミール。
王子の首飾り。
惹き合う。
その香りに気持ちを挫かれたかのようにゆるりと蜜色が動き、ノアの手に王子の手が重ねられた。
触れ合う手から温かいものが流れこんでくるのにノアは心を任せた。
落ち着く。
時空双子とともに在るということが、これほどまでに自分を安心させてくれるとは。
その温かな安らかな流れに反応したのか、むせ返るほどの青く甘いリンゴの香りが匂いたった。
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