第4話

「逃げたほうがいい、ぼくがやつらをひきつける」

「でも」

「だいじょうぶ、ぼくは慣れてる」

「慣れてるって」

「いずれ王となるのであれば、常に自分の身は自分で守らねばならない」


 白き庭の植物群の陰から陰へ次々と移りながら、再び実体化した大きな手から二人は逃れた。ところが妙なにおいが足元から忍び寄るようにノアにからみついてきたのだった。


「ん、これ、このにおいって」

「アンバーの作った時空香もどきだ。やつらが来たのかもしれない」

「やつらって?」

「アンバーのしもべ、ムスクとシベット」

「え!」


 ノアが叫んだ途端においが濃くなり辺りが歪んだ。


「気をつけて。やつらの気配が濃くなってきた」


 奇妙なにおいの煙がたちこめ生ぐさい息を吐き散らしながら、ノアなどひとのみにしてしまいそうな大きなワニとヘビが現れた。

 二匹は鋼のように鈍く光る、見るからに固そうなうろこと皮におおわれていた。


「なに、あれ」


 ノアが思わず声をあげてしまったのをやつらは聞き逃さなかった。二匹はお互い先を争ってノアたちの方に殺到してきた。


「ノア、腕の包帯をほどいて、早く」


 アラバスターの声に緊張が走る。


「え、包帯、わかった」


 ノアが自分の手首に巻かれた包帯の超結びをほどくと同時に王子が呪文を唱えた。

 しゅるっという音とともに包帯が宙に舞った。

 やつらはその動きに気をとられ、いっせいにそれを追い始めた。

 包帯は生きもののようにあちらへこちらへとしなしなと舞いワニとヘビをいっしょくたにぐるぐると絡めとってしまった。ぐわっ、と二匹の呻き声が辺りに響き渡った。

 包帯に巻かれて倒れていたのはシベットとムスクだった。


「彼らは?」

「アンバーの忠実な手下たち。忠実すぎて自分たちで考えることをやめてしまったものたち」


 王子がそう言った時だった。シベットとムスクの腕がひゅっと伸びて、シベットはノアの手をムスクはアンバーの手を、それぞれ掴んだのだった。


「はなして」


 ノアが腕をふりほどこうとすると、ますますつかんだ手に力がこめられた。


「痛いじゃない、やめてってば」


 悲鳴に近い声をノアがあげた声だった。

 ノアの胸元が熱くなった。

 熱のもとは首に下げていた凍汰に渡されたポーチだった。

 ノアは凍汰の言葉を思い出し、自由の利くクリサリスのリングをはめた方の手でポーチを握った。

 それから、中に入っていた三種のペンデュラムをシベットとムスクに向って投げつけた。

 孔雀の羽はひらひら舞ってムスクを惑わせ、黄楊の櫛はシベットの眉間に刺さり動きを止めた。

 さらにセージの葉をまとめたほうきがひとりでに動いて辺りを掃き清めると、シベットとムスクは脱力し、二人を掴んでいた腕もゆるみ二人は解放された。




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