第3話

「時空香。それは、時空渡りの術奏に使う香料。ぼくが見出し、生成法も見つけた。その成り立ちは、ぼくしか知らない。だから、ぼくにとりいろうと、さまざまなものたちが現れるようになった。その全てを、神官長アンバーが撃退してくれた。彼は有能で信任もあつかったのだけれど、ある考えにとりつかれてしまってから、ぼくは遠ざけるようになった」

「ある考えって?」

「支配」

「支配?」

「時空渡りは、人の隠された力を引き出し、不可能と思われる時空を超えるという特別なものだから、絶大な力を示すことができる。さらに、それを使って過去や未来の世界を自分の思うがままに作り変えることもできる。すなわち、世界を支配することが……」


 王子の口調がきびしくなる。


「神官長って、この世界では、王様が国のまつりごとをするのを補佐して、その国の人たちを守ってくれるのではないの」

「もちろん、そうさ。けれど支配という欲望の言葉に捉えられてしまったものは、心を自分で縛ってしまうことになるんだ」


 王子の話は、夢でも非現実でもない、まぎれもなく現実。

 その国の統治に携わる者が私欲に囚われたら、もしその者が特別な力を持っていたら、それは脅威になる。


「ぼくは、自分が作りだしたもの、時空香で平和を望んだのだけれど、それが逆に争いのもとになったのが耐えられなかった。どうしたらいいのか、その時は本当に考えあぐんで、自分の人生を捧げる決心をした。生涯をかけて、人々を守り、平和に暮らしていけるようにと。その時のぼくは思いつめていた。それが、自分の時空双子に影響を与えるとわかっていても、その時の自分に一番たいせつなことは、自分のことより国のことだったんだ」


 王子はすまなそうにノアに微笑した。


「アンバーの負の力は、日に日に増していって、この世界のものだけでは、対抗できなくなっていった。それで、副神官長のロータスに協力してもらって、時空渡り、つまり、アロマダウジングを試みたんだ。ぼくの時空双子、ノア、きみに会って協力してもらうために」

「そうだったんだ。ありがとう。話してくれて、わたし、何ができるかわからないけど、アロマダウザーとしてのわたしに協力を願ってくれたってことは、なんか、認めてもらったみたいで、うれしい」

「ノア、きみに頼みたいのは、ある物質を探してもらいたいことなんだ。時空香に、ここの世界にはない物質を加えて生成することで、アンバーを正気にもどすものができるかもしれないんだ」

「わかった。その物質って、名前わかるかな」

「それは、ここに、あ、あぶない、ノア、伏せて」


 王子の声にノアが振り返ると、大きな手がノアの目の前に伸びてきた。

 驚くノアの口をその手が覆おうとした瞬間、王子が手刀をそれに振り下ろした。

 手は実像ではなく幻影で一瞬で消えてしまった。




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