第2話

「え、これって?」

「ロータスは記憶の神に仕えている。その敬虔さに感じ入った記憶の神が、ロータスに授けたのがこの香油。ものの持つ記憶を呼び覚まして、最も美しく力に満ちた記憶の状態に甦らせる力を持っているんだ」

「不老の薬、みたい」

「そうだね。でも、ちょっと違う。最も美しく力に満ちた時が、必ずしも若い時とは限らないから」

 

 その言葉に、ノアは、はっとした。

 それから、言葉を選んで言った。


「難しいものなんだ」

「そう、不老不死の薬の素とされるアシッドアンバー。アシッドアンバーについて、ノアは、何か聞いたかい」

「琥珀の一種だってことくらいかな。琥珀を融解する時にとれるものだとか」

「琥珀には、太古の昆虫、植物などが封じ込められているところから、それは、時空渡りの象徴とみなされている。それをもとにしてつくったものがアシッドアンバー。最初は、まったくの偶然で見つかったものが、珍しい結晶として守り細工の人形として彫られ献上された。それを袋に入れてぼくは持ち歩いていた。と、袋との摩擦で、それは熱を持ち静電気が溜まっていった。その放電のエネルギーが、王子であるぼくのからだに反応し増幅し、ぼくは、ノア、きみの声を聞いた。もう一度試してみたら、きみの姿が見えた。それが、はじまり……」


 ノアは熱心に耳を傾けている。


「アラバスターという名前は、代々王が授かる名前なんだ。ぼく個人の名前じゃない。ノアは、アラバスターがどのようなものか知ってる?」


 ノアは夢惣が薬草を擂る時に使う乳鉢と乳棒や、礼基がピザ生地やパスタ生地を練る時に使う台の素材表示にアラバスターと記されていたのを思いだした。アラバスター、一般には雪花石膏だが、大理石の一種でもある。


「大理石?」

「そう、大理石だ。大理石はね、永遠を象徴する。永遠の国の平和を」

 王子はそこで口をつぐんだ。しばらく考えこんでから、再び口をひらいた。

「アンバーは、王として、統治者としての力を望んでいたのではないように思うんだ。自分を、もう一人の自分を求めていた。救われたいと。それも欲望の一つだ。それが肥大して、神官長をあのような、魔のとりこにしてしまった。彼を救う方法は、ただ一つ」

「ただ一つ? 」

「彼を封印してしまうこと」


 ノアは驚いた顔で王子を見つめた。

 王子はそこで話を止め、羊歯の根に生えている小さな花を宿っている露ごと摘むとノアに差し出した。


「この花は月の露を宿しているから、飲んでもだいじょうぶ」


 ノアはのどの渇きを覚え、口にした。

 まろやかで冷たかった。

 王子は再び語りだした。




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